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Summer Camp

第61話

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 試合は五回まで1対0。りかこが再三ランナーを背負いながらも気迫のピッチングを続けていた。グラウンド整備の間試合は一時中断、久留実は菜穂から呼ばれるのを待っていたが一向にその気配がなく、しびれを切らしてグラウンドの外を軽く走ることにした。

「やぁくるみ」

「芙蓉さん」

 反対側から走ってきた芙蓉にちょうど半分のところで出会いお互いに足を止める。

「次の回から?」

「いえ、なかなか呼ばれないので我慢できなくて、芙蓉さんは?」

「次の回の守備から」

「そうなんですね、頑張ってください」

「あぁ頑張るよ。これが私にとってラストチャンスになるから」

「えっ」

 芙蓉は表情を強張らせたあと久留実の困惑した顔を見て笑顔を作った。

「それは私だけじゃないよね、ごめんお互い頑張ろう」

 そう言って芙蓉は走り去っていく。その背中には万感の思いを背負い追い詰められた者の悲壮感が凝縮しているようだった。久留実は心の中で願う。

 ――どうか自分がマウンドに上がるとき芙蓉さんと対戦しませんように。

「久留実ブルペンで準備してきなさい。最終回早乙女さんとバッテリーごと交換します」

 ようやく呼ばれた。久留実はすぐに返事をしてブルペンに向かう。六回ついにりかこは失点し、終盤で同点に追いつかれた。玄武大学のバッターは一番から九番まで隙が無くピッチャーは常に全力投球を強いられるので初回から飛ばしていたりかこのスタミナは限界に近づいていた。打たせて取る技巧派のりかこにとって生命線は制球力。それが少しでも甘く入ると玄武打線は牙をむく。ツーアウトから連続で長打を打たれ一点を奪われなおも二塁にランナーをおいている。

「あれぇ最終回は久留実が投げるの?」

 ブルペンキャッチャーの真咲は先ほどまであんこのボールを受けていたので不思議そうに言った。

「私です、最終回真咲さんと一緒に交代します」

 真咲は不意を突かれたように目を丸くした。

「それは突然だね、今日は出番ないから外からチームを見てなさいと言われたんだけどなぁ。でも久留実もう大丈夫なの?」

 真咲は心配そうに尋ねる。久留実は首を縦に振った。

「大丈夫です必ず抑えて見せます!」
 
 
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