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第二章
ライバルだと証明するために(二)
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翔がテーブルの前に座ったのを見て、ボクも対面に座る。
「いただきます」
並べられたおにぎりを一つ手に取ってみる。
形はお世辞にも整っているとは言えなかった。三角に握ろうとした努力は垣間見えるけど、結局は歪なまん丸って感じ。
試しに一口頬張ってみる。
「んん……」
もちゃもちゃと口の中で米がへばりつく。多分これ、固く握ったせいだ。米粒の間に空気が全くない。
しかもなんか……あんまり味がしない。具なんて気の利いたものはなく、それどころか塩味すら朧気だ。
「あんま美味しくない……」
「うるさい」
やっぱり、カレーの時も思ったけどあまり料理は上手くないっぽい。自分で作った方がマシだな、コレは。
翔の方も、相変わらず大して美味しくもなさそうに頬張っていた。片方だけぷっくりと膨らんで、なんだかリスみたいに見える。
適度に塩を振りかけると、まあ食えなくはないレベルになった。
「今日なに泳ぐの?」
ボクと翔が二人でいる場合、大抵ボクの方から話を振る。
別に話してて楽しいってわけではないんだけど、黙々と食べるってのもそれはそれで性に合わない。それに、なんだかんだ言っても付き合ってくれるし。
「2フリと4フリ」
「200メートルと400メートルの自由形ね」
正式に言うとそうなるけど、長いから略して翔のように言うらしい。
「思うんだけど、水泳って専門用語みたいなの多いよね。バッタとかバックとか、サイクルとかルースンとか」
「特段珍しいことでもないだろ。他のスポーツだって専門用語が幾つもあるんだから」
「まーそれもそうか」
「てか、案外余裕そうだな、お前」
「なにが?」
尋ねると、翔はちょうど自分の分を平らげた。
静かに立ち上がって、練習に行くための身支度を始める。ながらで会話を進めるつもりらしい。
「今日のレペに決まってんだろ」
「まあ、今さらジタバタしてもしょーがないし。自分で言うのもなんだけど、緊張とか、そんな殊勝なことするタイプに見える?」
強がりだった。
実際、思い出しただけで平常値を取り戻した心拍数はレートを徐々に上げている。プレッシャーではなくて、自分のしてきた練習が南柯の夢だったんじゃないかという不安。
基本正直者なボクだけど、この未熟な心を、翔に悟らせたくなかった。
「それもそうか」
翔は、大して興味もないという風に話を流そうとした。某スポーツメーカーのロゴが入ったバッグに、ひょいひょいと必要な物を入れていく。
緊張を取り戻したボクも、押し黙る形になった。
……ああもう。らしくないらしくない。
そう何度も自分に言い聞かせる。けれど、喉がキュッと締まるような緊張はどこかへ行ってくれなかった。
そんな調子でも胃はきゅうと鳴るし、急かすように唾液は分泌する。なので、朝食はしっかりと完食した。
一通り準備をし終えて、翔は床にヨガマットを敷いた。その上に、あぐらのような姿勢で座り、瞼を閉じる。背筋はピンと伸びながらも、身体は脱力しきっている。だらけているのではなく、無駄な力が入っていない。
翔はこうやって毎朝瞑想する時間を作る。しかも三十分くらいはずっとこのままだ。本人曰く、集中力が上がるのだとか。
眼の前でこういうことをされるとイタズラをしたくなるのが人間……というかボクの性なんだけど、今に関してはそんなことをするつもりはない。
ちなみに理由は翔に悪いと思っているからではなく、単に前科持ちだったからだ。
前にちょっかい掛けてブチ切れられたのだ。その時は取っ組み合いのケンカになって、こっちも痛い目を見た。
ともあれ、ボクも準備するかーと思った所で、パッと唐突に翔の目が開いた。
「やれるだけのことはやったハズだ。なら、胸張ってがんばれよ」
明後日の方を向きながら、そんなことを言われた。
……ん。あれ?もしかして今、翔がボクのこと褒めた?
