いつか私もこの世を去るから

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田舎

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 むせかえるような暑さだ。

 蝉の声が東京より大きい、遠くまで山が連なり、民家はほとんどなく、畑と田んぼばかりだ。
 
 まるで日本昔ばなしの世界だ。
 新幹線から在来線に乗り換えて1時間。

 どんどん町から遠ざかり、不安すら覚えてくる。

 ここが一体何処なのか、あと何駅乗っていれば目的の駅に着くのかもよくわからなかった。

「神坂村~神坂村~」

 神坂村かみさかむらこの駅で降りるように言われていたのだ。

 電車を降りると、蒸し暑い空気が身体中にまとわりつく。

 私の知っている駅とはまるで違い、人が1人もいない。むしろ駅員すらいない。

 自動改札もなく、不安になりながらもそのまま改札を出る。

 改札を出ると、3人がけのベンチがあった。
 そこに小さい腰の曲がったおばあさんが1人座っていた。

 私にすぐに気付くと、椅子からすっと立ち上がり私の方へ近付いてくる。

 見た目からすると、もっとヨボヨボな感じで歩いてくるのかと思ったが、思ったよりスタスタと軽い足取りで私の前までくる。

上村 糸かみむらいとです。
 よろしくお願いします。」

 私がそのおばあさんに頭を下げる。

「遠いとこさよく来たな。疲れたろ?
 家まで歩いてすぐだから、ついてこい。」

 と言ってまた軽快な足取りで歩きだす。

 私も早足でおばあさんについて行く。

 このおばあさんは、鵜飼 国子うかい くにこさんといって、私の母の祖母。私にとってひいおばあちゃんに当たる人だ。

 私の祖母、つまり母のお母さんは母が小学生の頃に亡くなり、その後母はこの国子さんに育てられたらしい。

 母が東京に上京してすぐに祖父も亡くなり、元々国子さんはご主人を若い頃になくしているので、それからずっと1人でここで生活していた様だ。

 私は今までここへ来た事は一度もないし、もちろんこの、国子さんにも会った事もない。

 母からひいおばあさんの話しも聞いた事はなかった。


 だから、母のお葬式が終わったあの日、父方の親戚から、

「糸ちゃんのひいおばあちゃんが、糸ちゃんを引き取りたいって申し出があったんだけどどうする?」

 と言われた時は正直驚いた。
 私にひいおばあさんがいた事も知らなかったし。母に田舎がある事も知らなかった。

 父方の叔母は、まだ小さい赤ちゃん含め、子供が3人もいて私を引き取るのは無理だった。

 施設に行くのはどうしても嫌だった私は、ひいおばあさんのいる、東京から新幹線と在来線で3時間半のこの田舎に引っ越す事を決めたのだ。

 母が亡くなってからはバタバタだった。

 お葬式などは父方の親戚が全て取り仕切ってくれたが、私はこの神坂村に引っ越す為、すぐに引越し準備と転校の準備もしなくてはいけなくなった。

 産まれた時から東京で過ごしてきた私にとって、誰も知らない田舎へ行く事はとても辛かった。

 仲の良い友達や、先生との別れ、母とも別れ、一気に私の前から誰もいなくなる感覚だった。

 とても辛い現実だが、受け入れるしかなかった。

 母が死んでから、私は自分の心の一部がなくなった様な気がして、なげやりな気持ちになっていた。

 何もない時でも涙が自然に流れてきて、ただ母に会いたいと思った。

 まわりの人達はみんな優しく声をかけてくれたが、私の気持ちなど誰にもわかるはずなどないと、心の底で思っていた。

 今日から、このひいおばあさんと2人きりだ。

 私はひいおばあさんの後ろ姿を見ながら、1人でそう思う。

 これからどんな生活がここで待っているのか、全く希望が持てなかった。

 ひいおばあさんは、家は駅から近いと言っていたが、歩いても歩いても中々辿りつかない。

 坂を登り、ポツポツとある少ない民家の通りを歩いていく。

 私は、東京から長旅だったという事もあり、だいぶ疲れてきた。

 でも、ひいおばあさんは、そんな私を気にせずぐんぐん歩いていく。

 私は額に汗を滲ませながら、必死についていく。
 草の匂いと土の匂いが風にのって舞っている。

 周りを山に囲まれた、本当に小さな小さな集落だ。

 20分程歩いて、民家の集まる場所から少し山を登った所にひいおばあさんの家はあった。

 私と母が住んでいたアパートの何倍あるだろうか?

