34 / 38
第二章
ライバルだと証明するために(四)
しおりを挟む
さて。どうしようか。
おおよその順番としては、400mが最初にきて、続いて200m種目、次に1500m、800mといった長距離種目へ、そして100m種目と来て最後に50mの自由形だ。
50mしか出番のないボクは、しばらく暇となる。
「あ、翔だ」
逆に、翔はこのレペのトップバッターだっだ。ゴーグルとキャップを被ってスタート台の前でスタンバイしている。
400m個人メドレーと400m自由形。それらを混合で行う。
全体の人数が多いし、長い距離になると人数も少なくなるんだろう。それ故の措置だと思う。
翔の他には、三年のリンさんとあと二人。それに二年生が四人。一年生は翔だけだ。
それぞれ、各レーンのスタート台の前に立って、レースの開始を待っている。
甲高いホイッスルが鳴る。三年のマネージャーの仕業だ。
数回の短い音を刻んで、それからぴーっと少し長い笛の音。音に合わせて、それぞれスタート台へと昇る。身体をくの字に折り曲げて、いつでも発射出来るように構える。
「Take your marks——————」
そして、ピッ、と笛が鳴った。
瞬間、口火を切ったように皆一斉に空中へと飛翔する。腕を振り上げ、膝を伸ばし、指の先からつま先まで一本の矢となって水中へと入る。
間を置いて浮上。それぞれが飛沫を上げて悠々と泳ぎ出す。
翔はもちろんフリー。同じ自由形なのは、三年の男子の人だけだった。
こうして比べてみると、同じ泳ぎでも全然違う。テンポとか、ストロークの大きさとか。
三年の人は、なんていうか一つ一つの動作が大きい。手や脚の回転数はそう速くないのに、大きなモーションに比例するように、ぐんぐんと進んでいく。
一言でいうなら、余裕がある感じだ。
対して翔はというと、大きくゆったりとした泳ぎではあったけど、男子の人よりはテンポが速めだ。
けれど、そんなことより目を惹くのは、やっぱりモーションの美麗さだ。
真っすぐに伸びる指先も、全くブレない姿勢も、先輩とは比べ物にならない。彼女の泳ぎは悔しいほどに洗練されていて————
「……?」
なんか、変だ。翔の泳ぎが。
具体的には分からない。ただ、擦っても取れない汚れのような、へばりついた違和感が付きまとった。
二週間ほど前に見た時に感じた衝撃がない。ボクの人生をガラリと変えてしまうような、そんな雷が落ちたかのような衝撃が。
どれだけじーっと眺めてみても分からない。
答えは出ないまま翔は400mを泳ぎ切った。三年の先輩とは、数秒ほど到着が遅かった。
「4分26秒31!」
翔のタイムを読み上げられた。
その瞬間、おーと一斉に声が上がる。なんだなんだ。
「やっぱりすごいね、塩原さん」
「え?」
うわ、ビックリした。立ち尽くしてたら硝さんがいつの間にか隣にいた。
「な、なんで皆驚いてるんですかね」
「ん?ああ。それはほら、塩原さんがインハイの標準記録をきったから」
「ああ……」
そういうことか。ていうか、なんかしれっと言われたな。
凄いことなんだろうけど、驚くレベルの強い感情はやっぱり湧いてこない。
「リレーならまだともかく、インハイに個人で出場するのは難しいこと。それが一年生なら猶更だよ」
「そうですか」
目的地は遠い。実感が出来ないということは、それだけ途方もないということだ。
目標は高いほどいい。これくらいじゃなきゃ、わざわざ水泳を始めた意味がない。
翔が息を切らしながらプールから上がってくる。肩を上下に揺らして、足を引きずるようにフリースペースのレーンへと歩いていった。
その横顔は、やけに険しかった。単に疲れてるだけ、というようには見えなかった。
「よし、そろそろわたしも出番だ」
硝さんが手にしていたスポドリに口をつけてそう言う。
「応援してます」
「ありがとう」
行ってくるね、と手をヒラヒラと振って自分のレーンへと歩いて行った。
そこからはまた一人になった。
ボクの傍には誰にも近寄らない。それは25mの向こう側で孤独にストレッチをしている佐々倉さんもまた然り。
あまり気にしていなかったけれど、どうもボクたちは他の部員から避けられているらしい。
プールサイドの上で談笑している一年の男子も、ボクが傍を通ると会話を中断する。
多分先日の一件のせいなんだろうけど。まあ、敢えて爆弾をつつくような真似をする必要もない。
別にどうということはない。
以前、中学校に居た時も同じような状況だった。友だちは居たけど、ある時を境にボクは独りになった。物好きな奴意外はボクを避けて、遠巻きに眺めているばかりだった。
今の方がマシというか、むしろ自分の芯と言える物を探してフラフラしていた以前に比べればよっぽど良い。
ボクは今こうして、自分のすべきことを全うしている。胸を張っていられるというのは、意外と心地いいものだった。
おおよその順番としては、400mが最初にきて、続いて200m種目、次に1500m、800mといった長距離種目へ、そして100m種目と来て最後に50mの自由形だ。
50mしか出番のないボクは、しばらく暇となる。
「あ、翔だ」
逆に、翔はこのレペのトップバッターだっだ。ゴーグルとキャップを被ってスタート台の前でスタンバイしている。
400m個人メドレーと400m自由形。それらを混合で行う。
全体の人数が多いし、長い距離になると人数も少なくなるんだろう。それ故の措置だと思う。
翔の他には、三年のリンさんとあと二人。それに二年生が四人。一年生は翔だけだ。
それぞれ、各レーンのスタート台の前に立って、レースの開始を待っている。
甲高いホイッスルが鳴る。三年のマネージャーの仕業だ。
