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第二章
ライバルだと証明するために(一)
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時間の断絶。
睡眠というのは、自分にとって少しばかり抵抗のある行為だった。
夜に布団に潜り目を閉じれば、次の瞬間には朝になっている。その間にボクの時間は凍結しているが、世界は確かに動いている。だから沈んでいた日は勝手に昇り、起きる頃には外は打って変わって明るくなっている。
ならば、その夜と朝の境界線のどこに、ボクが居るのだろう。意識の底に沈んだボクは、どうやって浮かんでくるのだろう。
何を当たり前のことを、と思うかもしれない。
けれどそれは、日々の習慣が刷り込んだ恐怖の麻痺に過ぎない。
眠ってもたまたま毎日起られる。誰もが皆同じだからと、無根拠な常識が頭に刷り込まれているだけだ。
睡眠という無防備な状態でも命を脅かされることがないという、文明社会に順応している証拠だ。
この世に百パーセント確実なことなんてない。ある日眠って、そのまま目を覚ますことのないまま一生を終える……なんてことも、可能性としては存在している。或いは再び目覚めたとしても、身体は思うように動かなくなって、そのまま朽ち果てるなんてことも、可能性として万に一つもないとは否定できない。
例えそれが、ゼロコンマの後に、いくつもゼロを重ねるような数値だとしても。
なればこそ、おいそれと眠ることなんて出来ない。睡眠が生きていく上で必要な行為だとしても、それを漫然と行うことは憚られる。
せめて、後悔のないように。
瞼を閉じる瞬間、アレをしていればよかったとか、考えることがないように。
目を開けて、明日という生を獲得した時に、晴れ晴れと前へ進めるように。
日々を懸命に生きなければならない。
————などと。
考えたとて益のないようなことをつらつらと考える朝。瞼はまだ重いのに、頭だけはよく回る。
拍動は徐々に大きくなり、冷たくなっていた身体に少しずつ熱を灯していく。
身体を起こしてみると、ちょっとした違和感を覚えた。いつもより心拍数が多い気がする。それに、身体は温まっても、どこか筋肉が強張っているような感覚も。
「ふぅ……」
軽く息を吐いてみる。すると、知れずと浅くなっていた呼吸が治り、僅かに身体が弛緩していく。……なんなんだろう、一体。
とにかく、今日も今日とて無事に朝を迎えた。
……ていうか、あれ。
さっきからなんかいい匂いがするなって思ったら、珍しく翔がキッチンに立っていた。こちらに背を向けたまま目もくれず、何やら手元を動かしているご様子。
つい気になって布団から出ると、何を作っているのか覗き込むようにして確認してみる。
「おー、おにぎり」
長方形の皿の上に行儀よく白米の塊が並べられていた。
「やっと起きたか」
それをつまらなさそうに眺める同居人。清々しい朝、ごきげんな朝食にそぐわない、不景気な面だった。
まあ、それはもう見慣れたからいいんだけど。
「あれ、今何時?」
「六時前くらい」
あれま。どーりで翔が朝食を用意しているわけだ。
居候を始めてからは食事はボクの担当なんだけど、朝食ももちろんその例外じゃない。いつもは大体五時半くらいに起きて作り始めるから、ちょっとした寝坊ってワケだ。
朝練は九時から。ならもうちょっと朝食が遅くてもいいと思うけど、翔としては七時前くらいまでには食べておきたいらしい。
「いやあ、悪いね」
「別に。これ、私の分だから」
「えっ」
まさか、そんな。
目覚めて間もなく、胃の中は綺麗さっぱりの空っぽ。そんな所にこんな食欲しか誘発されないものを前に出されて、食べるなと申すか。この瑞々しい飢餓感をガマンしながら、これから自分の分の朝食を見繕えと。
いつもなら悪態をついている所だが、朝というのもあって絶句するのみだった。
そんなボクを見て、鬼畜娘は、ふ、と笑みをこぼした。
「そんなリスみたいな顔するなよ。冗談だから」
