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第二章
不可解(二)
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「でもさ。なんか意外だったよ」
宙を見上げて、主将が嘯く。
「なにが、です?」
「いや、塩原さんってこういうことするイメージが無かったから」
こういうこと……って言うと。
「人付き合いの悪いヤツということですか?」
「ああ、えっと……そこまで言うつもりはないけど。ほら、自分の時間を大事にしてる感じ……というか、ストイックだからさ」
「む……」
実は主将と話すのはほとんど初めてなのだが、割と自分のことを言い当てられていた。……ストイックというのは言い過ぎだけれど。
やっぱり立場上、色々と目を配っていたりするのだろうか。私のことなんか気に留めていないと思っていたのに。
「やっぱり天音ちゃんとは友達なの?」
「は?」
急にとんでもないことを言われて、つい声を上げてしまった。しまった、と顔を背ける。
……にしても、アイツと私が友達?
あり得るハズがない。なんだってそんな話になるんだ。
アイツと出会ってまだ二週間程度なのに、家では喧嘩が絶えない。何かにつけ突っかかってくる。そんなやつを、どう間違ったら友だちなどと呼べるのか。
友達というのは、もっとこう————
「っ……………」
唐突に軋むような頭痛が私を襲った。
意識的に思考を逸らそうと、波打つ水面をじっと見つめた。それから、ゆっくりと息を吐く。
「アレとは……ただの顔見知りです」
ヤツとの関係性を言い表すのに、それが一番妥当な表現だった。敢えて言うなら同居人だが、聞かれても居ないのに敢えて言う必要もない。
「うーん、そっか」
そう言って、主将はプールの方に視線を戻す。
どうも、イマイチ納得いっていない様子。ちょっと面倒なことになりそうな予感がした。自分のプライベートについて聞かれるのは、あまり好きじゃない————などと思っていたら。
「じゃあ優しいんだね」
なんて見当違いなことを言い出した。
「なんでそうなるんですか……」
今度はまた別の意味で頭が痛くなりそうだった。
「だって、ただの顔見知りなのに、天音ちゃんのために時間を割いてるんだからさ」
「……………」
それを言われると弱い。というか、その辺りについてはあまり深く考えたくない。考えれば考えるほど、腹立たしい結論が導き出されそうだからだ。
「気まぐれですよ、こんなのは」
「頑なだなぁ」
たはは、と主将は苦笑い。
「おーい、しょー」
そして、新たな来訪者がまた一人。一瞬私が呼ばれたのかと思ったが、すぐに主将のことだと気づく。
「リン」
「はよ帰ろうぜぃ」
鈴岡さんが主将の胸に飛び込む。そして、わ、と声を上げつつ、それをキャッチする主将。端的に言えばハグだった。
「ていうかよくやるねぇ、君の相方」
ぎゅーっと主将を抱きしめながら、こちらに話しかけるリンさん。ちなみに主将は、後輩の前でやめてよもう……と弱々しい声で抗議をしている。
ていうか。
「相方ってなんですか」
誰が、誰の。
「そんなの天音ちゃんに決まってるじゃん」
臆面もなく、さらっと言われてしまった。
どうしてこう、第三者からは私たちが仲良さげに見えるのだろうか。そろそろ目眩がしてきそうだった。
「だから……アイツとはただの知り合いですから」
「えー。流石に知り合いなんて安っぽい関係ではないデショ。部でも噂になってんよー。天音ちゃん、花音ちゃん、そして君が三角関係なんじゃってね」
「なんですかそれ……」
もはや腹立たしさを通り越して呆れが勝る。
先週の土曜日の一幕を見てそう言っているのだろうが、どう曲解したらそんな荒唐無稽な結論に行き着くのか。
「高校生だからねぇ。なんでもないことでも色恋に結びつけて、キャッキャしたいお年頃なのだよ」
「あー。なんかごめんね。わたしも注意してるんだけどねぇ」
苦笑いしながらも、主将が謝罪してくれる。
「別に……いいです。どこで誰が何してようが。実害さえ出なければ、私には関係ないので」
「そう?それならいいけど。でも、もし何かあったら言ってね。こんなのでも主将だからさ」
掛けてくれた声色は優しいものだった。昼下がりの、春の木漏れ日を思わせるような。
別に求めてはいなかったけれど、無下にするのも躊躇われた。
「ありがとうございます」
「うん。それじゃ、わたしたちはこのへんで。天音ちゃんにもよろしく伝えておいて」
「そいじゃねぃ」
仲良く手を繋いで帰る二人。
その後ろ姿を見ていると、なんでか古いアルバムを見ている気分になった。
なんでだろう。
漠然と、けれど答えを確信している問い。いつまでもピントが合わないカメラの壊れたレンズのように、疑問になっていない疑問を、頭の中にずっと留めている。
「……バカらしい」
どうでもいいことを考えたって、どうでもいい答えしか出て来ない。
昔からあれこれと複雑なことを考えるのが苦手だった。下手な考えがどうのというが、自分でいい結論を出せた試しがない。
そんなことをしているくらいなら、泳いでいればいい。水泳のことだけを考えていればいい。
今の私には、それしかない。
いや、それしか必要ないのだから。
宙を見上げて、主将が嘯く。
「なにが、です?」
「いや、塩原さんってこういうことするイメージが無かったから」
こういうこと……って言うと。
「人付き合いの悪いヤツということですか?」
「ああ、えっと……そこまで言うつもりはないけど。ほら、自分の時間を大事にしてる感じ……というか、ストイックだからさ」
「む……」
実は主将と話すのはほとんど初めてなのだが、割と自分のことを言い当てられていた。……ストイックというのは言い過ぎだけれど。
やっぱり立場上、色々と目を配っていたりするのだろうか。私のことなんか気に留めていないと思っていたのに。
「やっぱり天音ちゃんとは友達なの?」
「は?」
急にとんでもないことを言われて、つい声を上げてしまった。しまった、と顔を背ける。
……にしても、アイツと私が友達?
