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天使襲来編
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しおりを挟む「起きて下さい、結菜さん」
穏やかな声に、意識が浮上する。
頭からスルリと肩までを滑らせる手の感触に目を開けると、そこには。
「うぎゃあっ」
ぱしんっ。
「い、痛いです……グザファン先生」
「あなたが、とんでもなくみっともない声をあげるからですよ」
「うぅ……私、悪くないのに……」
だって、目覚めてすぐに夢のように美しい人の顔を間近で目にするなんて、思いもしないことだから。ううん、この悪戯はもう一人の同居人である美少年にも散々されてきたのだけれど、だからといって免疫抗体みたいなものが出来る訳ではないのだ。
私の額を叩いて文句を言った後、まるでずっと一緒に寝ていたかのように、隣で気だるげに起き上がるグザファン先生。長い髪を掻き上げる様子に色気が滲み出てクラクラしつつ、壁に張り付くようにしながら起き上がった私は、先ず、いつもならいる筈の――決して一緒に寝ている訳ではないのに、気付くと部屋に来ている――ルーキフェルの姿をさがす。
「ああ、おりませんよ? アガリアレプトが持っていきましたので」
「そ、そうですか」
私の目線を読んでグザファン先生が言う。
ぷにっ子になったルーキフェルは、アガリアレプトのおもちゃみたいに扱われている。
多分アガリアレプトにとっては、大好き過ぎてそうなっちゃうんだろうけれど、傍から見ると普通の大型犬より一回り大きな犬が、ちっちゃな子を襲っているようにしか見えない。
寝起きドッキリでは美少年の姿になってるクセに、アガリアレプトからの襲撃中も省エネモードのぷにっ子姿でいることが多いものだから、救出するのは私の役目だった。
だって、美少年姿のルーキフェルには敬愛してる態度を取るのに対し、ぷにっ子姿のルーキフェルには冷たいグザファン先生だから、いくらルーキフェルが悲鳴をあげようとも助けてあげようとはしないのだ。何かしら理由がない限りは。
「わあっ、ルーキフェル!」
サササッと自室から脱出した私がリビングまで駆けていくと、案の定ルーキフェルがアガリアレプトの餌食に……もとい、押し倒されてぐったりした状態になっていた。
ぷにっ子の身長より大きな翼は、アガリアレプトの涎によってベトベトになっている。
遠慮しないで元の姿に戻って命じれば、アガリアレプトもご機嫌で従うだろうに、朝から無駄な体力を浪費している。省エネモードの意味がない。
「駄目だよ、アガリアレプト。ルーキフェルはこれから学校なんだから、放してあげて」
お気に入りのぬいぐるみを奪われないようにする犬みたいに、アガリアレプトがルーキフェルをしっかり抱えるようにして、私に背を向け、腰を落とす。
背中から生えた小さな小さな翼がバサバサ動いているのは、飛ぼうとしているのではなく、私を追い払おうとしているのだ。
嫌われている訳ではないけれど、アガリアレプトの中での順位はルーキフェルで一位から十位まで占められているようなものだから、自分からルーキフェルを奪おうとする者は全員敵になってしまう。ただ、私などは敵と見做すまでもない感じなので、適当にあしらわれているみたいだ。
全然悔しくないけど。
だって、この犬の姿をしたアガリアレプトも、ぷにっ子で弱っているルーキフェルも、理知的な美青年保健医として学校に潜り込んでいるグザファン先生も、人間ではなく堕天使なのだ。それどころかルーキフェルは魔王さまだったりする。
そんな相手の敵になんて回りたい筈もない。故に適当で結構。……ちょっと悲しいけれど。
「結菜さん、本日ルーキフェルはお休みということで、まだ早い時間ではありますが一緒に学校へ向かいましょう。朝食は四六時中働く者のいるところで済ませるのも良いですし、コンビニに寄るのも良いでしょう。ああ、勿論、結菜さんにお支払いなどさせませんからご安心を」
保健医モードの伊達メガネを装着したグザファン先生は、言いながら私の髪を引っ張ったり撫でたりしている。多分そこに寝癖があるんだろう。
「待て。結菜と二人きりになどさせぬぞ、グザファン」
「おや」
絞り出すような声に振り向けば、ぷにっ子解除した美貌の少年が、グザファン先生を睨んでいる。
涎まみれの翼は消えていて、アガリアレプトも尻尾を振りながらもおとなしくルーキフェルの傍で控えていた。
「ええ、勿論ですとも。あなたがわたしの主君に相応しいお姿であり続けるならば、わたしは結菜さんをあなたから奪おうなどという愚行を働いたりなど致しませんよ、ルーキフェル」
「ふん。全く信用ならん台詞だな」
微笑んで恭しく礼をするグザファン先生に、ルーキフェルはツンとそっぽを向いてから、その視線を私に移す。
「結菜も結菜だ。何故アガリアレプトから早急に我を救出しなかったのだ。目覚めたら既に翼が使い物にならず、顔中舐められて危うく窒息しかけたのだぞ!」
「ええと……ごめんね?」
あれ。何で私が怒られているんだろう。
それを見て喜んでいるらしいアガリアレプトが、ご機嫌で跳ねているのが憎らしい。
ルーキフェルとの同居生活が始まって約5ヶ月。遅れてグザファン先生とアガリアレプトが加わって賑やかになったのはいいけれど……。
「わんわんっ」
「さて、アガリアレプトを鎖で繋いでおかなければなりませんね」
「こら、何故そこで我に首輪をかけようとするのだ」
「こうして鎖であなたの身を拘束するというのも、背徳的で美しいかと。少し脱いで頂いても宜しいでしょうか」
「宜しい訳がないだろ、戯者!」
賑やか過ぎるのも、どうかと思う。
これはこれで幸せなことだから、贅沢している自覚はあるんだけど……贅沢が過ぎると、いつか罰が下るんじゃないかって、不安になったりするんだ。
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