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アフェクト・グリーンヒル
16. 恋の終わり
しおりを挟むふわふわとした甘く切なく疼く気持ちと、不安や焦燥で暗く沈む気持ちが混ざり合って、なんとも言えない気持ちで朝を迎えた。
あの花を持ち帰ったことをカロイス殿に告げなければと思い、今日もガゼボへ足を運んだ。
ガゼボにはカロイス殿が居て、その姿を見てほっとしたけれど、顔や手に白いガーゼを貼っていて驚く。
「カ、カロイス殿っ……その怪我はっ、どうしたのですかっ……!?」
足早に彼へ駆け寄る。
彼は眉を下げて、困ったように笑った。
「アフェクト様。はは、大した怪我ではないので、そんなお顔をなさらないで下さい。昨日、騎士団の剣術の試験がありまして……俺は、あんまり剣が得意ではないので、この有り様です」
カロイス殿は、苦笑しながら肩を竦めて見せた。
「試験……そうだったのですか……すみません、驚いてしまって」
私は身体の力を抜いて、テーブルを挟んで彼の向かいに腰掛けた。
「アフェクト様に心配して貰えて、嬉しいです」
カロイス殿は、そんな戯れ言を言って朗らかに笑った。つられて私も苦笑する。
「あの、昨日、ここに飾ってあった花のことなんですが――」
「ああ、あの花ですね。俺が来た時にはもうなくなっていたので、鳥か小動物が咥えて持って行ったようですね」
カロイス殿は、私の言葉に被せるようにそう言って笑った。
鳥か小動物が持って行った……? あんな、大きな花を?
ちょっと無理がある話だけど――――もしかして……私に贈ってくれた……?
普通に考えれば、婚約者のいる私に花は贈れない。鳥か小動物が持って行ったことにすれば、誰にも咎められることはない、から?
え、でも……それだと、カロイス殿が私に宛てた花だということになるのでは……
あんな珍しい花をわざわざ選んできたということは、カロイス殿は敢えて、あの花を選んだことになる。――――花言葉を知っていた……?
私の頬は、急に熱を持ち始める。
「アフェクト様? お顔が赤いですが、熱があるんじゃ……」
カロイス殿が心配そうに、暖かな赤茶色の目で私を見詰めて来る。私の胸の鼓動が音を立てて、騒がしくなった。
「あ、い、いえ……だ、大丈夫です。あ、あのっ、用事を思い出したので、今日はもう帰りますっ」
顔にどんどん熱が集まってきて、私は逃げるようにその場を後にした。
どうしよう……あんな穏やかで優しくて平然としているカロイス殿が、あんな熱い想いを秘めていたなんて。
トリトマの花言葉を思い出す。
『貴方を想うと胸が痛む。恋の辛さ』
一体、いつから……? 全然、気付かなかった。トルコード殿下と婚約している私に、こんな遠回しに想いを伝えて来るなんて……
真っ赤になって戻って来た私を、パンパスグラスの入口で待っていたロヤルとアルダーが訝し気に見て来る。
「どうかなさったのですか、アフェクト様」
「な、何でも、ありません……帰ります」
驚いたように駆け寄って来たロヤルから顔を隠しながら、歩き出す。
今は、何も訊かないで欲しい……
それから、頻繁にガゼボに花が置かれるようになった。
いつも、カロイス殿がいない日に花は置かれていた。水の入ったコップに一輪だけ差してある花は、毎回、違う花だった。
トリトマの次に置かれていたのは、サギソウ。
純白の鳥の姿をした花が一本の茎に二輪咲いているものだった。二輪の花がまるで番の鳥のようで、私とカロイス殿を想像してしまう。
なんだか甘い切なさがきゅうっと胸を締め付けて、苦しくなる。
繊細な花が散ってしまわないように、そっと手にして持ち帰った。
私の胸の内は、さわさわ、ふわふわと落ち着かなくて、気持ちを鎮めるためにも絵を描くことに没頭した。
夜にベッドの上で花言葉を調べる。
『夢の中でもあなたを想う』
「ぁ……」
また、かあぁっと顔に熱が集まって、恥ずかしさに悶えながら両手で顔を隠して布団に突っ伏した。
また別の日には、紫色の花びらが上に向かって何枚も咲いている花があった。名前が分からなかったけれど、綺麗な花だった。
持ち帰って絵を描く。書き終わってから、貰った花が枯れていくのかと思うと何だか寂しくなった。