あり得るハズがない。なんだってそんな話になるんだ。
アイツと出会ってまだ二週間程度なのに、家では喧嘩が絶えない。何かにつけ突っかかってくる。そんなやつを、どう間違ったら友だちなどと呼べるのか。
友達というのは、もっとこう————
「っ……………」
唐突に軋むような頭痛が私を襲った。
意識的に思考を逸らそうと、波打つ水面をじっと見つめた。それから、ゆっくりと息を吐く。
「アレとは……ただの顔見知りです」
ヤツとの関係性を言い表すのに、それが一番妥当な表現だった。敢えて言うなら同居人だが、聞かれても居ないのに敢えて言う必要もない。
「うーん、そっか」
そう言って、主将はプールの方に視線を戻す。
どうも、イマイチ納得いっていない様子。ちょっと面倒なことになりそうな予感がした。自分のプライベートについて聞かれるのは、あまり好きじゃない————などと思っていたら。
「じゃあ優しいんだね」
なんて見当違いなことを言い出した。
「なんでそうなるんですか……」
今度はまた別の意味で頭が痛くなりそうだった。
「だって、ただの顔見知りなのに、天音ちゃんのために時間を割いてるんだからさ」
「……………」
それを言われると弱い。というか、その辺りについてはあまり深く考えたくない。考えれば考えるほど、腹立たしい結論が導き出されそうだからだ。
「気まぐれですよ、こんなのは」
「頑なだなぁ」
たはは、と主将は苦笑い。
「おーい、しょー」
そして、新たな来訪者がまた一人。一瞬私が呼ばれたのかと思ったが、すぐに主将のことだと気づく。
「リン」
「はよ帰ろうぜぃ」
鈴岡さんが主将の胸に飛び込む。そして、わ、と声を上げつつ、それをキャッチする主将。端的に言えばハグだった。
「ていうかよくやるねぇ、君の相方」
ぎゅーっと主将を抱きしめながら、こちらに話しかけるリンさん。ちなみに主将は、後輩の前でやめてよもう……と弱々しい声で抗議をしている。
ていうか。
「相方ってなんですか」
誰が、誰の。
「そんなの天音ちゃんに決まってるじゃん」
臆面もなく、さらっと言われてしまった。
どうしてこう、第三者からは私たちが仲良さげに見えるのだろうか。そろそろ目眩がしてきそうだった。
「だから……アイツとはただの知り合いですから」
「えー。流石に知り合いなんて安っぽい関係ではないデショ。部でも噂になってんよー。天音ちゃん、花音ちゃん、そして君が三角関係なんじゃってね」
「なんですかそれ……」
もはや腹立たしさを通り越して呆れが勝る。
先週の土曜日の一幕を見てそう言っているのだろうが、どう曲解したらそんな荒唐無稽な結論に行き着くのか。
「高校生だからねぇ。なんでもないことでも色恋に結びつけて、キャッキャしたいお年頃なのだよ」
「あー。なんかごめんね。わたしも注意してるんだけどねぇ」
苦笑いしながらも、主将が謝罪してくれる。
「別に……いいです。どこで誰が何してようが。実害さえ出なければ、私には関係ないので」
「そう?それならいいけど。でも、もし何かあったら言ってね。こんなのでも主将だからさ」
掛けてくれた声色は優しいものだった。昼下がりの、春の木漏れ日を思わせるような。
別に求めてはいなかったけれど、無下にするのも躊躇われた。
「ありがとうございます」
「うん。それじゃ、わたしたちはこのへんで。天音ちゃんにもよろしく伝えておいて」
「そいじゃねぃ」
仲良く手を繋いで帰る二人。
その後ろ姿を見ていると、なんでか古いアルバムを見ている気分になった。
なんでだろう。
漠然と、けれど答えを確信している問い。いつまでもピントが合わないカメラの壊れたレンズのように、疑問になっていない疑問を、頭の中にずっと留めている。
「……バカらしい」
どうでもいいことを考えたって、どうでもいい答えしか出て来ない。
昔からあれこれと複雑なことを考えるのが苦手だった。下手な考えがどうのというが、自分でいい結論を出せた試しがない。
そんなことをしているくらいなら、泳いでいればいい。水泳のことだけを考えていればいい。
今の私には、それしかない。
いや、それしか必要ないのだから。
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