ぱられるの部屋

黒はんぺん

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正規の品なら大丈夫

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 かつて生活に必要なものは自分で作っていました。生えている木の枝、石ころ、採った獣の皮とかを使って。
 道具の使用。製作。
 自分で使うために自分で作る。きわめて自然な話ですね。
 とはいえ、石器などは上手な人が作り、仲間が使用するということもあったでしょう。分業の始まり。集団全体にとっても有益でした。
 人類はともかく社会や道具は進化します。道具を作るための道具も作られ、多くの部品を組み合わせた複雑な道具、道具を作るための場(工房や工場)組織(ギルドや会社)が作られました。
 また、遠くで作られた品物を運ぶ道具(荷馬車や船……列車)仕組み(交易)……さらに、それらを滑らかに動かす潤滑剤としての道具(お金!)が進化しました。

 さらには道具が霊的にも進化して、付喪神などが生まれましたが、ここではそれにはふれないことにしましょう。

 道具はそれ自体のなかに動力を備えるようになりました。機械と言った方が収まりがいいですね。
 総称して文明が発達したといいます。文明は道具ということですね。

 さてシナンくんは道具ではありません。
 道具は使うものですが、シナンくんは使われる者ですから。もちろん今の一文はジョークですから気にしないでくださいね。煩雑なのでシナンくんの「くん」はこれからは省略しますが、敬意は変わりません。
 使われる人間としては「非正規」ということで必ずしも高くは評価されてはいないのですが、あくまで労働力として。人間としての価値とは無関係です。小さな作業場で製品の組み立て作業をしていました。

 基本パネルAに部品B、部品C……さらに部品D……と、いくつかのパーツを特殊な工具と接着剤を使い、順番通りに組み立てていく。難しくはないけれど単調でそれなりに神経を使う仕事なのです。材料として梱包されているパーツの数は決まっているので、一定数作業したあとでそれが残っていたらたいへん。パーツをつけ忘れた製品があるはずだから。
 パーツをつける順番も守らなくてはならないので、ヘタをするとそれは不良品、廃棄処分ということになる。
 そんなものをいくつも出してるとさすがに怒られるかもね。
 いや、実はすでにかなり怒られていて、鬱々楽しくないシナンなんだよね。
「まだこれしかできていないのか。お前、手が遅いわりには仕事が雑だな」
 現場監督だか班長だか知らないが、ねぎらうどころかやる気が失せることばかり言いやがって。
 オレ自分ではそんなに不器用なつもりはないんだけど。どうにもオレの手つきやしぐさが気に入らないんだね!
「なんか、やなやつだね~」
 隣で同じ作業をしていたもこっそり耳打ち。
「そだね~。でもさ、自分が作ってるこれさ、なんなのかさっぱりわかんないんだ。わからないまま作ってる。いいものできるわけないと思わない?」
「うん。なんなんだろ、これ」
 彼女もその製品を目の高さまで持ってきたり、裏返してみたり。謎の物体である。

 かつて人類は自分に必要なものを自分で作っていた。それはまったく自然なことで、自分の手にしたそれが何なのか思い悩むことはなかった。文明が発展すれば、人は自分のものでもないものを作るようになる。分からないものを作れるようになる。さらには意味のないものを作らされる。
 進化というものです。
 基盤はたぶんアルミ製。黒く塗装され、幾何学的模様が刻印されている。線は金色。美しいものではあります。

 まあ、あんまり考えていても仕方がない。就業時間内は仕事、一枚でも数をこなした方がいい。生産、生産。
 人間は一定の時間を自分とは無関係なことがらで満たし生きていくもの。気持ちや体感とは別。人の生を支配しているものは時間ではなく時計なんですね。
 それが近代化。

 美しいものではあるけれど、装飾品ではなく何らかの機能を持った装置ではあるらしい。それは……おっと、終業時間。時間が過ぎたらもう考えない。
 ……いや、時間中も考えないか。
 雑念だけはたっぷりだけどね~はは。
 さ、帰ろ。
「ね~何か食べてかない?」
 隣にいた娘に声をかける。
「ごめん、次の仕事があるのよ、じゃーね」
 働くねぇ。

 お土産に今まで作ってたなんだかわからないものを一枚失敬する。なんの気なしってやつ。欲しかったわけでもないんだけど、ね。

 お、早いな、もうお休みタイムじゃないの。寝るか。枕抱きしめる前に、ふと今日もらってきたものを思い出した。テーブルの上に投げ出してあったのだ。見れば見るほどわからん。
 裏返して見ると文字が刻んであるがこれまた意味不明。魔法の呪文みたいじゃないか。つっかえながら読んでみる。
「召喚に応じて参りましたぞ」
 脇から声がするからシナン飛び上がる。家族とはいっしょに暮らしてはいないから誰かの声がするわけないのだ。
「だだだ……」
「いや、だだだではなく悪魔です」
 あっさりとした自己紹介である。そいつの顔はあっさりしてなかったが。口吻の突き出た巨大な口、鋭い牙がぎっしりと生えている。ひと噛みされたらもうおしまいだろう。爛々と燃える双眼。悪魔というよりドラゴンじゃないか。
 それがベッドの脇にいる。
 心躍るような光景ではないか。
「な、なにしに来た!」
 ホントはもう、このまま失神して天国に行ってしまいそうな心地なんだが、あっさり天国には行かせてくれないだろう。
「あんたの望みを聞きに来たんだよ。召喚具を使ったのはあんたでしょ」
「つまりこれって……」昼間、自分が組み立てていたものは、お話にでてくるような悪魔を呼ぶ道具だったのか。呪具というか。そういうものって工場で大量に作るものなのか。
 悪魔を召喚したいなどと考えてもいなかったんだけどね。
「さあ、あんたの望みは」
 腑に落ちる暇さえあたえず、進めようとするね。さすが効率的に手早くの工場製の呪具だわ。
 いきなり聞かれても困るがな……。
 気分を落ち着かせるために水を一杯……などと言ってはいかんのだろうなぁ。その一杯で願い事はおしまいだ。
「ひとつ確認したいんだけど、願い事はひとつだけ?  この質問は願い事じゃないからな」
「バカモノ。オレがそんなセコい手を使うものか。もちろん願い事はひとつだけだ。大盤振る舞いするわけないだろ。質問はかまわないが一晩中質問に答えるなんて嫌だからな。そこは常識の範囲で願いたい……お願いします」
 悪魔にお願いされちゃった。
「オレも悪魔に会うなんて初めてだから。びっくり興奮ハラハラドキドキなのさ」
「意外と落ち着いてるよ」
「あの工場の偉いヒトって悪魔の仲間なのかい。この召喚具を作ってる工場の」
「ああ……個人情報保護の観点から申し上げるわけには……」もごもご。
 肯定してるようなものだぞ。あいつ、悪魔だったのか!
「それにしてもずいぶんな数だったけど、あんなに悪魔を呼ぶものなの。呼ばれる方も大変だよね。真夜中なんて嫌じゃない?  オレだったらこの時間は嫌だもんね。悪かったね」
「真夜中こそ我らの時間。気にすることはない。もちろん二十四時間対応、いつでもお気軽に。それであんたの望みとは」
 急に言われてもなぁ。
 思いついたことは、あんな工場潰れちまえ、あいつひどい目にあえ……とかね。
 それをこの悪魔に頼んでも大丈夫だろうか。う~む。
 あるいは……隣にいた娘はちょっと可愛かった。やっぱりあの娘と「むふふ」
 だがそれを悪魔に依頼するかね?

 降って湧いたような願望実現の機会。シナンの心は揺れるのです。

 あるいは……世の中の仕組み、文明の成り立ちを破壊するような巨大な願いだったら?  この小悪魔に実行できるだろうか。破壊の先のことなど考えちゃいないが。馬鹿が力持ったらろくなことにはならない、わはは。
 それなら……。
「あ……ちょっと待って。その召喚具、駄目かも」
 悪魔はそれを手に取り、裏面に機械を当てる。(その機械どこから出した?)ぴ。裏の模様はバーコードだったのか。
「これは正規に手に入れたものではないな。大方どこかから盗んで来たものだな」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
 会社でもらってきたものだ。
「黙って持ってきたら、鉛筆だろうが紙切れ一枚だろうが、それは窃盗になる」
 そ、そりゃ、そうだろうけどさ……。
「少額の損害だから、あえて問題にしないだけだ。別にあんたを責めちゃいない。ただこれは使えないということ。ネットでも簡単に手にはいるからそちらを使ってほしい」
「ああ……」
「オレが現れたことで、いい加減な品ではないことは証明されただろう。連絡を待ってます」
 悪魔の撤収も早かった。

 本当に願いがかなうのか?  わずかな金額で……あ、これ、いくらだ?
 なにを願う?
 隣のあの娘も可愛かったけど……生活安全局のスズナさん。毎日エアモ(空飛ぶパトロールカー)で市の上空を飛び回っている。公務員なんだが最高に美しく可愛らしい。エロい。
 市民の安全を守るんだか、市民を安全にするんだか、その業務はビミョーなのだが、そんなことはどうでもいいや。
 ああ……スズナさ~ん。
 あの空飛ぶ天使を地上に引き下ろし……なんてね。そんなこと。
「しねーよ」シナンはつぶやくのでした。召喚具を手に取り、力を込めて……「いて」
 意外に丈夫にできてる。少し曲がっただけ。怪我をしたところに絆創膏をはって、シナンは寝ることにしたのです。
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