 大きな古い平家の建物だ。
 家に着くと、ひいおばあさんは私に言った。

「今日からここが、糸の家だよ。
 荷物は昨日全部届いてるから、糸の部屋に入れておいたよ。長旅で疲れたろ?
 ちょっと休め。」

 そう言って私を部屋まで案内してくれる。
 外は蒸し暑いのに、家に入った途端にひやりと涼しくなる。

 大きな土間の玄関を上ると、左に向かって縁側の長い廊下があった。

 私の部屋は玄関から入って1番奥の山側の部屋だった。

 私はその長い縁側を歩いていく。
 歩く度に床が軋む音がする。
 古いが綺麗に磨き上げてある、縁側だった。

 この家は、部屋と言っても、襖で仕切られているだけの、全て畳敷の部屋だ。

 私の部屋には前の家で使っていた、机とタンス、そしてベッドが運びこまれていた。

 私は荷物を置いてベッドに横になる。
 畳の匂いが鼻につく。

 エアコンなんて物はなく、縁側は開けっぱなしだった。

 外から気持ちの良い風が入ってくる。
 その度に風鈴が綺麗な音を奏でる。

 疲れた。

 やっと緊張から身体が解放された気分だった。
 携帯にメッセージが来てる事に気づく。

 幼馴染の友達からだった。
「糸、もうついた?そっちはどんな感じ?
 今日は原宿に買い物にきたよ!」

 メッセージと共に、友達3人と人気のカフェでお茶をしてる写真まで届いた。

 私はそれを見て、遠い外国の様に感じた。
 電車ですぐに行く事のできた可愛いカフェも、お店も、仲のいい友達とも、もう簡単に会う事など出来ないのだ。

 返事をする気も起きず、私は瞼を閉じる。
 車の音も人が行き交う音も聞こえない。
 聞こえるのは蝉の大きな鳴き声だけだ。

 まるで異世界みたいだな。
 
 気がつくと私は夢の中へ落ちていった…






「またこの夢だ。」

 何度同じ夢を見ているのか、しとしと雨が降っている。

 私は霧の中を歩いていく。

 目の前にまたあの神社の鳥居が現れた。

 大きなしめ縄に、オオカミの様な怖い顔をした狛犬。
 
 私はここで、鳥居を潜ったらダメだ。
 と自分で気づく。

 しかし、夢の中の自分はまったく気づいてない様で、そのまま鳥居の方へ歩いていく。

 鳥居の中へ入ろうとしたその瞬間、中から巨大な白い物が飛び出してくる。
 
「だから行っちゃだめだと思っていたのに。」

 わかっているのに、夢の中の私はいう事をきかない。

 慌てて私は、逃げる。走って、走って、走って。夢の中なのに妙にリアルだ。

 足にからみつく雑草までもリアルに感じる。
 私はその巨大な幽霊の様な妖怪の様な物に捕まりそうになった時、目の端でその物体を確認すると、それは蛇の様な物だった。

「白い蛇?」

 と思いながら、私はそのまま何故か真っ暗な巨大な穴に落ちていく。




 はっとして目が覚める。

 汗をぐっしょりかいている。
 さっきまで外は明るかったのに、もう日が傾きはじめている。

 夕日が部屋をさしていて、オレンジ色に染まっている。

 何故同じ夢を何回も見るのか、自分でもよく理由はわからなかったが、小さいときから気づくとこの夢を見ている。

 しかし時間がたつとすぐに、この夢の存在は忘れてしまう。

 ふと縁側の先を見ると、人影が見えた。
 私は少しびくっとして、ベッドから起き上がり、縁側から先の庭の方へ歩いてみる。

 そうすると、丁度私の部屋の外の斜め前に、小さい鳥居と小さな社まである。

 さっき見えた人影は40代くらいのおばさんで、社に向かって手を合わせていた。

 私が見ている事に気付くと、少し会釈してそのまま立ち去っていった。

 近所の人?
 でも何故わざわざ人の家の中にある神社を参拝していたのだろう?

