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第一章
気に入らないのに、綺麗(三)
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黒浪高校の敷地は広い。その広さと施設の多さは、大学のキャンパスと見紛う。
広大なグラウンドはもちろん、テニスコートや野球場が別にあったりとか、二つの体育館とは別に同じくらいの大きさの武道場があったりと、その力の入れ具合は文武両道の校風に疑いを挟む余地はない。
部活をやる立場からしたら良い環境なのかもしれない。けど、それに振り回される身にもなって欲しいと思う。
教室棟を南側へ出るとグラウンドがあって、その境界線のように正門通りがある。そこから道なりに東に行けば正門、西に行けば雑木林だ。
雑木林に入ると、運動部の喧騒も木々の揺れる音に紛れて殆ど聞こえなくなる。道はレンガで舗装されてはいるが、落ち葉や土に塗れてあまり整備されていないことを伺わせる。
人気もほとんど無かった。こっちには一部の文化部関係の建物と水泳部くらいしかないから当然とも言えた。
「にしても、なーんで水泳部だけ最後に残したのー?」
一緒に来ていたたつみちゃんが尋ねた。
「まあ、なんとなく」
「ふぅん。……あ、泳ぐの苦手とか?」
「人並みに出来るとは思うけど。てか、そういうたつみちゃんはどうなの?いい部活見つかった?」
「んにゃ。ぜんぜーん」
フルフルと横に首を振った。
まあ、そんなもんだよなとぼんやり思う。
だいたい十分くらい歩いている内に、目的地のプールが見えてきた————って。
「室内だったんだ……」
森の中にひっそりと佇む現代的な建造物。一見なんの建物か分からないが、一面がガラス張りになっている面があり、そこから室内にプールがあるのが見えた。
てっきり屋外かと思っていた。学校のプールといえば吹きさらしのやつが当たり前だと思う。この学校、一体どこからそんな金が出てくるんだろう。
玄関っぽい所から中に入ると、ちょっとしたエントランスがあった。
奥には廊下と、エントランスと地続きの細長いスペースの二手に分かれている。地続きのスペースの方は、ガラス窓からプールを観覧することができ、背の低い長椅子が簡素に並べられている。そこに何人かの人が座っているのが見えた。
「あ」
その内の一人と、バッチリ目線が合う。
それほど長くない黒髪をポニーテールで纏めた、フレッシュな感じの女生徒。黒を基調に白と赤のラインが入ったジャージを上下に着用している。
なんとなくだけど、多分水泳部の先輩だと直感した。
「こんにちは、見学かな」
その人は小走りでこちらに来て、そう確認を取った。
「はい。よろしくお願いします」
たつみちゃんと一緒に軽くお辞儀する。
「早速なんですけど、水泳部って強豪なんですか?」
部活のパンフレットにそのような紹介があった。活動実績の項目を見てみると、インターハイでも結果を出しているらしい。
「うん、そうだよ。……ああ、でも安心して。初心者も大歓迎だからね」
「みんな強いんですか?」
「速い人は多いけど、皆が皆ってわけじゃないよ。中には高校から始めた子もいるしね」
「なるほど」
まあ、それはそうか。じゃあ問題はやっぱり、塩原翔がどっち側かってことになる。
「あ、名前まだだったね。水泳部主将、三年の氷室硝です」
ぺこりと軽く頭を下げる氷室さん。結んだ髪が尻尾のように揺れた。
ボクとたつみちゃんも、もう一度頭を下げて自己紹介をした。
「水谷です」
「そがです~」
「よろしくね。それじゃこっちに来て」
氷室さんに連れられて、先に居た人たちの隣に座らされる。
既にいた人はボクたちと同じく一年生、見学組のようだ。女子が二人と男子が三人。一人を除いて、緊張した面持ちでプールの様子を見ている。
「うわー、なんかなついなぁ。スイミングクラブみたい」
小さな声でたつみちゃんが呟いた。
「たつみちゃん、やってたの?」
「小学校の頃にねー。親にやらされて、一年だけ」
「あー。実はボクも」
「マジか~。子どもに水泳させんの、テンプレなんかなー」
かもね、と相槌を打ちながら、プールに目を向ける。
二十五メートルのプール。それが六つに分割されている。
そこに一コース辺り四人の人が、白い飛沫を上げながら泳いでいる。バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールと、様々な種目を容易く泳いでみせる。
「うひゃあ、授業とはぜんぜん違うなぁ」
「……うん」
明らかにスピードが違う。ここから見ているだけでも圧倒的な迫力が伝わってきた。彼らと比べれば、素人のボクたちの泳ぎは水遊びに過ぎないのだと、そう思わされる。
