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第一章
気に入らないのに、綺麗(一)
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いまいち学校という空間が好きになれなかった。
7×9メートル四方の教室に、四十名の生徒が押し込められる。そして規定された制服を着用し、校則と生徒間の暗黙の了解に縛られ、先生というに社会的に上位の存在に傅いて、揃いも揃って朝から晩までバカみたいに勉強に励むのである。これだけでも窮屈で仕方がない。
その学生の本分である勉強も、目的と手段が倒錯していて見るに堪えない。
中学を卒業し、県立黒浪高等学校に入学しても、その在り方は何ら変わらなかった。
高校は中学と違って義務教育じゃない。ならば————なんてほんの少しでも期待したボクがアホだった。
入学してからたった数日でそんな印象を抱かせるようじゃ、先のことを考えるだけでやるせなくなる。
そして追い打ちをかけるように、今は六限目の日本史なのだった。
教室の前で、先生が縄文時代のあれこれを話している。内容が中学の焼き直しであることをありありと伺わせ、モチベーションを根っこから削いでくれた。
おかげさまで、先生のありがたいお話は雀のさえずりにしか聞こえなくなった。
特にやることはないし、別に眠いわけでもない。ので、またつらつらと考え事をする。
流石に塩原翔とは同じクラスではなかった。同学年とはいえ別クラスで、しかも入学したてと来たら、顔すら分からないのも無理はない。
黒浪高校は県内でもそれなりの進学校で、相応に人口密度が高い。一クラス辺り四十人で十クラス近くあるため、話でもしない限り記憶に留めるほうが難しいのだ。
まあ、別だろうと同じだろうと、学校生活が大して変わるわけでもないんだけど。
さて、放課後どうしよう。
鍵はボクが預かっている。早く帰ってやるのが筋だけど、ただ待ってるのもつまんないし。
かといって、やるべきことはもちろん、何かやりたいことがあるわけでもない。駅前に行けば暇は潰せるだろうけど、そもそもお金がない。
暇を持て余して机の中をまさぐっていると、先週のホームルームで配られた紙が一枚出てきた。
「部活動見学……」
どうも今日から部活動の見学が出来るらしい。
なになに……サッカー、野球、テニス、卓球、バスケ、バレー……アーチェリーとかフェンシングもある。文化部ももちろんあるし、同好会もいくつかあるっぽい。
黒浪高校は部活に力を入れている学校でもある。文武両道を売りにしてる校風で、その前評判通りっぽい。ボクがこの高校に入学を決めたのも、そういう側面があったからだった。
自分の好きなことを見つけたい。それにあらん限りの熱量を注ぎ込みたい。それが今のボクの目標だった。
せっかくだし、放課後は部活巡りをしてみよう。手当たり次第に見ていけば、一個くらいピンと来るやつに出くわすだろう。
どこから行こうかと部活一覧を眺めていると、ずらっと並ぶ部活動名の中に一つ目に付く名前があった。
水泳部。
塩原翔も入るのかな。入るんだろうな、人の泳ぐ姿をあんなにも熱心に見ていたんだから。
……だったら、別に多少帰りが遅くても問題ないんじゃない?塩原翔は部活でそんな早くには帰ってこないだろうし。
「今日の授業は終わりです。お疲れ様でした」
意味を成さない曖昧な音をしていた先生の声が、唐突にクリアになる。同時にチャイムも鳴って、今日の授業の終わりを知らせる。
高校生たるもの、真面目に予習復習を————などという先生の上っ面の言葉が大半を占めたホームルームも終わり、放課後の時間が訪れた。
教室にいる同級生は、一様に晴れやかな顔をしていた。皆が皆楽しそうしているというわけではないが、鬱屈した時間と空間からの一時的な解放という快楽は、全員が噛み締めているところだろう。
かくいうボクもその一人。楽しいというよりは、マイナス方向に落ちていたメンタルが、プラマイゼロに戻って感じではあるんだけど。
「あーちょん~」
どこかから声がしたかと思えば、見知った女生徒がこちらに向かってくる。
「たつみちゃん」
名前を曽我達美。染めた明るい茶髪とそばかすが特徴的な女の子。ふわふわした髪とか緩い表情筋とか、とにかくのほほんとしている雰囲気の子だった。
入学式の日に早速仲良くなって以来、学校では二人で一緒に居ることが多かった。
「名前で呼ぶのやめてよ~」
「なんで?」
「だって可愛くないし。なんか男勝りの女みたいでさー」
「そう?美の達人なんでしょ?最強じゃん」
「ん。そー言われると……んでもなぁ~」
納得いかないのか、うんうんと身体を左右に揺らして悩むたつみちゃん。それが、あ、と上がる声と共にピタリと止まる。
「そーじゃなくて。放課後どーする?」
机の中の教科書類をカバンに仕舞うと、椅子から立ち上がりながら肩にかける。
「部活見てみようかなって思うんだけど」
「入んのー?」
「見るだけ見てみようかなって。そっちはどうする?」
「んー。あーちょんが行くなら行こっかなぁ」
ちなみにあーちょん、というのはどうもボクのことらしい。初対面の時に自分の名前を伝えたら、じゃああーちょんだねって言われてからコレだ。
響きがヘンテコで可愛いから、実はちょっと気に入ってたりする。
「そっか。じゃ行こうよ」