 普通の民家に神社がある事自体も、私にとったら不思議だった。

 私も縁側から庭に降り、置いてあったサンダルを履いて神社の前に行き、手を合わせる。

「糸。起きたのかい?お腹すかないかい?」

 声のする方を見ると、ひいおばあさんが縁側から私に向かって声をかけている。
 私は神社を後にして家の中へ戻って行く。

 居間へ行くと、丸い円卓の上にご飯が用意されていた。
 年寄りの作る料理だから、煮物とか和食が出てくるかと思ったが、予想に反してパスタだった。

 小松菜とジャコとニンニクのパスタに、タコとトマトのサラダ、わかめのスープだった。
 私が少し驚いて料理を見ていると、
「糸はスパゲティー苦手か?」
 と問いかけてくる。

「いや、好きだけど、、、。」
 私が少し戸惑っているのをみて、ひいおばあさんは少しニヤッと笑って
「年寄りっぽくない料理でびっくりしたか?」
 と笑っている。

 私は思わず頷いてしまう。
「私は基本なんでも作るんだ。洋食も旨いからな。」
 と言って、私にフォークを渡してくれる。

 私の母も料理が上手な方だったが、それに比べてもこのパスタはとても美味しかった。
 さっきまで、食欲はなかったが一口食べたとたん止まらないくらいに美味しかった。

 私がご飯を食べている様子をみて、おばあさんは微笑んでいた。
「糸、私の事は国子さんて呼べ。」
「どうして?」

 私が尋ねると
「ひいおばあちゃんって、長いし呼びずらいだろ?
 今まで会った事もなかったのに、ひいおばあちゃんって言われてもピンとこないだろうしな。」

 まあ、確かにそうだ。
 国子さんは、母にもそんなに似ていないし、本当にひいおばあさんなのかと思う。

「あの写真は私のおばあちゃん?とおじいちゃん?」
 私は居間の壁にかけてある写真を指差す。

「そうだよ。私の息子と、糸のおばあちゃんだよ。」
 私は初めて、自分の祖父の顔を見たが、母にそっくりだった。

「お母さんは、お父さん似だったんだね。」
 私が言うと、
「そうだよ、つむぎさとるそっくりだったな。顔も性格も。こうだと決めたらそれが絶対、最後まで突き進む。」

 紬は私の母の名前だ。
 悟というのは私の祖父の様だ。

 母も昔、この家で国子さんの手料理を食べていたのだろうか。
 
 母の事を考えただけど、涙が溢れそうになる。
 それを必死に隠すように、私は下を向いてご飯を食べる事だけに集中する。

 すぐに気を抜くと母の事を思い出して泣きそうになる。

 自分でもどうしようもないのだ。
 ご飯を食べた後、私と国子さんはキッチンで後片付けをする。

 国子さんが食器を洗って、私が拭いていく。
 私は夕方の鳥居にいた女の人が気になり、国子さんに尋ねてみる。

「国子さん、私の部屋の前に鳥居があるでしょ?あれは何なの?」

 国子さんは、洗い物の手を止めずに話す。

「あれは、うちの屋敷神様が祀ってあるんだよ。」

 私は食器を拭く手を止めて聞き返す。

「屋敷神?」

「そうだよ。昔の家にはよくあるんだよ。
 その家の祖先を祀ってるんだ。家を護ってくれる神様だよ。」

 成る程、確かに東京でも小さい鳥居がある家を見た事があるかもしれない。

「昔から亡くなった祖先の魂は山に住むと言われているんだよ。
 家の裏側に山があるだろ?あれがうちの祖先が住む山なんだよ。だから山側に鳥居と社を祀ってるんだ。」

 その話しを聞いて私は不思議に思った。
「なんで、うちの祖先が祀ってある神社なのに、家族以外の人が参拝していたの?
 夕方女の人が手を合わせてたけど。」

 国子さんが少し考えて、思いついたように言う。
「ああ、優子さんかな?
 隣の集落に住む奥さんだよ。うちの屋敷神さんは地域の鎮守でもあるから、家族以外の人も参拝にくるんだよ。」