ロヤルに相談すると、押し花にすると良いと言う。
だけど貰った花は、ごろっとして厚みがあるから押し花には出来そうにもない。
「押し花の専門店に頼みましょう。このままという訳にはいきませんが、花びらや茎を一枚一枚バラして長持ちするように作って貰えるらしいですよ」
ロヤルが微笑みながら教えてくれた。
「それなら、頼んでみようかな……」
ロヤルは頷いて、翌日には三つの花を持って専門店に頼みに行ってくれた。
紫の花の名前が分からなくて、押し花の店で訊いて来て貰った。紫の花はクルクマと云う花らしい。早速、一人の時にソファに座って花言葉を調べてみた。
『あなたの姿に酔いしれる』
わ、私の姿……? トルコード殿下は、あまりそういうことは言っては来ない。昔は周囲の者達から褒められたりはしたけれど、今は、面と向かって褒められることは殆どなかった。
そう云えば、カロイス殿にも言われたことはなかったな。それなのに、こんな風に伝えて来るなんて……
私は一人で照れてしまい、側にあったクッションに顔を埋めて、ぎゅう、ぎゅうと抱き締めた。
その後も、何度か花を貰った。
赤いブーゲンビリア。
『貴方しか見えない。貴方は魅力的』
赤いアンスリウム。
『情熱、煩悩、恋に悶える心』
ワインレッドのアストランティア。
『愛の渇き。星に願いを』
普段のカロイス殿からは、想像も付かないような花言葉の数々に、私の胸は疼いて、騒がしくなって、苦しくなった。
私がトルコード殿下の婚約者で、公爵家の者でなかったら……
その思いが何度も頭を過った。
アストランティアの花を最後に、ガゼボに花は飾られなくなった。
あんなに情熱的に恋焦がれている気持ちを伝えておきながら、カロイス殿は完璧なまでに平然を装う。
煩悩や愛の渇きだなんて……その……ね、閨事のことまで伝えて来ているのに、カロイス殿にはオーセシオン殿下に感じるような嫌悪感がない。それどころか、そう思っていることさえも匂わせないほど朗らかな態度で接して来る。
本心を隠すのが、とてもお上手なのですね……
カロイス殿と会っていると胸の動悸は騒がしいけれど会えるととても嬉しくて、会えない時は寂しくて仕方がなくなる。会えない時は、胸がキュ~っと切なくなって会いたくて堪らなくなる。
この気持ちがなんなのか、私はとっくに気が付いていた。
私は――――カロイス殿に恋をしている……
だけど、成就することはないことも知っている。それは、カロイス殿も同じ。
だからカロイス殿は、決して態度には出さないし、想いだけを私に遠回しに伝えて終わらせたのだろう……贈られる花が途絶えたことがその証。
私も、カロイス殿へ抱いたこの甘くて切ない気持ちを大切に胸にしまって、トルコード殿下と添い遂げるしかないのだから……
それを思うと、急に現実が重く伸し掛かってくる。
トルコード殿下はロットリー伯爵令嬢と未だに懇意にしている。今では人目も気にすることなく、二人は親密な関係を隠さなくなった。
私と会う機会は月に一度だけ。私の婚姻生活は冷えたものになりそうだ……
オーセシオン殿下に会う機会が少なくなったことだけが救いだった。
トルコード殿下が私と婚約解消するという噂は、現実味を帯びて来ている。私としても、婚約解消してくれるのならその方が良い。
婚約解消したとしても、カロイス殿と結ばれることはない。残念ながら、カロイス殿の身分では公爵家の婿養子にはなれない。
カロイス殿と伴侶になれたのなら、きっと、私は幸せになれただろうな……
私の心は目まぐるしく浮き沈みを繰り返し、そうしている間にも学園を卒業する日が刻一刻と近付いて来ている。
学園を卒業する日がカロイス殿と私の――――
終わりの日になる。
卒業を迎える一週間前になった。
実質、この日がカロイス殿と会う最後の日になる。
私がトルコード殿下の婚約者の立場でなかったら、卒業パーティーでカロイス殿とダンスを踊れただろうけれど、それは出来ない。
例え、トルコード殿下から卒業パーティーのエスコートを断られていても、まだ婚約者の肩書がある以上、してはいけないことだった。
トルコード殿下との婚約解消は、現実のものになりそうだ。それはいい。――問題なのは、その後のこと。このままでは、私とオーセシオン殿下との婚約が決まってしまいそうになっている。
