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本編
55. 自分の気持ち
しおりを挟むあの後、俺達はラケーティルのギルドで依頼達成の報告をして、サドラスと奴隷に貶された者達を、パラバーデ国の王宮に転移で送り届けた。
後の処理は、そちらに任せることにして、ノルフェントを連れてキディリガン家に戻ろうとしたら引き留られた。
ノルフェントが飲まされた国宝の秘薬の経過を診たいから、暫くは王宮に留まるように指示された。
ノルフェントを置いて行くことに俺が渋ると、一緒に留まれるように手配してくれる。
ノルフェントが王宮に滞在していた時に使っていた部屋を与えられ、俺も一緒にノルフェントの傍に付いていることにした。
結局、ノルフェントが飲まされた薬が何だったのか聴くと、男でも子供が産める様になる秘薬だった…。
そう謂えば、学園の隠しダンジョンの最深層の主から同じ薬がドロップしたな…。だから、あの瓶に見覚えがあったのか…。
男が子供を産むなんて怖いな、と思った覚えがある。
其れをノルフェントが飲まされた? 嘘だろ……? ノルフェントが子を産むのか……? 誰の……?
詳しく聴くと、疑似子宮が形成されて産めるようになるのだとか。
疑似子宮が形成されるまで、一週間程高熱が出るらしい……。
子宮が形成されると、媚薬を飲んだように疼いて、子が出来る迄は疼きが治まらないと説明された。
酷い薬だな……。
いや、無理矢理飲まされたから酷い薬なのか。
愛し合っている者同士で、子供が欲しい人達にとっては夢のような薬だな。何らかの理由で子供が産めない女性でも、この薬を使えば子供が産める。
そう考えれば、凄い薬だ。
だけど…ノルフェントは、無理矢理飲まされた…。
自分で子が欲しくて飲んだ訳じゃない。
なのに、強制的に誰かと子を作らなければ、酷い媚薬効果で気が触れてしまうなんて……。
ノルフェントは、どうするんだろう……?
──誰の子を産むんだ……?
何だか、モヤモヤする……。
ベッドに寝かせたノルフェントの頭を撫でる。いつの間にか少年らしさはなくなって、線は細いけれど青年らしく端正な顔立ちになった。─でも、男臭さは何処にもない。まつ毛がふさふさで長いからなのか…? 白い肌に黒い艶々のまつ毛は、よく映える。
無意識に人差し指の背で、艶めくまつ毛を下からそっと撫で上げた。形の良い丸みを帯びた額、高過ぎず低過ぎない鼻梁。ちょっとだけ厚みのある紅色の唇。
本当に綺麗だな…。朱紅の眼が見れないのが残念だ…。
身体も少年らしさは、見られない。細いけれど弱々しくはない、しっかりとした男性らしさが出て来た。背だって百八十に近付いている。其れなのに、何処を取っても身体の線が綺麗だ。
そんなノルフェントを誰かが抱くのか……?
ノルフェントが相手なら抱きたいやつは多いだろう。抱いてと頼まれれば、喜んで抱くに違いない。
──ノルフェントは、どうするんだろう…? 俺を頼ってくれるだろうか…?
そんなことばかりが、頭をぐるぐる駆け回る。
「ハーシャ、お前はどうするんだい?」
俺を見ていたシュザークが問い掛けてくる。
「──どう、とは?」
シュザークの言葉の意味が分からなかった。
「ふふっ、まだ逃げるの?」
「逃げてなんていませんよ…?」
一体、俺が何から逃げると言うんだ。
「ノルフェント殿下が好きなんだろう?」
「好きですよ?」
ノルフェントのことは、普通に好きだ。友達とか家族とかが好きなように、好きだ。大事だし、護ってやりたい。
「そうじゃないよ、ハーシャ。恋愛の意味で好きだろう?」
シュザークは、飽きれたようにゆるゆると首を振った。
「恋愛……」
思ってもいない言葉に戸惑う。恋愛…?
「自分で気付いていないの?」
シュザークは眉を下げながら、しょうがない子を見るような眼で俺を見てくる。
「……?」
「ハーシャは、最初からノルフェント殿下が特別だったよ。矢鱈と気にして色々と手を掛けていたし、隙あらば、撫でたり、触ったり、抱き締めたり、一緒に寝たりして、やりたい放題だったじゃないか」
シュザークが肩を竦めて、苦笑した。
え…? 俺、そんなだった…?
確かに…いっぱい撫でたし、何かと謂えば直ぐに触れていたな…。よく抱き締めていたし…何度か普通に、一緒に寝ていた…。ノルフェントが俺を避けるようになる迄は…。避けてからも、猫の姿でなら何度も一緒に寝た…。
善く善く考えてみたら、普通じゃないな…?
