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魔王さま降臨編
魔王さま、お休み中?
しおりを挟むどうしよう。
どうしよう、どうしよう。
見つめ続けているルーキフェルの顔が、涙で視界が滲んでよく見えない。
「暫く時間を差し上げますが、もしもあなたがルーキフェルを見捨てるようであれば、こちらは容赦いたしませんので、そのつもりで。逃げられる自信があるのであれば、窓からどうぞ。稼げる時間は短いでしょうが、なるべく苦痛を伴わないよう、上手に心臓を抜き取らせて貰いますよ」
そう言い置いて、グザファン先生は保健室を出て行った。
先生の声は優しくて、その時何故か、背後から軽く抱き締められ、心臓が止まるかと思った。
先生の温もりが怖かったのは、最初に会った時に喉を潰されそうになったことを覚えているからだ。
私に選択肢はない。あるとするなら、覚悟を持って死を受け入れるか、恐怖に支配されながら殺されるか。それだけだ。
でも、いいんじゃないかな。
ふと、そんな気になる。
私が死んだら、お母さんも宮森さんも、自由だ。私がいるから、正式に離婚させてあげられていない。高校を卒業するまで、まだ一年以上あるのに。
「もう一度……会いたい、な……」
ここを離れたら、逃げたことになるだろう。
グザファン先生に事情を話したら、会いに行かせてくれるだろうか。――その時間、ルーキフェルの魂はもってくれるだろうか。
「おと、さん……おかあ、さん……」
涙が溢れて止まらない。鼻をかみたくなって、先生の机の上にティッシュペーパーがあるのを思い出し、鼻をかんで、涙を拭って、また鼻をかんで……と繰り返しているうちに、ペーパーがなくなってしまう。
「うっ……えぇん……」
涙はまだ止まらない。泣いてる場合じゃないのに。
覚悟なんて決まらないよ。ルーキフェルのことは大切だし、死んで欲しくなんかない。でも、私だってまだ死にたくない。他に方法はないの? 心臓じゃなきゃ駄目なの?
「ひっ……くっ……うぅ……」
膝から力が抜けて、床の上に座り込む。その時、手に空になったティッシュボックスがぶつかって、転がり落ちた。
ガラリ、とドアが開閉し、肩が震える。
真っ直ぐに近付いて来た足音が止まると、溜め息が降って来た。
「こちらを向きなさい」
重低音の美しい声。言われても、身体が言うことをきくのを拒否する。
「っ!」
強引に振り向かされ、首がもがれるかと思った。
「ああ、使い切ってしまったんですねえ」
空箱を確かめるような音が聞こえたすぐ後に、箱が手渡される。
何処にあったのか、取りに離れた気配もなかったのに、それは封を切った新しいティッシュボックスだった。
「…………」
お礼も言わずに、再び鼻をかんで、涙を拭って……を繰り返す。そして鼻がスッキリして少し落ち着いたところで、私の前で屈む気配があったかと思うと、目元に濡れたタオルが押し付けられる。
「ひゃっ!」
思わず悲鳴をあげたのは、それがびっくりする程に冷たかったからだ。
「あなたは本当に……馬鹿ですね」
泣いた所為で、熱を持って腫れぼったくなった目蓋に、冷たさが気持ちいい。
「あなた程馬鹿な人を、何と言うのか知っていますか?」
私は極力グザファン先生の声を聞かないようにしようとした。
「まあ、知らないでしょうね。あなたですし」
相変わらずの失礼な言葉が、うっかりと耳に入っても、感情の波は平坦だ。
「『可愛い』ですよ」
「…………」
馬鹿な子程、可愛い。確かにそんな言葉を聞いたことがある。だけど、先生の言うそんな言葉に、何の意味があるだろう。
「そんなに泣くまで、すっかり騙されて。このわたしが罪悪感を覚えてしまいましたよ。ルーキフェルがあなたと繋りを持った理由がようやく分かりました」
……騙されて。そう言った?
目蓋をおさえていたタオルが、手から滑り落ちる。
目の前には、片膝をついて座ったグザファン先生。よく目を凝らすと、その背後に種類の違う翼が見えた。
片方はルーキフェルと同じ、天使のもののようでありながら、漆黒に色を変えた翼。もう片方は、黒い炎が激しく燃え盛って翼のように形作っているもの。
「視えてしまいましたか? 片方の翼のように見えているものは、抑制出来ない闇の力。それを業火で燃やし続けているのですよ」
「……」
「これでも十分翼として役に立ちますが、火力が落ちると周りに影響が出てしまいますので、その場合、ルーキフェルがその影響となるものを吸収して下さっておりました。ですから、ルーキフェルが弱ってしまった責任はわたしにあるのです」
「――! じゃあ『楔を打った代償』というのは……」
「八つ当たりも含めて、あなたを試しておりました。わたしはルーキフェルから力を与えられなければ、周囲に影響を及ぼすどころか、自分自身を滅ぼしてしまうでしょう。ですが、あなたはルーキフェルに力を与えることが出来る。微弱なものでも、確実に、です」
辛そうだった。あれだけ悲しくて悲しくて堪らない気持ちにさせられて、怖くて、死にたくなくて、怯えさせられていたのに、どうしてかグザファン先生を責めようとは思わなかった。
「そのうちルーキフェルは目を覚ますでしょう。あなたの傍にいる為に、大勢の人々に精神の干渉をしておりますから、魔力が不足しているのは仕方ないことです。加えて、わたしにまで力を分けて下さっているのですから……」
どうしてそこまでして、私の傍にいてくれるんだろう。わざわざ学校にまで入り込んだりして。勉強だって、楽なものじゃないのに。
意図の分からないルーキフェルの行動と、先生から受けた精神ダメージとで頭の中がぐるぐるする。
そんな私に追い討ちをかけるように、グザファン先生が口を開いた。
「あなたに、お願いがあります」
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