いや、そんなバカな。口を開けば憎まれ口しか叩かないあの翔が、まさか。
「まあ、お前が勝てるとは思ってないけど」
「それみろ!」
つい、また翔を指差した。
うんうん、やっぱり翔はこうでなくっちゃ。さっきのはきっと、夢の延長のような、そんな幻聴に違いない。
ていうかなんか、ボクもいつもの調子が戻ってきた気がするぞ。
まだちょっと固いけど、緊張が少しだけ解れた気がする。
「さて、と」
瞑想に戻る翔を横目に、ボクも準備を始めることにした。
恐らく穏やかだと言って良いであろう朝はあれよと過ぎさり。レペもとい、決戦の瞬間があっという間にやって来る。
「いただきます」
並べられたおにぎりを一つ手に取ってみる。
形はお世辞にも整っているとは言えなかった。三角に握ろうとした努力は垣間見えるけど、結局は歪なまん丸って感じ。
試しに一口頬張ってみる。
「んん……」
もちゃもちゃと口の中で米がへばりつく。多分これ、固く握ったせいだ。米粒の間に空気が全くない。
しかもなんか……あんまり味がしない。具なんて気の利いたものはなく、それどころか塩味すら朧気だ。
「あんま美味しくない……」
「うるさい」
やっぱり、カレーの時も思ったけどあまり料理は上手くないっぽい。自分で作った方がマシだな、コレは。
翔の方も、相変わらず大して美味しくもなさそうに頬張っていた。片方だけぷっくりと膨らんで、なんだかリスみたいに見える。
適度に塩を振りかけると、まあ食えなくはないレベルになった。
「今日なに泳ぐの?」
ボクと翔が二人でいる場合、大抵ボクの方から話を振る。
別に話してて楽しいってわけではないんだけど、黙々と食べるってのもそれはそれで性に合わない。それに、なんだかんだ言っても付き合ってくれるし。
「2フリと4フリ」
「200メートルと400メートルの自由形ね」
正式に言うとそうなるけど、長いから略して翔のように言うらしい。
「思うんだけど、水泳って専門用語みたいなの多いよね。バッタとかバックとか、サイクルとかルースンとか」
「特段珍しいことでもないだろ。他のスポーツだって専門用語が幾つもあるんだから」
「まーそれもそうか」
「てか、案外余裕そうだな、お前」
「なにが?」
尋ねると、翔はちょうど自分の分を平らげた。
静かに立ち上がって、練習に行くための身支度を始める。ながらで会話を進めるつもりらしい。
「今日のレペに決まってんだろ」
「まあ、今さらジタバタしてもしょーがないし。自分で言うのもなんだけど、緊張とか、そんな殊勝なことするタイプに見える?」
強がりだった。
実際、思い出しただけで平常値を取り戻した心拍数はレートを徐々に上げている。プレッシャーではなくて、自分のしてきた練習が南柯の夢だったんじゃないかという不安。
基本正直者なボクだけど、この未熟な心を、翔に悟らせたくなかった。
「それもそうか」
翔は、大して興味もないという風に話を流そうとした。某スポーツメーカーのロゴが入ったバッグに、ひょいひょいと必要な物を入れていく。
緊張を取り戻したボクも、押し黙る形になった。
……ああもう。らしくないらしくない。
そう何度も自分に言い聞かせる。けれど、喉がキュッと締まるような緊張はどこかへ行ってくれなかった。
そんな調子でも胃はきゅうと鳴るし、急かすように唾液は分泌する。なので、朝食はしっかりと完食した。
一通り準備をし終えて、翔は床にヨガマットを敷いた。その上に、あぐらのような姿勢で座り、瞼を閉じる。背筋はピンと伸びながらも、身体は脱力しきっている。だらけているのではなく、無駄な力が入っていない。
翔はこうやって毎朝瞑想する時間を作る。しかも三十分くらいはずっとこのままだ。本人曰く、集中力が上がるのだとか。
眼の前でこういうことをされるとイタズラをしたくなるのが人間……というかボクの性なんだけど、今に関してはそんなことをするつもりはない。
ちなみに理由は翔に悪いと思っているからではなく、単に前科持ちだったからだ。
前にちょっかい掛けてブチ切れられたのだ。その時は取っ組み合いのケンカになって、こっちも痛い目を見た。
ともあれ、ボクも準備するかーと思った所で、パッと唐突に翔の目が開いた。
「やれるだけのことはやったハズだ。なら、胸張ってがんばれよ」
明後日の方を向きながら、そんなことを言われた。
……ん。あれ?もしかして今、翔がボクのこと褒めた?
いや、そんなバカな。口を開けば憎まれ口しか叩かないあの翔が、まさか。
「まあ、お前が勝てるとは思ってないけど」
「それみろ!」
つい、また翔を指差した。
うんうん、やっぱり翔はこうでなくっちゃ。さっきのはきっと、夢の延長のような、そんな幻聴に違いない。
ていうかなんか、ボクもいつもの調子が戻ってきた気がするぞ。
まだちょっと固いけど、緊張が少しだけ解れた気がする。
「さて、と」
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