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魔王さま降臨編
魔王さまの、側近? ①
しおりを挟むちまっ、ちまっ、ちまっと、小さな背中に大きな翼が重たそうに見えるルーキフェルが、私の前を歩いている。
放課後ということで、帰路につこうとした生徒も、部活へ急ごうとしていた生徒も、その行く手を遮らないように左右の端に移動して足を止め、目を輝かせながら視線だけでその姿を追った。
ルーキフェルに手を振ったり「魔王さま~」と声を掛けたりする生徒はいるけれど、頭を撫でたくなったり捕獲したくなったりする衝動は、グッと我慢しているらしい。その欲求が小さいながらも声に出てしまっていることから分かった。
どうして手を出さないかと言えば、近くに私がいるからだ。
供物の娘。その全くありがたみの欠片もない呼ばれ方にもかかわらず、何となく特別な存在として認識されてしまったらしい。羨ましさ半分哀れみ半分といったところかな。
すっかり校内の人気者になってしまった彼だが、どうしてか二日経った今でも小さい姿のままだ。ついでに、私へのご立腹も続いていて、殆ど口を利いてくれない。
なのに、何故かこうして視界に入るところにいる。呼ぶと「つーん」とそっぽを向いてしまう癖に、こちらがルーキフェルのことを気にしないようにすると、ポカポカと叩いてくるのだから困ったさんだ。
ちらっ、ちらっとこちらを振り向いて、私がちゃんといることを確認しながら歩いている。
下駄箱の手前の廊下を右に曲がった先は、体育館に繋がる渡り廊下に出る。その真ん中にある自販機に試しに向かってみると、慌てて追ってくる足音が。
……可愛いなあ、もう。
「何か飲む?」
「…………」
訊くと、ふるふると頭を振られた。
特に喉が渇いていた訳ではなかったから、蜂蜜入りのアップルティーを一本だけ購入。コンビニにも売っていない、なかなかにレアなものなのだ。但し、商品ラベルにはアップルパイ風味と記されているからか、あまり購入している人を見ない。あまり売れないと売り切りで終了になってしまうから、最近の私はこればかりを手にしている。
「――――ん」
「ん?」
ルーキフェルが両手を上向きに開いて差し出してきた。明らかに「ちょうだいな」をしているのだけど、さっき要らないっていう反応をしなかった?
「これがいいの?」
手渡すと、じっとラベルを見てからキャップを外し、匂いを確認してから一口。
「…………」
! ああ、何てことだろう。今、もの凄くいい顔した。魔王じゃなくて天使だった。
美味しかったんだね。美味しいよね、それ。もう一本買っておこう。
一口飲んでは幸せそうに、ふにゃりと笑うルーキフェル。私のスマホが充電切れでさえなかったら、動画モードでおさめたのに!
眺めているだけで、こちらもほっこりと幸せ気分に満たされていると、不意に影が差し込んだ。
「一体どういうことです? そのような不細工な姿を目にするのは、遠慮したいと以前に申し上げた筈ですが」
「――――あ」
重低音の美声に不機嫌さを存分に染み渡らせたものが投げ掛けられる。
ルーキフェルはポカンと口を開けて声の主を見上げた。
毛先が肩にまで届いた、やや長めの黒髪と、厳しさと冷たさを合わせた黒い瞳。そしてルーキフェルと同じように西洋の血が混ざっているような美しい容貌。
背中に翼はないけれど、一目見てルーキフェルの仲間だと感じる。
ということは、この人も(人ではないけど)卵から生まれたんだろうか。
「来ていたのか、グザファン」
「当然です。あなたの在るところにわたしが在らぬことなどありましょうか」
「貴様は面倒臭い奴だからの。向かう先も知らせておらなんだのに、何故ここにいると分かった?」
「わたしがあなたの気配に気付かないとでも? どの世界へ向かわれたとしても、宇宙に漂う塵の一つになったとしても、必ず見つけ出して差し上げますよ」
「…………うむ。相変わらず気持ち悪いのぅ」
「そんな些末なことは捨て置きまして。これは、どういうことなのですか?」
言葉遣いは丁寧なのに、扱いは乱暴なものだった。
唐突にルーキフェルの頭をボールみたいに片手で鷲掴みにすると、グラグラとその頭を揺らしたのだ。
弾みでルーキフェルの手からペットボトルが落ち、まだ飲み終わっていないアップルティーがこぼれて足元に広がる。
「あ、あの、乱暴は……」
止して下さい。そう言いかけてヒクリと喉が引き攣った。
さっき聞いた気がするけど名前を忘れた青年が(大きい方のルーキフェルより年上だろう)、ギロリと私を睨んだからだ。
つい「ごめんなさい」と謝ってしまいそうになるけれど、今のルーキフェルはどう見ても小さな子供。力の加減をしていたとしても、こちらには虐待しているように映る。それは許せないことだ。
「何です? 随分とちんちくりんな小娘ですね」
「!」
うぅ。貧弱の次はちんちくりんですか。そうですね。そうですよ、どうせね!
泣きたい気分で睨み返す。すると青年の表情が一瞬驚きに変わり、次いで怒りへと変貌する。
「ルーキフェル。何故、この娘を殺さなかったのです?」
「っ!?」
いきなり物騒なことを言われた。とても冗談とは思えない迫力で。
「グザファン、その娘に手を出すことは、我が許さぬぞ」
「あなたがそのようなみっともないお姿になってしまわれたのも、この娘に『楔』を打ち込んだからではありませんか。それこそ赦されないことです」
青年――グザファンの手がルーキフェルを放し、私の喉元を掴む。
「ぐっ……っ……!」
気道が潰されてしまいそうだった。
苦しくて、グザファンの腕を力いっぱい叩くけれど、全く効果がない。
「止めろ、グザファン!」
「失礼ですが、不細工な姿のあなたには従えません。今のあなたでは、わたしに敵いませんしね」
ギャンッ、と悲鳴が聞こえた。
グザファンの足が動いたようだったから、ルーキフェルを蹴りつけたのかもしれない。
どうしよう。私、このまま死んじゃうんだろうか。
涙が頬を伝い落ちていく。
「止めよ、グザファン」
閉じた瞼の裏側に白と黒の砂嵐が見え始めた頃、いつもと雰囲気の違うルーキフェルの声がして。
気が付くと、楽になった呼吸に咳き込む私を、初めて会った時の少年の姿をしたルーキフェルが抱き抱えていた――。
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