数回の短い音を刻んで、それからぴーっと少し長い笛の音。音に合わせて、それぞれスタート台へと昇る。身体をくの字に折り曲げて、いつでも発射出来るように構える。
「Take your marks——————」
そして、ピッ、と笛が鳴った。
瞬間、口火を切ったように皆一斉に空中へと飛翔する。腕を振り上げ、膝を伸ばし、指の先からつま先まで一本の矢となって水中へと入る。
間を置いて浮上。それぞれが飛沫を上げて悠々と泳ぎ出す。
翔はもちろんフリー。同じ自由形なのは、三年の男子の人だけだった。
こうして比べてみると、同じ泳ぎでも全然違う。テンポとか、ストロークの大きさとか。
三年の人は、なんていうか一つ一つの動作が大きい。手や脚の回転数はそう速くないのに、大きなモーションに比例するように、ぐんぐんと進んでいく。
一言でいうなら、余裕がある感じだ。
対して翔はというと、大きくゆったりとした泳ぎではあったけど、男子の人よりはテンポが速めだ。
けれど、そんなことより目を惹くのは、やっぱりモーションの美麗さだ。
真っすぐに伸びる指先も、全くブレない姿勢も、先輩とは比べ物にならない。彼女の泳ぎは悔しいほどに洗練されていて————
「……?」
なんか、変だ。翔の泳ぎが。
具体的には分からない。ただ、擦っても取れない汚れのような、へばりついた違和感が付きまとった。
二週間ほど前に見た時に感じた衝撃がない。ボクの人生をガラリと変えてしまうような、そんな雷が落ちたかのような衝撃が。
どれだけじーっと眺めてみても分からない。
答えは出ないまま翔は400mを泳ぎ切った。三年の先輩とは、数秒ほど到着が遅かった。
「4分26秒31!」
翔のタイムを読み上げられた。
その瞬間、おーと一斉に声が上がる。なんだなんだ。
「やっぱりすごいね、塩原さん」
「え?」
うわ、ビックリした。立ち尽くしてたら硝さんがいつの間にか隣にいた。
「な、なんで皆驚いてるんですかね」
「ん?ああ。それはほら、塩原さんがインハイの標準記録をきったから」
「ああ……」
そういうことか。ていうか、なんかしれっと言われたな。
凄いことなんだろうけど、驚くレベルの強い感情はやっぱり湧いてこない。
「リレーならまだともかく、インハイに個人で出場するのは難しいこと。それが一年生なら猶更だよ」
「そうですか」
目的地は遠い。実感が出来ないということは、それだけ途方もないということだ。
目標は高いほどいい。これくらいじゃなきゃ、わざわざ水泳を始めた意味がない。
翔が息を切らしながらプールから上がってくる。肩を上下に揺らして、足を引きずるようにフリースペースのレーンへと歩いていった。
その横顔は、やけに険しかった。単に疲れてるだけ、というようには見えなかった。
「よし、そろそろわたしも出番だ」
硝さんが手にしていたスポドリに口をつけてそう言う。
「応援してます」
「ありがとう」
行ってくるね、と手をヒラヒラと振って自分のレーンへと歩いて行った。
そこからはまた一人になった。
ボクの傍には誰にも近寄らない。それは25mの向こう側で孤独にストレッチをしている佐々倉さんもまた然り。
あまり気にしていなかったけれど、どうもボクたちは他の部員から避けられているらしい。
プールサイドの上で談笑している一年の男子も、ボクが傍を通ると会話を中断する。
多分先日の一件のせいなんだろうけど。まあ、敢えて爆弾をつつくような真似をする必要もない。
別にどうということはない。
以前、中学校に居た時も同じような状況だった。友だちは居たけど、ある時を境にボクは独りになった。物好きな奴意外はボクを避けて、遠巻きに眺めているばかりだった。
今の方がマシというか、むしろ自分の芯と言える物を探してフラフラしていた以前に比べればよっぽど良い。
ボクは今こうして、自分のすべきことを全うしている。胸を張っていられるというのは、意外と心地いいものだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。
帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。
♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。
♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。
♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。
♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。
※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。
★Kindle情報★
1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P
Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL
★YouTube情報★
第1話『アイス』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
Chit-Chat!1
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
イラスト:tojo様(@tojonatori)
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる