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第一章
奇縁(二)
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こうなったらなるようになれだ。さっさと事を済ませて帰ってもらおう。
私が歩き出そうとすると、
「まって!」
と呼びかける声に止められる。振り返ってみれば、さも動けませんと言わんばかりに遊具に寄りかかっていた。
「……なに?」
「お腹空きすぎて動けなくて。おぶって欲しいでーす」
「………」
何から何まで……はた迷惑な女め。さっきの元気はどうした。
このまま置いていってやろうかとも思ったが、またしがみつかれても面倒だ。
仕方なく迷惑女の前で屈むと、勢いよく背中におぶさってきた。助けてもらう立場なのに色々と雑なヤツ。
よっこいせと立ち上がる。思ったよりも重さは感じない。それなりの身長はあるのに、そうとは感じさせなかった。
それはともかく、ゆっくりと歩き出す。
さっさと運んでしまいたい所だが、脚が少しずつしか前に出ない。そういえばトレーニング後だということを忘れていた。
迷惑女の重さ自体は大したことないが、いざ歩こうとするとその体重の分まで脚に負担がかかる。慣れないランニングの後だと少しばかり堪えた。
「なんか汗臭い」
背中の迷惑女がデリカシーのないことを呟いた。事実だから気分は害していないが、一般常識に照らしてどうなんだろうとは思う。
「ジャージだけど、もしかして運動してた?」
「……まあ」
「大丈夫そ?」
「そんなヤワな鍛え方してない」
「そーなんだ」
「…………」
そーなんだ、で会話は終わる。話を振ったくせに広げる気はないらしい。
「あなたって高校生?」
「そうだけど」
「へー。わたしも」
「…………」
「ねえねえ」
「………なに」
「割ときれいなカオしてるね」
「……うるさいな、いちいち」
「えー。せっかく褒めてるのに」
といった具合で、益体のない散発的な会話が延々と繰り返された。時折琴線に触れたと思しき話題を少しふくらませる程度で、ろくに弾むことはなかった。
話し下手というよりは、一瞬で関心を喪っているという印象を受ける。色々読めないが、人と話すのはあまり好きじゃないからありがたいような、けれど鬱陶しいような。……いや、やっぱり鬱陶しいな。
そうこうしている内に、自宅へとたどり着く。
一言で言うなら何処にでもありそうな二階建てのアパート。最低限住居としての機能は備わっているというような、シンプルな直方体だ。年季はそれなりといった感じで、壁の白いペンキが剥がれていたり、若干黄ばんでたりする。それ以外に特徴らしい特徴はない。
「ほら、着いたぞ」
「え、着いたぞって……」
何やら驚いているようだが、無視して階段を上る。私の部屋は202号室だ。
「てっきりコンビニとかでご飯買ってくれるもんだと思ってたんだけど」
迷惑な女の抗議が聞こえた。
「そんな贅沢できないし。悪いけど、私の作ったヤツ食べてもらうから」
「美味しい?」
「口に合うかは知らない」
コンビニは便利だがその分値段が張る。そこそこの量を食べたいのなら自炊が一番安価だ。
ともあれ、想定外の事態で予定より大分帰るのが遅れてしまったけど、ようやく自分の家へたどり着いた。
「もういいでしょ」
「うん、ありがと」
迷惑女を下ろして、鍵を開けてから中へと入る。
部屋はアパートの外観通りというべき内装だ。小さな玄関があって、すぐ左手にはキッチンが。そしてその少し先を左手に、七畳ばかりのワンルームがある。
畳が敷き詰められた古ぼけた空間。オンボロというほどではないが、安い家賃に見合った部屋だった。
まず、いの一番に流しへ。手早く手を洗ってから、すぐに冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、コップに入れないままラッパ飲みする。
すっかり干上がってしまった喉に、勢いよく流し込まれる冷たい水。ほどよい甘さが疲れた身体を癒やしてくれる。
「ふー……」
よし、多少は生き返った。
それから、予めシェイカーに入れて冷やしておいたプロテインもまた一息に飲み干す。普段ならきつかっただろうけど、今日は色々と疲れていたから難なく飲めた。
よし、運動後の栄養補給完了。
さて。ご飯は既に作ってある。作り置きのカレーがあって、ご飯も既に炊いてある。後は皿によそうだけだ。
カレーを食卓に運ぼうとした所で、玄関にいたハズの迷惑女が消えていることに気づいた。
「勝手なことするなよな……」
急ぎ足で七畳のスペースへ行くと、なんと勝手に広げた布団の上に思いっきり寝そべっていた。
不幸中の幸いだったのは仰向けだったことで、背面は砂で汚れていなかったからそれなりの被害で抑えられていたことだ。流石にそこまでは配慮しているのか、それとも偶々そういう気分なのか。
何にせよ非常識であることに変わりはない。私も自分が空気の読める人間だとは思っていないが、コレに比べれば随分まともに見える。
叱りはしない。会って三十分も経たずして、この迷惑女のやらかすことを一々咎めていたらキリがないことを悟っていた。
「ほら、ご飯」
部屋の中央に置かれたミニテーブルに、皿を二つ並べる。
「わ、簡素」
馬鹿にしているのか。というよりは、驚いているのか。どちらなのか、私には判別がつかない。
まあ、事実といえば事実だった。なんせ、昨日の残りのカレーをそのままよそっただけだ。サラダもスープも、福神漬けすらありはしない。
「文句あるならお前にはやらない」
「ううん。美味しそうだよ」
「そりゃどうも」
本当に読めない。私の神経を逆なでしたいのか、それとも懐柔したいのか。もしかしたら、天然というやつなのかもしれない。
私が歩き出そうとすると、
「まって!」
と呼びかける声に止められる。振り返ってみれば、さも動けませんと言わんばかりに遊具に寄りかかっていた。
「……なに?」
「お腹空きすぎて動けなくて。おぶって欲しいでーす」
「………」
何から何まで……はた迷惑な女め。さっきの元気はどうした。
このまま置いていってやろうかとも思ったが、またしがみつかれても面倒だ。
仕方なく迷惑女の前で屈むと、勢いよく背中におぶさってきた。助けてもらう立場なのに色々と雑なヤツ。
よっこいせと立ち上がる。思ったよりも重さは感じない。それなりの身長はあるのに、そうとは感じさせなかった。
それはともかく、ゆっくりと歩き出す。
さっさと運んでしまいたい所だが、脚が少しずつしか前に出ない。そういえばトレーニング後だということを忘れていた。
迷惑女の重さ自体は大したことないが、いざ歩こうとするとその体重の分まで脚に負担がかかる。慣れないランニングの後だと少しばかり堪えた。
「なんか汗臭い」
背中の迷惑女がデリカシーのないことを呟いた。事実だから気分は害していないが、一般常識に照らしてどうなんだろうとは思う。
「ジャージだけど、もしかして運動してた?」
「……まあ」
「大丈夫そ?」
「そんなヤワな鍛え方してない」
「そーなんだ」
「…………」
そーなんだ、で会話は終わる。話を振ったくせに広げる気はないらしい。
「あなたって高校生?」
「そうだけど」
「へー。わたしも」
「…………」
「ねえねえ」
「………なに」
「割ときれいなカオしてるね」
「……うるさいな、いちいち」
「えー。せっかく褒めてるのに」
といった具合で、益体のない散発的な会話が延々と繰り返された。時折琴線に触れたと思しき話題を少しふくらませる程度で、ろくに弾むことはなかった。
話し下手というよりは、一瞬で関心を喪っているという印象を受ける。色々読めないが、人と話すのはあまり好きじゃないからありがたいような、けれど鬱陶しいような。……いや、やっぱり鬱陶しいな。
そうこうしている内に、自宅へとたどり着く。
一言で言うなら何処にでもありそうな二階建てのアパート。最低限住居としての機能は備わっているというような、シンプルな直方体だ。年季はそれなりといった感じで、壁の白いペンキが剥がれていたり、若干黄ばんでたりする。それ以外に特徴らしい特徴はない。
「ほら、着いたぞ」
「え、着いたぞって……」
何やら驚いているようだが、無視して階段を上る。私の部屋は202号室だ。
「てっきりコンビニとかでご飯買ってくれるもんだと思ってたんだけど」
迷惑な女の抗議が聞こえた。
「そんな贅沢できないし。悪いけど、私の作ったヤツ食べてもらうから」
「美味しい?」
「口に合うかは知らない」
コンビニは便利だがその分値段が張る。そこそこの量を食べたいのなら自炊が一番安価だ。
ともあれ、想定外の事態で予定より大分帰るのが遅れてしまったけど、ようやく自分の家へたどり着いた。
「もういいでしょ」
「うん、ありがと」
迷惑女を下ろして、鍵を開けてから中へと入る。
部屋はアパートの外観通りというべき内装だ。小さな玄関があって、すぐ左手にはキッチンが。そしてその少し先を左手に、七畳ばかりのワンルームがある。
畳が敷き詰められた古ぼけた空間。オンボロというほどではないが、安い家賃に見合った部屋だった。
まず、いの一番に流しへ。手早く手を洗ってから、すぐに冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、コップに入れないままラッパ飲みする。
すっかり干上がってしまった喉に、勢いよく流し込まれる冷たい水。ほどよい甘さが疲れた身体を癒やしてくれる。
「ふー……」
よし、多少は生き返った。
それから、予めシェイカーに入れて冷やしておいたプロテインもまた一息に飲み干す。普段ならきつかっただろうけど、今日は色々と疲れていたから難なく飲めた。
よし、運動後の栄養補給完了。
さて。ご飯は既に作ってある。作り置きのカレーがあって、ご飯も既に炊いてある。後は皿によそうだけだ。
カレーを食卓に運ぼうとした所で、玄関にいたハズの迷惑女が消えていることに気づいた。
「勝手なことするなよな……」
急ぎ足で七畳のスペースへ行くと、なんと勝手に広げた布団の上に思いっきり寝そべっていた。
不幸中の幸いだったのは仰向けだったことで、背面は砂で汚れていなかったからそれなりの被害で抑えられていたことだ。流石にそこまでは配慮しているのか、それとも偶々そういう気分なのか。
何にせよ非常識であることに変わりはない。私も自分が空気の読める人間だとは思っていないが、コレに比べれば随分まともに見える。
叱りはしない。会って三十分も経たずして、この迷惑女のやらかすことを一々咎めていたらキリがないことを悟っていた。
「ほら、ご飯」
部屋の中央に置かれたミニテーブルに、皿を二つ並べる。
「わ、簡素」
馬鹿にしているのか。というよりは、驚いているのか。どちらなのか、私には判別がつかない。
まあ、事実といえば事実だった。なんせ、昨日の残りのカレーをそのままよそっただけだ。サラダもスープも、福神漬けすらありはしない。
「文句あるならお前にはやらない」
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