 そうなのか、私の部屋の前を通っていろんな人が参拝にくるんじゃ、窓を開けてあんまり変な格好をしたりできないなと思った。

「国子さん、魂が山に宿るなら、私のお母さんも裏山に住んでるって事?」  

「そうだよ。」

 私が納得いかない顔をしてると、国子さんが少し笑いながら、
「なんだ、糸は信じてないのか。」
 と言ってくる。

「私、おばけとか心霊とか神様、スピリチュアルとかそうゆうのはあんまり好きじゃないんだよね。
 目に見えない物は信じられないし。国子さんは信じてるの?」

 国子さんは、洗い物の手を止めて私を真っ直ぐ見つめていう。

「信じているよ。」

「私は人間の方がよっぽど信用ならないよ。すぐ嘘つくし、誤魔化すし。
 この世の中、大半の事は目に見えない物で動いているんだよ。」

 そう言われても私にはわからなかった。
 それならば、またお母さんにも会えるのだろうか。

 幽霊でもいいからお母さんに会いたい。

「糸にもそのうちにわかるよ。」
 国子さんはそう言ってまた食器洗いをはじめた。

 どうゆう事だろう?
 私はまだ不思議に思っていたが、なんとなく国子さんには聞けず、そのまま片付けの続きをした。

 その後はお風呂に入って、私はやる事もなかったので早々とベッドに潜りこんだ。

 いつもだったらスマホを弄って暇潰しするが、今日は何となくそんな気分にもならず、電気を消した。

 早く眠りにつくつもりが、昼間に昼寝をしたせいか全然眠くならない。

 国子さんが焚いてくれた蚊取り線香の匂いがしている。

 外からは虫の音と、何処か遠くから動物の鳴き声の様な声が聞こえる。

 すぐ裏が山だから、何か動物が住んでいるのかなと思った。

 それにしても、この家は2人で住むには大きすぎる。

 暗闇に包まれると次第に私は怖くなってくる。
 思わず、国子さんの部屋で一緒に寝かしてもらおうかと考えたが、流石にそれは出来なかった。

 どうやったら眠れる?
 考えれば考える程目は冴えていく。

 さっき、おばけなんか信じないと国子さんに言ったくせに、もうこんなに怖がっているのが自分でも滑稽だ。
 私は怖くて布団を頭まで被った。

 早く朝になれ!朝になれ!

 ひたすら願ったが、そんなにすぐ朝になるわけもなく、真夏に布団を被っているから汗がダラダラと吹き出してきた。

 しばらくすると、今まであんなに暑かったのに、急激に身体が寒くなる。

 私はあれ?おかしいなと思う。

 頭から布団を被っているのに、とてつもなく寒い。

 寒くてガタガタ震える。
 なんだこれは?汗をかいたから風邪でもひいたのかな?と思ったが、それにしても異常に寒い。

 私は何故かとても怖くなった、


 その時。



 私の耳元で声がした。


 それは本当に私のすぐ耳の側から聞こえた。

 耳に息がかかりそうなくらいの近さだ。

 そして、私はその声の正体が誰だかすぐにわかった。

 お母さんだ。

 優しくて、私をいつも見守ってくれている優しい声。

 間違うはずはない。母はこう言った。



「糸にしかできないのよ。」



 私はびっくりして、布団を剥いで起き上がった。

 前をみると、部屋の縁側にお母さんが立っていた。

 お母さんは縁側から鳥居の方へ身体を向けて何か祈っているようだった。


「お母さん!」


 思わず私が大きな声で叫ぶと、母はこっちをみて微笑んだ、、、と思った瞬間に消えた。


 後は、蚊取り線香の煙だけが漂っていた。


 私はまた
「お母さん!」
 と叫ぶが、姿が現れる事はなかった。

 私はその場で呆然としていた。

 夢なんかじゃない。あれは絶対に母だ。
 産まれてきてからずっと聞き続けてきた母の声を私が間違うはずない。

 母は私のすぐ側にいた。

 私はそう思うと、涙が溢れてきて止まらなかった。

 母が会いにきたのだ。

 私はその後もずっと泣き続けた。

「糸にしかできないの。」

 あれは一体どうゆう意味?私にしかできないって何の事?

 でも、わざわざそれを言いにきたと言う事は、とても重要な事なんだと思った。

 けれど私は思った。

 母がいないのに私1人で何が出来るというのか、
 私は母がいなければ何も出来ない。

 