ほーい、と間延びした同意の声。
というわけで、今週を掛けて部活巡りをすることにした。
7×9メートル四方の教室に、四十名の生徒が押し込められる。そして規定された制服を着用し、校則と生徒間の暗黙の了解に縛られ、先生というに社会的に上位の存在に傅いて、揃いも揃って朝から晩までバカみたいに勉強に励むのである。これだけでも窮屈で仕方がない。
その学生の本分である勉強も、目的と手段が倒錯していて見るに堪えない。
中学を卒業し、県立黒浪高等学校に入学しても、その在り方は何ら変わらなかった。
高校は中学と違って義務教育じゃない。ならば————なんてほんの少しでも期待したボクがアホだった。
入学してからたった数日でそんな印象を抱かせるようじゃ、先のことを考えるだけでやるせなくなる。
そして追い打ちをかけるように、今は六限目の日本史なのだった。
教室の前で、先生が縄文時代のあれこれを話している。内容が中学の焼き直しであることをありありと伺わせ、モチベーションを根っこから削いでくれた。
おかげさまで、先生のありがたいお話は雀のさえずりにしか聞こえなくなった。
特にやることはないし、別に眠いわけでもない。ので、またつらつらと考え事をする。
流石に塩原翔とは同じクラスではなかった。同学年とはいえ別クラスで、しかも入学したてと来たら、顔すら分からないのも無理はない。
黒浪高校は県内でもそれなりの進学校で、相応に人口密度が高い。一クラス辺り四十人で十クラス近くあるため、話でもしない限り記憶に留めるほうが難しいのだ。
まあ、別だろうと同じだろうと、学校生活が大して変わるわけでもないんだけど。
さて、放課後どうしよう。
鍵はボクが預かっている。早く帰ってやるのが筋だけど、ただ待ってるのもつまんないし。
かといって、やるべきことはもちろん、何かやりたいことがあるわけでもない。駅前に行けば暇は潰せるだろうけど、そもそもお金がない。
暇を持て余して机の中をまさぐっていると、先週のホームルームで配られた紙が一枚出てきた。
「部活動見学……」
どうも今日から部活動の見学が出来るらしい。
なになに……サッカー、野球、テニス、卓球、バスケ、バレー……アーチェリーとかフェンシングもある。文化部ももちろんあるし、同好会もいくつかあるっぽい。
黒浪高校は部活に力を入れている学校でもある。文武両道を売りにしてる校風で、その前評判通りっぽい。ボクがこの高校に入学を決めたのも、そういう側面があったからだった。
自分の好きなことを見つけたい。それにあらん限りの熱量を注ぎ込みたい。それが今のボクの目標だった。
せっかくだし、放課後は部活巡りをしてみよう。手当たり次第に見ていけば、一個くらいピンと来るやつに出くわすだろう。
どこから行こうかと部活一覧を眺めていると、ずらっと並ぶ部活動名の中に一つ目に付く名前があった。
水泳部。
塩原翔も入るのかな。入るんだろうな、人の泳ぐ姿をあんなにも熱心に見ていたんだから。
……だったら、別に多少帰りが遅くても問題ないんじゃない?塩原翔は部活でそんな早くには帰ってこないだろうし。
「今日の授業は終わりです。お疲れ様でした」
意味を成さない曖昧な音をしていた先生の声が、唐突にクリアになる。同時にチャイムも鳴って、今日の授業の終わりを知らせる。
高校生たるもの、真面目に予習復習を————などという先生の上っ面の言葉が大半を占めたホームルームも終わり、放課後の時間が訪れた。
教室にいる同級生は、一様に晴れやかな顔をしていた。皆が皆楽しそうしているというわけではないが、鬱屈した時間と空間からの一時的な解放という快楽は、全員が噛み締めているところだろう。
かくいうボクもその一人。楽しいというよりは、マイナス方向に落ちていたメンタルが、プラマイゼロに戻って感じではあるんだけど。
「あーちょん~」
どこかから声がしたかと思えば、見知った女生徒がこちらに向かってくる。
「たつみちゃん」
名前を曽我達美。染めた明るい茶髪とそばかすが特徴的な女の子。ふわふわした髪とか緩い表情筋とか、とにかくのほほんとしている雰囲気の子だった。
入学式の日に早速仲良くなって以来、学校では二人で一緒に居ることが多かった。
「名前で呼ぶのやめてよ~」
「なんで?」
「だって可愛くないし。なんか男勝りの女みたいでさー」
「そう?美の達人なんでしょ?最強じゃん」
「ん。そー言われると……んでもなぁ~」
納得いかないのか、うんうんと身体を左右に揺らして悩むたつみちゃん。それが、あ、と上がる声と共にピタリと止まる。
「そーじゃなくて。放課後どーする?」
机の中の教科書類をカバンに仕舞うと、椅子から立ち上がりながら肩にかける。
「部活見てみようかなって思うんだけど」
「入んのー?」
「見るだけ見てみようかなって。そっちはどうする?」
「んー。あーちょんが行くなら行こっかなぁ」
ちなみにあーちょん、というのはどうもボクのことらしい。初対面の時に自分の名前を伝えたら、じゃああーちょんだねって言われてからコレだ。
響きがヘンテコで可愛いから、実はちょっと気に入ってたりする。
「そっか。じゃ行こうよ」
ほーい、と間延びした同意の声。
というわけで、今週を掛けて部活巡りをすることにした。
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