どんなに仲の良い親友でも、ノルフェントにしていたような事を…したりしない…。殆ど、セクハラじゃないか…? ノルフェントが不快に思っていないから赦されるようなもので…。
「……何か、ノルフェからは…いい匂いがして…嗅ぎたくなるんですよ…」
言葉にすると変態みたいだな? 俺、匂いフェチだったのか…? ヤバい奴だな、俺。
「稀に、魔力を匂いで嗅ぎ取る者がいるらしいよ? 相性が良いほど、いい匂いがするらしいね」
「え…? そうなんですか…? 兄上は、ノルフェの匂いが分からない…? こんなに…いい匂いなのに…」
シュザークは近付いて来て、ノルフェントの顔に鼻を近付けた。
「──別に、イヤな匂いはしないけれど…いい匂いもしないね」
え…? そうなの…?
俺は、自分でも驚く程に動揺した。
「ハーシャ……。いい加減に認めたら? ノルフェント殿下が気の毒だよ?」
シュザークの言葉に…益々、動揺する。
「アシャレント」
呼ばれて、何故か身体がビクリと跳ねた。
「大事なものは、傍に置いて護らないとね」
シュザークは、俺の肩を叩いて部屋から出て行った。
──何で……アシャレントって呼んだんだ……?
大事なものは、傍に置いて護る……?
──そうだ…。ノルフェントを遠ざけていたのは、アシャレントだ…。儚げで頼りなくて、目を離したら消えてしまいそうなノルフェントに…不安を感じて落ち着かなかったから…。
でも…ハニエルは、ノルフェントに構いたがった。ノルフェントが好きだから…傍に行きたがった。
其れにブレーキを掛けていたのは、アシャレントだ。失うのが怖かったから……遠ざけた……。
自分で遠ざけておきながら、それでも気になって結界を何度も掛け直した。
今回の件だってそうだ。
ノルフェントを腕の中に抱いたとき、安心した。腕の中に入れて置かないと駄目だと思った……。
ノルフェントが他の誰かに、触られるのが厭だ。
他の誰かに、汚されるのが厭だ。
俺の腕の中に、居ないことが──厭だ。
──そうか、俺はとっくに…傾国の魔王候補に傾いていたのか……。
自覚してからは……ノルフェントが可愛くて可愛くてしょうがない。
高熱で魘されるノルフェントを甲斐甲斐しく看病した。
何度も、何度も、魘されるノルフェントを抱き締めて、何度も、何度も、大丈夫だと囁いた。
俺の名前を切なそうに、苦しそうに、何度も呼ぶノルフェントに俺の魔力を纏わせて、頭や背中を撫でながら抱き締めた。
涙を流して俺の名を呼ぶノルフェントに、胸が締め付けられて…酷く痛んだ。
こんなにも、ノルフェントを傷付けていたのか……。
俺が辺境伯を継ぐ為に、女性と結婚するなんて言ったから……。
其れが、ノルフェントを苦しめている……。
ノルフェントの苦しそうな寝言から…其れを知った。
本当に……俺が馬鹿だったよ……。
起きたら、ちゃんと謝るから……許して欲しい……。
折角のチートだ。全部使ってノルフェントを護れば良いだけだったのに……。病気になったって完全回復の薬がある。病気で失う事もない……。
ごめんな……ノルフェ……。
ノルフェントが落ち着いて眠っている間は、彼の傍でせっせとノルフェントを護るアイテムを作った。学園で彫金師の講習を受けていて良かった。かなり強力なものが簡単に作れた。
オオシャールのダンジョンでドロップした真珠もふんだんに使った。ノルフェントの黒髪に真珠はよく似合う。
俺の髪色の蒼い光を纏う銀糸で、レースのリボンもせっせと編んだ。此れも、ノルフェントによく似合いそうだ。服飾の講習を受けていて良かった。
俺のチートで、あっと言う間に色んなアクセサリーが出来上がる。
全て、ノルフェントへの貢物だ。
ノルフェントが汗をかけば浄化魔法で綺麗にして、ぼんやりと目を覚ましたら、食べやすい食事や水を与える。
まるで、雛鳥を育てているような気分になる。
俺は、片時もノルフェントの傍を離れなかった。
…違うな、離れたく無かった。
「全く……甲斐甲斐しいね」
様子を見に来たシュザークに苦笑された。
シュザークも、ずっと王宮に泊まっている。
気落ちが激しい、ランドラーク王太子殿下の傍に付いている。
あの秘薬は、ランドラークが使うはずだったそうだ。シュザークと婚姻する為に必要な秘薬だった。何れは、国王となるランドラークには、世継ぎが絶対に必要だからだ。
あの秘薬があったから、シュザークとの婚約が許された。其れなのに、秘薬は盗まれノルフェントに使われた。
秘薬が失われた今、ランドラークはシュザークとの婚姻が許されない。其のせいで、ランドラークは酷く塞ぎ込んでいた。
陛下は、そんなランドラークを憐れんで、どうにかシュザークを側室にしようとしている。
周囲の臣下達は、其れに難色を示しているそうだ。