「意地が悪いなぁ、もう……」
呆れつつも、ボクの分まで作ってくれた心遣いに、胸中で感謝した。気に食わないヤツでも、作ってくれたご飯に罪はないのである。
睡眠というのは、自分にとって少しばかり抵抗のある行為だった。
夜に布団に潜り目を閉じれば、次の瞬間には朝になっている。その間にボクの時間は凍結しているが、世界は確かに動いている。だから沈んでいた日は勝手に昇り、起きる頃には外は打って変わって明るくなっている。
ならば、その夜と朝の境界線のどこに、ボクが居るのだろう。意識の底に沈んだボクは、どうやって浮かんでくるのだろう。
何を当たり前のことを、と思うかもしれない。
けれどそれは、日々の習慣が刷り込んだ恐怖の麻痺に過ぎない。
眠ってもたまたま毎日起られる。誰もが皆同じだからと、無根拠な常識が頭に刷り込まれているだけだ。
睡眠という無防備な状態でも命を脅かされることがないという、文明社会に順応している証拠だ。
この世に百パーセント確実なことなんてない。ある日眠って、そのまま目を覚ますことのないまま一生を終える……なんてことも、可能性としては存在している。或いは再び目覚めたとしても、身体は思うように動かなくなって、そのまま朽ち果てるなんてことも、可能性として万に一つもないとは否定できない。
例えそれが、ゼロコンマの後に、いくつもゼロを重ねるような数値だとしても。
なればこそ、おいそれと眠ることなんて出来ない。睡眠が生きていく上で必要な行為だとしても、それを漫然と行うことは憚られる。
せめて、後悔のないように。
瞼を閉じる瞬間、アレをしていればよかったとか、考えることがないように。
目を開けて、明日という生を獲得した時に、晴れ晴れと前へ進めるように。
日々を懸命に生きなければならない。
————などと。
考えたとて益のないようなことをつらつらと考える朝。瞼はまだ重いのに、頭だけはよく回る。
拍動は徐々に大きくなり、冷たくなっていた身体に少しずつ熱を灯していく。
身体を起こしてみると、ちょっとした違和感を覚えた。いつもより心拍数が多い気がする。それに、身体は温まっても、どこか筋肉が強張っているような感覚も。
「ふぅ……」
軽く息を吐いてみる。すると、知れずと浅くなっていた呼吸が治り、僅かに身体が弛緩していく。……なんなんだろう、一体。
とにかく、今日も今日とて無事に朝を迎えた。
……ていうか、あれ。
さっきからなんかいい匂いがするなって思ったら、珍しく翔がキッチンに立っていた。こちらに背を向けたまま目もくれず、何やら手元を動かしているご様子。
つい気になって布団から出ると、何を作っているのか覗き込むようにして確認してみる。
「おー、おにぎり」
長方形の皿の上に行儀よく白米の塊が並べられていた。
「やっと起きたか」
それをつまらなさそうに眺める同居人。清々しい朝、ごきげんな朝食にそぐわない、不景気な面だった。
まあ、それはもう見慣れたからいいんだけど。
「あれ、今何時?」
「六時前くらい」
あれま。どーりで翔が朝食を用意しているわけだ。
居候を始めてからは食事はボクの担当なんだけど、朝食ももちろんその例外じゃない。いつもは大体五時半くらいに起きて作り始めるから、ちょっとした寝坊ってワケだ。
朝練は九時から。ならもうちょっと朝食が遅くてもいいと思うけど、翔としては七時前くらいまでには食べておきたいらしい。
「いやあ、悪いね」
「別に。これ、私の分だから」
「えっ」
まさか、そんな。
目覚めて間もなく、胃の中は綺麗さっぱりの空っぽ。そんな所にこんな食欲しか誘発されないものを前に出されて、食べるなと申すか。この瑞々しい飢餓感をガマンしながら、これから自分の分の朝食を見繕えと。
いつもなら悪態をついている所だが、朝というのもあって絶句するのみだった。
そんなボクを見て、鬼畜娘は、ふ、と笑みをこぼした。
「そんなリスみたいな顔するなよ。冗談だから」
「意地が悪いなぁ、もう……」
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