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ささやかな楽しみだった場所、それは思い出の場所だった
しおりを挟む“ここすっごく高いんだよね…でも好きなんです。”
“高いのに好きなの?変わってるね”
“値段は関係なくて、…まぁ、高いんですけど。でも手が届かないから買った時、大事にしよー!って思いませんか?”
いつの日かの会話、
それは色褪せる事なく俺の記憶に残るもの。
自分の見た目や髪型にはあまり興味が持てないが、洋服だけは別だった。拘りとはまた違うかもしれないが、似合わなくてもいい。好きなものをただ着たい、って思う。
年齢を気にして着なかったり、
顔と洋服の色が合わないから着ない、っていうのが俺は嫌。だって勿体無いと思うから
素敵な洋服が目の前にあるのに“自分には似合わない”って理由で諦める事に。
“特にこのズボンは絶対に欲しいですね”
“それ1番人気がないんだけどね”
“そうなんですか!?なら俺がぜっっったいに買います!このチェーン最高だもんっ!”
懐かしい記憶を振り返りながら、知っている道、高級住宅街をやや早足で歩く。
風はなく、外は晴天。3月だからか1日が過ごしやすい気温。
高級住宅街とあって、沢山のマンションや一軒家が建ち並んでいる。小中学校の通学路からは外れており、この時間帯はあまりにも静か。それ故にここだけ時間が止まっている様にさえ思えた。
「ついた…久々の、」
見慣れた服屋を前に足を止めた俺は、上がった息をそのままにフリーズしていた。
ちょっとレトロな作りの服屋さん。看板が無ければお菓子屋さんと間違えそうな小さな建物。入り口付近にはいつも男女のマネキンが立ち並び、おすすめの服を身に纏っていた。
ドアを開けば“チリン”となる小さな鈴の音も、
低く穏やかな声で話しかけてくれる店員さんも、
見慣れたはずの光景が今、目の前には広がっておらず。小さな店は四方八方シャッターが閉まっている。今日は休日だったっけ、と思考を巡らすも、視野にはシャッターに貼られた紙が映った。
読みたくないのに、
理解したくないのに、
脳がそれを認知してしまう。
“いつもご利用ありがとうございました。本日◯月◯日より閉店とさせていただきます”
「1週間前の、日付だ…どうして」
最近この服屋には通えて居なかった。服に飽きたからではなく、服1着にかなり金がかかる為バイトを始めて貯金し始めたのだ。
欲しい服が沢山あった、
見たい服も沢山あったのに、
日本のデザインというよりは面白味のある服が多くどちらかと言えば海外に受けそうなものばかり。
ちょっと斬新で面白い、それが“JIN”という店だった。俺が好きで好きで大好きな店。
自分の誕生日には背伸びして1着2万の服を買った。なんなら今来ているこの黒のズボンはこのJINで買ったもので、
俺の1番のお気に入り。
店員が売れない、とぼやいていたズボン。でも俺にとっては宝物で、
JINは俺の大切な場所。
「なくなっちゃった、…俺の居場所」
たまに話しかけてくれる店員さんとは顔馴染みで、
顔も名前も覚えている。時折家にJINからのハガキがポストに入っていて、それを見るたびにここに来たくなった。
(そう言えばあの店員の名前って、)
ふと思い出すのは俺より長身で、180センチはありそうな体躯と綺麗な黒髪。顔のパーツはどちらかといえばきつね顔の色男で…
笑うと目がなくなるタイプの糸目系男子。
社服の胸元に付けていたネームタグには“ame miya”と書かれていて、
俺は雨くんと呼んでいた。
「元気にしてるかな、雨くん」
当然帰ってくる事のない独白。はぁ、っと吐きたくなるため息と。油断したら泣いてしまいそうな涙腺。
全てを飲み込んで、きゅ、っと下唇を噛んだ時
「はい、元気ですけど」
聞き慣れた、けれどどこか懐かしい声がした
◆◆◆◆
「雨くん!!??え、なんっ、…ぇ?」
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