 泣き疲れて気がつくと朝になっていた。
 私は、重い足取りでとぼとぼと居間へ歩いていく。

 居間へ行くと既に朝食の準備がされていて、キッチンから国子さんが出てきた。

「糸、なんちゅう顔してるんだ。
 目が腫れてるぞ、早く顔洗ってこい。
 学校いかな!」

 私はそう言われて洗面所に行って顔を洗う。
 確かに酷い顔をしていた。

 目は真っ赤に充血して瞼は腫れ上がっている。
 完全に夜に泣きすぎたせいだ。

 今日から学校に行かなきゃならないのに、この顔では余計に気分が重い。

 学校に行くと言っても、後1週間で夏休みに入ってしまう。
 しかし、一応挨拶してクラスメイトに顔を覚えてもらった方がいいんじゃないかという、先生の配慮だった。

 居間に戻って朝食を食べる。
 また国子さんに似合わず洋食だった。

 フレンチトーストに、スクランブルエッグ、サラダにスープだった。

 またどれも美味しかった。
 昨日の夜あんなに泣いていたのが嘘のように、私は夢中で朝ご飯を食べた。


 新しい中学校まで片道40分かかる。
 しかも途中小さい山まで越えなきゃいけない。

 初めて行く道だが、家から1本道なので行けるだろうと言って国子さんはついてこなかった。

 家から出て、ひたすら田舎のあぜ道を歩いていく。

 途中小さな川を渡り、その後はなだらかな小さな山を超えていく。

 山を越えて下っていくと、中学校の校舎らしき建物が見えてきた。

 歩きながら、息があがる。
 通学だけで、かなり体力を奪われる。

 おまけに、25年前と制服が変わっていないとの事で、私は母の着ていたセーラ服をそのまま着て登校する事になった。

 国子さんもよく25年も制服をとっていたなと思ったが、母の着ていた制服を着る事になるなんてと、不思議な気持ちになった。

 学校が近づくにつれて、私はどんどん緊張してくる。

 転校は産まれて初めてだ。
 上手くクラスに馴染めるのか。
 それだけが不安だった。

 学校に着いてすぐに職員室へ行くと、担任の先生を紹介された。

 年齢は30歳くらいの、なかなかさわやかな男の先生だった。

中田 智也なかた ともやです。今日からよろしく!」

「上村 糸です。よろしくお願いします。」
 私は先生に頭を下げる。

「東京とは全然違うだろ?うちの中学は1クラスしかないからな、しかも20人しかいない。
 すぐに友達ができるよ。さあ行こう!」
 そう言って私と一緒に教室へ向かう。

 軽快な先生の足取りとは逆に、私の足取りは重かった。
 今までの転校生の気持ちがよく分かった瞬間だった。

 もっと転校生には優しくしておけば良かったと、変な後悔をする。
 ガラっと先生が教室のドアを開けて入っていく。

「起立!礼!」

 先生が入ったとたん、一番前に座っていた坊主頭の男の子が号令をかける。

「おはようございます!」
 とみんなが一斉に言って、着席する。

 みんな、先生の隣にいる私の方をチラチラと見て、女子はあからさまに何か内緒話をしている。
「今日からこのクラスに入る転校生を紹介する。」

 先生はそう言うと私の方へチラッと目くばせをする。
「上村 糸です。東京から引っ越してきました。よろしくお願いします。」

 私が辺り障りない自己紹介をすると、『東京』と言うワードだけでクラス中が沸いた。
「東京だってすげー!」
「都会人じゃん!」
「スカイツリー登った事ありますかー?」
 と口々に騒いでいる。

 これが田舎の乗りなのか、私がなんて返事をしていいか悩んでいると先生が
「おまえらうるさいぞー!上村は末永の後ろな。」

 そう言われて、1つだけ空いている、教室の1番後ろの席を指さす。
 私はそのまま歩いていき、席に着席する。
 私が座ると前の女の子が話しかけてくる。

「私、末永 蒼すえなが あおいよろしくね。」
 見たからに気の強そうな女子だ。
「よろしく、、、。」
 私は小さな声で返事をすると、その子は勝気そうに微笑んで前を向いた。

 転校初日は、もの珍しさからか、みんなが私に声をかけてきた。

 主に東京について色々聞きたかったようだが、東京で産まれて育った私にとって、東京だからと言って特別面白い話しもなかった。

 それでも、中学生に人気のショップやカフェなどに行った事あるかと聞かれ、あると言うと、みんな口々に
「いいな~!」
 と羨ましがった。

 けれど、みんな何故私がこの小さな集落に突然越してきたのか気になったようだ。

 当然の事だろう、この町に転校生などほとんどくる事はないのだ。

 私は、母が死んで、ひいおばあちゃんに引き取られたとは何故か言いたくなかった。

 母が死んだとは言いたくなかったし、まだ母が死んだと認めたくない気持ちがあったのかもしれない。

 なので、私はその質問を何となく濁していたのだが、こんな小さな集落の事だ、私の母が死んでひいおばあさんに引き取られて引越してきた事は、次の日にはクラス中の子が知っていた。