オーセシオン殿下と伴侶になるなんて……本当に嫌だ……絶対に、イヤ……
父上は密かに私の新たな婚約者を探してくれているけれど、婚姻も間近なこの歳では公爵家に釣り合う相手がいない。他国でも探してくれているみたいだけれど、私の年齢では目ぼしい相手はおらず、身分的に釣り合いそうな方がいても問題のある方ばかりだった。
時が経つにつれ、オーセシオン殿下との婚約の話が濃厚になってくることに絶望する。
後は、何とかトルコード殿下が婚約解消を言い出さないことを願うしかない。側室を何人でも迎えてくれて構わないから、私と婚姻だけはして欲しい。
私は初めて、トルコード殿下と婚約解消したくないと強く願った。
この先は、辛いことがあってもカロイス殿に会うことは出来ない。
お互いに、今日が最後の日だと分かっているせいか……会話が続かない。
カロイス殿は相変わらず穏やかに微笑み、花言葉に込められたような情熱は噯にも出さない。
「アフェクト様と、こうして気安く話せるのも今日が最後ですね……」
さっきまで平然としていたカロイス殿が寂しそうな目で私を見詰めて来る。
「そう……ですね……」
改めて言葉にされると寂しさが一気に込み上げて来て、目の奥が、じんと熱くなった。
「本当なら、アフェクト様と話せるような身分ではないのに、アフェクト様とこうして過ごせたことに感謝しています。本当に、ありがとうございました」
カロイス殿は感慨深く話した後、深々と頭を下げた。
「そんな……私こそ、カロイス殿と出会っていなければ、これほど気安く話せる相手は誰一人としていませんでした。――本当に、ありがとうございます」
私は、どうにか笑みを作ってみせた。
終わってしまう……
私の恋が……彼の恋も……
カロイス殿と出会っていなければ、知ることのなかった恋心。
自分では制御することが難しいほどの感情の渦に、私をいとも容易く喜びの中へ投げ入れて甘く悶えさせてくれた。胸が締め付けられる思いを何度も味わった。切なくて苦しいのに、喜んでしまう矛盾。
こんな思いをトルコード殿下に感じることは出来なかった。
カロイス殿となら、穏やかな優しい幸せを掴めると簡単に想像が出来る。
出来るのに、一緒になることは出来ない。
………………
暫くの間、沈黙が続いた。
白銀の穂を付けたパンパスグラスが風に揺られて、サワサワ、カサカサと微かな葉擦れの音を立てる。
カロイス殿と過ごしたこれまでの思い出が次々と頭を過ぎり、通り過ぎて行く。
カロイス殿と過ごした時間。
貴方と一緒にいる時、私はいつも――――
――――幸福でした。
名残惜しい気持ちを捻じ伏せて、私は小さなガゼボから外に出た。
カロイス殿も私を追うように、ガゼボから出て来る。
「……カロイス殿」
「はい、アフェクト様」
カロイス殿と向かい合って立ち、彼の名を呼ぶとカロイス殿は私の名を呼んで応えてくれた。
想いと一緒に言葉が詰まって、喉に引っ掛かる。
「貴方は私の……心の支えでした。――お元気で」
何とか言葉を発して、握手の為に右手を差し出した。
「はい。アフェクト様と御一緒出来たこと、とても光栄に思います。――どうか、お元気で」
カロイス殿は寂しそうに微笑みながら、私の差し出した手をそっと握り返してくれた。
カサついた、厚い皮膚のごつごつとした大きな手。
だけど……温かい手。
その感触を忘れないように記憶に焼き付けて、ぎゅっと握り返すと彼もぎゅっと握り返してくれた。
カロイス殿に触れる、最初で最後の感触。
伝わって来る握った手の温もりは、カロイス殿の優しさそのもので……
唐突に込み上げて来た感情に泣きそうになって、慌てて手を離し背を向けた。
「……さようなら、カロイス殿」
「――さようなら、アフェクト様」
私は振り返ることなく、その場を後にした。
唇が戦慄いて、堪えきれなかった涙が頬を伝い落ちた。
カロイス殿の温もりが残る手を握り締め、胸に抱きながら早足にパンパスグラスの茂みを通り抜ける。
心配顔のロヤルとアルダーを気に掛ける余裕もなく、私は馬車のある所まで早足で歩き続けた。
私とカロイス殿の密かな恋が――――
終わった……
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