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名前にはちょっと敏感なのです
「おっさん、大至急!」
療術師(多分これで字は合っていると思います)さんのところに行くのだと、私を背負いながら走って下さっている男の人は、シリル=ドラクロワさんと名乗られ、また、一緒にわふわふと駆けているワンちゃんの名前はフルールといって女の子であると教わりました。
ならばこちらも名乗らねばなりません。そう思ったのですが、口を開けると歯がカチンカチンと鳴ってしまい、舌を噛みそうでしたので名乗れなかったのですが、特に訊ねられることもありませんでした。
そうして、どなたかの畑からひた走ってやって来た、療術師さんのいる診療所らしき建物は、このように飛び込みの患者さんがいる為か、出入口はカーテンのようなものでした。
お利口さんなことに、フルールちゃんはお外で待機です。
「ん? 何だ、シリル。ぶつかって怪我でもさせたか?」
鼻眼鏡です。
いいえ、おふざけで装着するアイテム的なものではなく、耳当てのツルのない、鼻のところで引っ掛かってるだけのような、落ちるのが心配過ぎるあの鼻眼鏡を掛けた、初老の男の人が、白シャツのボタンは辛うじてお腹の辺りの一つをはめただけ、黒いベストは左肩に掛けただけという寛ぎきった(だらしないとも言えます)格好で中におりました。
「何でそんな格好なんだよ。だからあんたのところに患者が来ないんだ。腕は確かなのにな」
「そうやって褒めてくれんのは、お前さんくらいのものさ。――ああ、お嬢ちゃんすまないね、おじさん、まともなシャツこれしかなかったんだよ」
カーテン開けたら数秒もかからずに診療室の椅子に座れるという、受付も待合い室もないシンプル過ぎるところに驚きですが、看護師さんのような方もいらっしゃらないようなので、患者さんが増えたら逆に困ったことになりそうです。
「えっと、このおっさんはガストン=ダンディ。服装にはだらしないが信用は出来る。嘘じゃないぞ」
最後に一言付け加えたのは、私があることに反応して目を見開いたからでしょう。
聞きました? 「ダンディ」ですって!
ベストを着ると、シャツのボタンが幾分気にならなくなりましたが、ベストのボタンもそろそろ旅に出てしまいそうな感じで、糸が解れています。
私のイメージするダンディーと掛け離れている方が、ダンディを名乗るとは。家名ですから関係はありませんが、なかなかに愉快です。
決して馬鹿にしている訳では……ないのですが……そのつもりですが、もしかしたらそういう気持ちがあるから愉快に感じたのかもしれません。だとしたら、反省です。
「おい、何処か痛むのか? 辛いなら横になってもいいんだぞ?」
ドラクロワさんが優しいです。
反省していただけなのに心配させてしまうなんて、申し訳ないです。
名前を聞いた時、こっそりと美人なお兄さんなのに強そうな家名だなあ、なんて思ってしまったことも懺悔したいと思います。
「で? 急ぎだって言ってたが、どうしたんだ?」
「ああ、それが……アルディさんとこの畑で、生き埋めにされてたんだよ」
「何だって?」
そこでダンディさんの、それまで和やかだった表情が一変し、険しいものとなってこちらを睨んだので、私は息を飲みました。
けれどじっくりと私を見回したダンディさんは、険しさを消してキョトンとした表情に変わります。
「箱か何かに入れられてたのか?」
「いいや、そのまま」
「それにしては、埋められてたって感じがまるでないんだがなあ……」
「そういや、あんだけ土被ってて汚れてないのは変だよな。ああ、そっちよりもっとおかしなことがあったんだ。フルールが掘り返した後から、俺も確かに掘ったってのに、一応掘ったやつ戻さなきゃって思って見たら、こいつがいた筈のところに、キャベツがあったんだよ。穴がなくなってたんだ」
説明をしながら、ドラクロワさんは自分の手も汚れていなかったことに気付き、ダンディさんに見せますが、ダンディさんはそちらを見ることもなく、私をじっと見つめました。今度は睨んでいるのではなく、観察しているようです。
「それで? お嬢ちゃんからは、何も言うことはないのかい?」
「――巨椋可愛……カナル=オグラです。宜しくお願いします」
「え、この状況でそれ?」
ダンディさんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になり、ドラクロワさんには指摘をいただきましたが、名乗るタイミングを掴みかねていた私は、一仕事終えたような気分になって、少しばかりスッキリしました。
取敢えず、変な名前だと言われなくて良かったのです。
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