 そのせいかはわからないが、クラスのみんなは私に腫物に触る様に接してくるようになった。

 親を亡くした可哀想な子ーーーー。

 そんな目で見られてる気がして、私はあまり積極的にクラスメイトと関わらないようになってしまった。

 私の前の末永 蒼にかんしては、
「何か辛い事があったら、私に言ってね。なんでも話しを聞くから。」
 と言って、あからさまに同情しているようだった。

 私は、それが、同情ではなく明らかに敵意があるような気がしていた。

 彼女は学級委員もやっていて、クラスの中心的な子だ。

 いつも話しの中心はこの子で、そうでなければ気が済まないタイプにみえた。

 私が東京から転校してきた事で、一瞬みんなの注目が私にむいたので面白く思ってないようだった。

 転校して4日目にして、私に話しかけてくる子はいなくなった。

 初めが肝心とよく言うが、私は完全に初動を間違えてしまったようだ。

 1クラスしかないのだから、クラス替えによる挽回もないだろう。

 このまま私はクラスで浮いた存在として卒業していくのかと思った。
 とりあえず、明日1日いけば夏休みだから良かった。

 終業式の帰り道、私はとぼとぼとあぜ道を歩いて帰っていた。

 暑いし、荷物は重いし、友達もいないし、お気に入りのカフェも、映画館もないし最悪だ。

 私は段々1人でイライラしてきた。
 東京へ戻りたいーーー。

 最近それしか思えなくなっていた。
 狭くて嫌だったアパートも、行きたくなくて仕方なしに行っていた塾も、全てが懐かしい。

 なんで私だけこんな目にあわなくてはいけないのか。

 私はひたすら地面を見ながらずんずん歩いていると、後ろから
「上村さーん!」
 と呼ばれる。

 振り返ると、末永蒼と、同じクラスの2人が走ってきた。
「上村さんこれ、先生から。」
 そう言って末永蒼が私に封筒を渡してくる。

「ありがとう。」
 私が小さな声で言うと
「上村さんの家ってあっち?」
 と私に聞いてくる。
 末永蒼が指差した方は確かに私の家の方角だった。

「そうだけど?」
「やっぱりそうなんだ!上村さんの家とうち、近いんだよね。上村さんって鵜飼のおばあちゃんのひ孫って本当なの?」

 私はなんでそんな事を聞いてくるのか訳がわからなかったが、小さい集落なのだから、国子さんを知っている人がいても不思議でもないかと思って頷く。

 私が頷いた途端、3人は顔を見合わせて「やっぱり。」と嬉しそうに言う。

「鵜飼のおばあちゃんて昔からここらでは有名な人だからさ~。」
 ともったいつけるように言う。

 有名って何の事だろう?確かに国子さんの家はこの辺りでも飛びぬけて大きな家だが、有名な地主なのか?

「有名って何が?」
 私が尋ねると
「う~ん。まあ上手くは言えないんだけどね、呪いをかけたりとか?気味の悪いパワーを持ってるとか?」
 とにやにやしながら言ってくる。

 私は何だそれ。と思った。ここの村の子達は本当に幼稚だ、そんな事あるわけない。
 本気で信じているのだろうか?

「だから、鵜飼邸には近づくなって昔から言われてたもん。」

 なんだ、結局それが言いたかったのか。

「それだけ?」
 私が真顔でそう言うと
「そうだけど、、、。じゃあうちらこれからクラスの子達と約束あるから。」
 と言って、行ってしまった。

 何か私に悪態をつきたかったのか。
 でも、このクラスで蒼に気に入られなければ女子はやっていけない事がよくわかった。

 しかし、国子さんが呪いをかけるっていったい何なんだ?

 確かに国子さんは不思議なオーラのような物があるが、まさかそんな力はないだろう。

 でも、、、。

 と私は思う。ここへ来てから、私も全く信じていなかった、目に見えない物の存在があるんじゃないかと思えてきていた。

 あの日、私がこの目でみた母は本物としか思えなかった。

 何度も夢だったと思おうとしたが、私は実際に母を見た。

『この世の中の大半の事は目に見えないもので動いている。』

 国子さんの言った言葉を思い出す。
 私は夏のこの暑い中ゾクッとして、誰もいない帰り道を進む。

































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