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Summer Camp

第59投

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 晴天に恵まれた。雲一つない青空だ。
「プレイボール」審判が右手を上げてコールする。

 夏休み約二週間の合宿の集大成。舞台は玄武大学第一グラウンドで行われる。念入りに整備されたマウンドが綺麗に盛り上がっているのは、両大学の投手陣が抜かりなく準備したためであり、小石の一つも落ちていなかった。後攻の玄武大学ピッチャー塩崎がマウンドに上がる。オープン戦で何度も対戦しているためお互いの得意、苦手をなんとなく理解しているので巧妙な駆け引きなく勝負を挑めるのだ。

 菜穂は悩んだあげく一番バッターに詩音を指名する。

「ファーストストライクをどんどん振っていきなさい」

 この試合で菜穂が貸した課題は三つだ。ファーストストライクを見逃さないこと、見逃し三振をしないこと、内野ゴロは一つ前のバウンドで処理してアウトにすることだ。

 立ち上がりが不安定な塩崎はカウントを悪くして簡単にストライクを取り来た。詩音はあまく入ったボールをセンター前にはじき返す。

 二番バッターは翔子だ。塩崎はけん制を一度はさみインコースにストレートを投じた。証拠はバントをきっちり一塁線に転がす。ボールは三塁方向に転がり、サードが拾って一塁に投げる。翔子はアウトになったが、詩音は楽々二塁に進塁しチャンスを広げた。

「翔子ナイスバント!」

 りかこが手を叩いて叫ぶ。

「あえてバントさせてきたわね」

 菜穂がつぶやくと翔子は頷く。

「こちらのバントを予測して球数を増やさずにアウトカウントもらいにきたって感じでした。それでも万が一のヒッティングに備えてツーシーム系のボールを投げ込んでくるところはさすがです」

 翔子は三番バッターのソフィーを見守りながら言った。ミートが上手いソフィーは変化量が大きいプレーキが効いた変化球やタイミングを崩すことが目的であるチェンジオブペースの配球で攻めるよりも変化量が小さく鋭く手元で曲がりバットの芯を外すストレート系の変化を苦手としていた。

「彼女の運動神経はおそらく全国クラスです。しかし全国の猛者と長年渡り合ってきた玄武大学だからこそソフィーさんの弱点が浮き彫りになりました」

 菜穂はそう前置きしたうえで続けた。

「私は現役時代から負けることが大嫌いです、まして学生時代のチームメイトの胸を借りてまで組んだこの合宿、みんなの経験値と今後の課題を明確にするために仕方なく頭を下げましたが……今日は勝って帰るわ!」

 キッっと顔をしかめた菜穂は相手ベンチで指揮をとる夕美を睨む。視線を感じたのか夕美はびくついて苦笑しながらこちらに手を振った。

「絶対に負けない!」

 ベンチから身を乗りだして闘志をあらわにする。

「万が一負けたら……だから」

 こちらを振り向いて恐ろしいことを言う。この炎天下の中そんなに走ったら熱中症で倒れてしまう……、
 微笑んではいるが瞳の奥は笑っていない、久留実たちは菜穂にこんな負けず嫌いな一面があったことに面喰っていた。

 




















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