子が産める訳でもないのに、男を側室にする意味はない、と反対している。あわよくば、自分達の娘を側室に入れたいからだろう。
そんな中、シュザークは飄々としている。
ランドラークと婚姻したくないのなら、此れは良い機会だからだ。
其れに──婚姻するつもりなら、シュザークは秘薬を持っている。
因みに、俺も持っている。
シュザークに婚姻の意思があるのなら、自身で其の秘薬を渡す筈。其れを渡さないのなら、婚姻はしたくないと言う事だ。だから、俺も何も言わない。
「ランドラーク王太子殿下の様子は如何ですか?」
「相変わらず、泣いているよ」
シュザークは、にこりと笑った。
──何故、此処で微笑むのか……。
「兄上は、どうするつもりなんですか?」
「そうだね……。もう少し、様子を見るよ」
シュザークは、また微笑んだ。
──何だろう……? 妙に、楽しそうと謂うか嬉しそうと謂うか……。底知れない何かを感じる……。
「ハーシャは、気持ちが固まったのかい?」
シュザークに問われて頷いた。
「そう。其れなら良いんだよ」
微笑むシュザークに、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「この間…兄上は、どうして俺をアシャレントと呼んだのですか?」
アシャレントの過去をシュザークは知らない。なのに、尻込んでいるのがアシャレントだと分かっていた様子だった。
「ふふっ、ハニエルと約束していたからね。アシャレントが逃げそうになったら何とかして、ってね」
「──ハニエルと……? いつ……?」
俺にそんな記憶はない。ハニエルの行動は共有していたから、お互いに筒抜けの筈だ。一つに成ってからは、ハニエル、アシャレント単体で出る事などないのに…。
「ハーシャと一緒に寝た時に、偶にハニエルが出て来ることがあってね。其の時だよ」
え…? 全然知らない……。
「ハニエルが…?」
「ハニエルがアシャレントの事を色々教えてくれたんだよ。─其のせいで…臆病に成ってる、ってね。それじゃあハニエルが幸せになれないから、逃げそうになったら言ってやって欲しい、とね」
いつの間に……。ハニエルめ。
「──ハニエルは、何て?」
「このっ…! ヘタレっ!」
シュザークが突然大声で喝を入れてきた。
──ヘタレ……。
俺は、がっくりと肩を落とす。
ご尤も過ぎて、言い返せません……。うぅっ……。
「処で、“ヘタレ”って何だい?」
シュザークは、不思議そうに首を傾げた。
「………意気地のない…臆病者…って意味です……」
俺は、項垂れたまま言う。──情けない……。
「ああ、ハーシャにぴったりだね」
にこやかに頷きながら放たれた一言にトドメを刺されて、ノルフェントの眠るベッドに突っ伏した。
夜はノルフェントと同じベッドに入って眠る。
「うっ……!……いやっ……!……いやっ……!!」
また、魘されるノルフェント。
小さく暴れるノルフェントを抱き締める。
──襲われる夢を見ているのかな……? 怖かったんだな……。こんなに、何度も魘される位には…。
「ノルフェ……大丈夫、大丈夫だ。─もう、こんな思いはさせない。ちゃんと、護るから……。ノルフェ、大丈夫だ。大丈夫」
ノルフェントの耳元で、何度も何度も囁いた。
背中をゆっくり擦りながら、少しだけ魔力を流してノルフェントの身体を包む。──遣り過ぎると官能を引き出してしまうから、少しだけ。
そうするとバタついていた手足が静かになって、呼吸も落ち着いてくる。俺の身体に弱々しく擦り寄ってきて、静かに寝入る。
熱で熱い身体を抱き締めながら背中を撫で続ける。
ノルフェントをこんなに苦しめた、サドラスに腹が立つ。
其の、サドラス・オクトバリだが……処刑が決まった。
国宝を盗んだ事。何の咎もない人々を奴隷に貶して辱めたこと。其れが、公爵家と侯爵家の子息令嬢だった事。奴隷にした者達を使って、娼館まがいの事をして金銭を稼いでいた事。他にも、小さな罪がごろごろと出て来た。
処刑は決まったけれど、直ぐに執行される訳じゃない。
上位貴族の子息令嬢を辱め、破廉恥な格好で連れ回し身売りをさせて、彼等の家の名誉までも地に落としたのだ。報復が無い訳がない。
暫くは、サドラス自身が奴隷として散々な辱めを受ける事になるだろう。其れに、彼だけでは無く、隣国のオクトバリ侯爵家もただでは済まない。
ノルフェントの前に、もう二度と現れることはない。
ノルフェントには、学園もさっさと卒業して貰おう。学園だと俺が傍に居られない。いや、猫になって付いて行くのも有りか…?
──誰にも
──どんな事象にも
──例え、其れが神であっても
──奪われないように、失わないように。
今度こそ、ずっと傍に居よう。
決して、離さない。
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