それでも、ボクには滑稽に見えた。
単純な動作の繰り返し。それを二十五メートル、行っては来てを何度も何度も。それも陸よりはるかに行動を制限される水の中で。一体何が楽しくてそんな事をするんだろう。
広大なグラウンドはもちろん、テニスコートや野球場が別にあったりとか、二つの体育館とは別に同じくらいの大きさの武道場があったりと、その力の入れ具合は文武両道の校風に疑いを挟む余地はない。
部活をやる立場からしたら良い環境なのかもしれない。けど、それに振り回される身にもなって欲しいと思う。
教室棟を南側へ出るとグラウンドがあって、その境界線のように正門通りがある。そこから道なりに東に行けば正門、西に行けば雑木林だ。
雑木林に入ると、運動部の喧騒も木々の揺れる音に紛れて殆ど聞こえなくなる。道はレンガで舗装されてはいるが、落ち葉や土に塗れてあまり整備されていないことを伺わせる。
人気もほとんど無かった。こっちには一部の文化部関係の建物と水泳部くらいしかないから当然とも言えた。
「にしても、なーんで水泳部だけ最後に残したのー?」
一緒に来ていたたつみちゃんが尋ねた。
「まあ、なんとなく」
「ふぅん。……あ、泳ぐの苦手とか?」
「人並みに出来るとは思うけど。てか、そういうたつみちゃんはどうなの?いい部活見つかった?」
「んにゃ。ぜんぜーん」
フルフルと横に首を振った。
まあ、そんなもんだよなとぼんやり思う。
だいたい十分くらい歩いている内に、目的地のプールが見えてきた————って。
「室内だったんだ……」
森の中にひっそりと佇む現代的な建造物。一見なんの建物か分からないが、一面がガラス張りになっている面があり、そこから室内にプールがあるのが見えた。
てっきり屋外かと思っていた。学校のプールといえば吹きさらしのやつが当たり前だと思う。この学校、一体どこからそんな金が出てくるんだろう。
玄関っぽい所から中に入ると、ちょっとしたエントランスがあった。
奥には廊下と、エントランスと地続きの細長いスペースの二手に分かれている。地続きのスペースの方は、ガラス窓からプールを観覧することができ、背の低い長椅子が簡素に並べられている。そこに何人かの人が座っているのが見えた。
「あ」
その内の一人と、バッチリ目線が合う。
それほど長くない黒髪をポニーテールで纏めた、フレッシュな感じの女生徒。黒を基調に白と赤のラインが入ったジャージを上下に着用している。
なんとなくだけど、多分水泳部の先輩だと直感した。
「こんにちは、見学かな」
その人は小走りでこちらに来て、そう確認を取った。
「はい。よろしくお願いします」
たつみちゃんと一緒に軽くお辞儀する。
「早速なんですけど、水泳部って強豪なんですか?」
部活のパンフレットにそのような紹介があった。活動実績の項目を見てみると、インターハイでも結果を出しているらしい。
「うん、そうだよ。……ああ、でも安心して。初心者も大歓迎だからね」
「みんな強いんですか?」
「速い人は多いけど、皆が皆ってわけじゃないよ。中には高校から始めた子もいるしね」
「なるほど」
まあ、それはそうか。じゃあ問題はやっぱり、塩原翔がどっち側かってことになる。
「あ、名前まだだったね。水泳部主将、三年の氷室硝です」
ぺこりと軽く頭を下げる氷室さん。結んだ髪が尻尾のように揺れた。
ボクとたつみちゃんも、もう一度頭を下げて自己紹介をした。
「水谷です」
「そがです~」
「よろしくね。それじゃこっちに来て」
氷室さんに連れられて、先に居た人たちの隣に座らされる。
既にいた人はボクたちと同じく一年生、見学組のようだ。女子が二人と男子が三人。一人を除いて、緊張した面持ちでプールの様子を見ている。
「うわー、なんかなついなぁ。スイミングクラブみたい」
小さな声でたつみちゃんが呟いた。
「たつみちゃん、やってたの?」
「小学校の頃にねー。親にやらされて、一年だけ」
「あー。実はボクも」
「マジか~。子どもに水泳させんの、テンプレなんかなー」
かもね、と相槌を打ちながら、プールに目を向ける。
二十五メートルのプール。それが六つに分割されている。
そこに一コース辺り四人の人が、白い飛沫を上げながら泳いでいる。バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールと、様々な種目を容易く泳いでみせる。
「うひゃあ、授業とはぜんぜん違うなぁ」
「……うん」
明らかにスピードが違う。ここから見ているだけでも圧倒的な迫力が伝わってきた。彼らと比べれば、素人のボクたちの泳ぎは水遊びに過ぎないのだと、そう思わされる。
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