シーフードミックス

黒はんぺん

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たぶん、誰の胸にも

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 にこにこしていたしじみが無表情になる。口をつぐんでこちらを見てる。それだけなのに、私の方が泣きそうになった。
「私には誰の胸の中にも燃える炎があるのが見えるんです」私はこの現象が結局何なのか分からない。的確な説明ができない。例によってのだらだらした説明をするしかないのだ。「しじみさまはもちろん、あっちゃんさんやママさんや他の誰にも。激しく燃える炎もあれば、ひょろひょろ黒いすすを上げてるのもある。色合いをどんどん変えるイルミネーションみたいのもある。かわいそうにすぐにも消えてしまいそうなのもある。私はしじみさまの炎が好きです。大好きなんです。炎を持たないひとを見たことがない」
 しじみは安楽椅子の脇に立ち、私を見る。やっぱりあやふやな表情のままだけど。
「ひとはみんな持っているんじゃないかな。怒ったり喜んだりすれば燃え方や色合いを変えます」
「よく言うオーラのようなものかな」
「わかりません」
「君は何、ESPのような超自然スーパーナチュラルな力を持ってるの」
「わかりません」
「あたしにはもやもや……としたものしか見えないんだけど」
「それは私がここにいないからなんじゃないかな。私は動けませんから。『くろしお酒店』の脇にいます」
「あ……あのあたりに住んでるんだ……」
 私の場合住んでるというのかな。
「君ってあれでしょ、あたしの頭のまわりでぶんぶん飛び回っていた……あたしに憑依していたうるさい……君はテレパシーで話しかけているわけ?  あたしは超能力とかオカルトって守備範囲じゃないのね。非科学的だもん。あるいは憑依現象。よくテレビでも廃屋になった病院にいったら怪しい現象が次から次へと……カメラが壊れる、タレントさんはのびちゃう、超能力探偵が事件解決する前に番組終わっちゃう」
 そんなこともあるらしいですね、私はテレビなんて見たことはないけど。でも、テレビがうらやましいとは思うことはある。
「君動けないっていってたね。歩けないの」
「歩いたことはないです」
 しじみは黙る。しじみの心の中にいるのに彼女の思っていることがわからない不思議。
「じゃあ、君はクレアボヤンス、千里眼みたいなもので外を観ているわけ」
「千里眼ってあれでしょ、何でもわかっちゃうという。わかんないです。好きなときに好きなものを見られればいいですね、誰かが見ているものだけ見えるみたいです」
「ああ……めちゃくちゃオカルトね、あたしオカルト否定論者なの。テレパシーで話しかけられて、憑依までされて」あ、しじみわらってる。「あたし困っちゃうよ。君は他人ひとの目を使って外を観ているんだ。だから誰かに憑依しなくちゃいけないんだ」
 そうです。私は自分のしていることが、今わかったような気がする。そうです、じゃなくて、そうだったんだ。
「あたしは当たり前に外に出られるのに、出て好きに何でも見ることができるのに、身体が不自由な君が持っている能力を使って同じことをするのを、駄目だなんていう権利はないよね。君、フレフレぶんぶんとか言ってたよね」
 あー。それ、確かに私のことなんだけど、ぶんぶんなんて言ってないんだがなぁ。
「いいよ、あたしの目でものをみるのは。君が見たいものをあたしが見るかは保証はできないけどね」
「ありがとうございます」
「だけど君、なにか引っかかることを言ってたような気がするんだけど」
 しじみ、考え込むそぶり。
 私のことなどどうでもいいじゃないか。私はあの、ザリガニを……。
「君あたしのママを知ってるの」
「はあ」もちろん知ってる。しじみの家まで何度もついていったことがあるし、彼女の学校生活も知ってる。三週間もぶら下がったりしてないから、ナマケモノに例えるのは、やっぱり失礼である。
「君が取り憑いたのは今日が初めてじゃなかったの」
「はい、ずっと前からです。しじみさまは気がついてくれませんでしたね。でも、私がいいたいのは例のザリガニのこと」
「やだ」
 しじみの様子がおかしい。口元で手を合わせ、心なしか青ざめているような。
「ずっとあたしを見張っていたわけ?  それで、さっきから言ってるザリガニってエビハラさんのこと?  何を言いたいの」
 聞いたこともないようなするどい口調に私はうろたえた。「見張ってませんよ、気づいてくれるよう、ずっと声をかけていたんですよ。しじみさまの家にいったのは一度だけ、ほんとです」
 自分ではよりそっているつもりなのに、見方を変えれば彼女の言うとおりだと気づいた。しじみさま、わかってくれないな、さみしいなと不満にすら思っていたんだけど、そんなときはいつまでもいっしょにいるべきではなかったのだ。
「エビハラさんが危険って言ってたよね」
「胸の中で燃えてる炎というのは、つまり心そのものだと思うんです。炎のありさまは、そのひとの人柄とよく似てるような気がする」
「うんうん、それで?」
「ところがあのザリ……エビ……ロブ。とにかくそれです。殻の中にはなんにもないんです。暗闇ばかり。空虚ばかり。あの殻たたけばいい音響くでしょ、てなもんだ。やつは空っぽ、太鼓みたいだ。しじみさまはあれを友達だと思っているかもしれない。でもそれに応える情なんてないんですよ」
「まあ、悪口並べたわね。君って意外と口が悪いねえ。テレパスだってもの静かじゃあないってことね。エビハラさんは心がないって言いたいんだ」
「ゾンビと同じなんです!」

 これだけ言ってあげればしじみさまもわかってくれると思ったのだ。彼女はホラーが嫌いだったはず。エビハラ星人を恐れ、さっそく席を立ちハンバーガーショップから逃げ出すに違いない。そうすれば私の任務は完了である。

 少女は声もなく笑っている。少し歪んだ、これって苦笑い?  なんでそんな笑いをしているの。

「君もテレパスなんでしょ、ぶんぶんでもやもやのストーカーさん」
 うわっ。あたしのことを見張ってとか、しじみさまの不興を買ってるらしいのはわかっていたけど、今はっきりとわかった。そのとおりなので、反論もできない。
「エビハラさんとのやりとり、君はそばで聞いてなかったの。彼は透明人間。とにかく地球人の目から隠れていたいひと。別に彼、はにかみ屋さんだからじゃないのよ。エビハラさんも彼の愉快な仲間たちも何をやってるの、地球をスパイしているに決まってるでしょ。何度もいってるけどあたし、スーパーナチュラルには否定的なんだけど、本物のちょーのーりょく者前にしては反論もできないわね。ともあれエビハラさんたちはESPに関してもかなりの知見を持ってるかもね。テレパシーをブロックする技術を持ってると考える方が自然でしょう。エビハラさんは心がないんじゃなくて、心を隠しているの。もちろん機密情報盗まれないためよ」
「でも、それじゃ……やつは善良だってことにはならないでしょ」
「ならない。あたしは君みたいにひとの心見ることなんてできないもんね。誰の心も。でも心の見えないのはみ~んな悪人だなんて考えてたら生きてけないワ」
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