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森へ
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子爵の借りた部屋は、わたしがお世話になったあの宿とはまた違って。
家具とか壁とか、シックで上質なものでまとめられてた。仮にも貴族が泊まるんだもんね。屋敷から少し行っただけで、こういうところがあったなんて知らなった。
アストは、その部屋の窓から外を一瞥した。
「この部屋は通りに面している。別の部屋から出るか」
「部屋から出るって?」
「窓から出る」
いけるかもしれないけど、見つかった時もっと目立つんじゃないかな……!?
「……ここって何階なの?」
「2階だ。不可能ではないだろうが……少し待て」
子爵はわたしたち二人に向かって手のひらを向け、何事かを唱える。わたしとアストの体がふんわりと淡く光った。
「認識阻害だ、他人から見えなくなる。このまま森まで行って、そこで解けばいい」
……ということで、何を隠すことなく階段を下りて、子爵に続くようにして外へと出た。
子爵はここの泊り客だから、堂々と出られるしね。
夕暮れ時。開けた大通りは人が溢れている。仕事帰りの人が飲み屋に顔を出したり、お店からなのか家からなのか、ご飯の香りもどこからかしてる。……ああ、街は活気があるなあ。
ふっと足を止めてしまったわたしを、アストが一度だけ呼んだ。
「……行くぞ」
「うん」
何かあったと感づかれるわけにもいかないから、子爵の歩くスピードは早歩き、程度だ。そのあとを追いながらわたしは、何となく街のことを考えてしまう。
わたしが外に出て行って……妹もここを継ぐことが難しいってなったら、どうなるのかな……
貴族教育がだいぶおざなりだったのもあって、後継のことを忘れがちになってしまう。
領地のことは好きだし。もし害があるようならそのあたりも考えなきゃいけないけど。
今はとりあえず、森のことを考えなくちゃ。
森は屋敷に隣接してるんだけど。そこにいる……例えば、使用人とかに会ってしまうとややこしいことになってしまうから、迂回して別の端から入ることにした。そこからなら、人通りも少ないしね。
森の入り口で、子爵がふっとわたしたちに向かって手を払う。淡く纏っていた光が消えた。認識阻害を解いたみたいだ。
その状態で木々を見上げ、緑が連なる森を眺める。
森の見た目では何か起こっているようにも見えないのに、肌がざわざわするような感覚があった。寒くもないのに、腕をこすってしまう。
「……なんだか……」
妙なことだけしか分からない。アストが、呟いた。
「結界が薄い」
「え?」
「……こういう場所には定められた、既定の結界の厚さがある。ほとんどは魔石の量によって決まるが……」
気付くと、アストはその場に膝をついて、木の根元を探っている。それから、子爵の方を見上げた。
「あんたは、ここに来たことがあると言っていたが。前からこうだったのか?」
「いや、少なくとも……彼女をここから去らせる前まで、こんなことは」
アストは何か思うところがあったのか、仮面を外した。あたりを見渡した後、一本の大木を指して言う。
「……ここ」
「そこが、何か?」
「本来あったはずの魔石を、取り除いた痕跡がある」
「え……?」
パァンっ!
「な、なに!?」
樹に寄ろうと思った時だった。内側から透明な壁に向かってるように、何かが体当たりしている。
ううん、確かめるまでもない。魔獣だ。
「どうして!?森の端には来られないようにしてあるはずなのに……!」
魔獣の行動範囲を狭くするのはそんなに難しくない。結界近くの木の枝を軽く刈って、陽光の通りをよくしてあげればいいだけだ。魔獣は光を嫌って森の奥にいるはず。
結界があるとはいえ、覗けば魔獣がいるっていうのはちょっとびっくりしてしまうし、強度もある結界だからこんな風になっている。
でも、それなのに。
「薄らいでる影響なのか……?」
「まずいな、破れるぞ」
家具とか壁とか、シックで上質なものでまとめられてた。仮にも貴族が泊まるんだもんね。屋敷から少し行っただけで、こういうところがあったなんて知らなった。
アストは、その部屋の窓から外を一瞥した。
「この部屋は通りに面している。別の部屋から出るか」
「部屋から出るって?」
「窓から出る」
いけるかもしれないけど、見つかった時もっと目立つんじゃないかな……!?
「……ここって何階なの?」
「2階だ。不可能ではないだろうが……少し待て」
子爵はわたしたち二人に向かって手のひらを向け、何事かを唱える。わたしとアストの体がふんわりと淡く光った。
「認識阻害だ、他人から見えなくなる。このまま森まで行って、そこで解けばいい」
……ということで、何を隠すことなく階段を下りて、子爵に続くようにして外へと出た。
子爵はここの泊り客だから、堂々と出られるしね。
夕暮れ時。開けた大通りは人が溢れている。仕事帰りの人が飲み屋に顔を出したり、お店からなのか家からなのか、ご飯の香りもどこからかしてる。……ああ、街は活気があるなあ。
ふっと足を止めてしまったわたしを、アストが一度だけ呼んだ。
「……行くぞ」
「うん」
何かあったと感づかれるわけにもいかないから、子爵の歩くスピードは早歩き、程度だ。そのあとを追いながらわたしは、何となく街のことを考えてしまう。
わたしが外に出て行って……妹もここを継ぐことが難しいってなったら、どうなるのかな……
貴族教育がだいぶおざなりだったのもあって、後継のことを忘れがちになってしまう。
領地のことは好きだし。もし害があるようならそのあたりも考えなきゃいけないけど。
今はとりあえず、森のことを考えなくちゃ。
森は屋敷に隣接してるんだけど。そこにいる……例えば、使用人とかに会ってしまうとややこしいことになってしまうから、迂回して別の端から入ることにした。そこからなら、人通りも少ないしね。
森の入り口で、子爵がふっとわたしたちに向かって手を払う。淡く纏っていた光が消えた。認識阻害を解いたみたいだ。
その状態で木々を見上げ、緑が連なる森を眺める。
森の見た目では何か起こっているようにも見えないのに、肌がざわざわするような感覚があった。寒くもないのに、腕をこすってしまう。
「……なんだか……」
妙なことだけしか分からない。アストが、呟いた。
「結界が薄い」
「え?」
「……こういう場所には定められた、既定の結界の厚さがある。ほとんどは魔石の量によって決まるが……」
気付くと、アストはその場に膝をついて、木の根元を探っている。それから、子爵の方を見上げた。
「あんたは、ここに来たことがあると言っていたが。前からこうだったのか?」
「いや、少なくとも……彼女をここから去らせる前まで、こんなことは」
アストは何か思うところがあったのか、仮面を外した。あたりを見渡した後、一本の大木を指して言う。
「……ここ」
「そこが、何か?」
「本来あったはずの魔石を、取り除いた痕跡がある」
「え……?」
パァンっ!
「な、なに!?」
樹に寄ろうと思った時だった。内側から透明な壁に向かってるように、何かが体当たりしている。
ううん、確かめるまでもない。魔獣だ。
「どうして!?森の端には来られないようにしてあるはずなのに……!」
魔獣の行動範囲を狭くするのはそんなに難しくない。結界近くの木の枝を軽く刈って、陽光の通りをよくしてあげればいいだけだ。魔獣は光を嫌って森の奥にいるはず。
結界があるとはいえ、覗けば魔獣がいるっていうのはちょっとびっくりしてしまうし、強度もある結界だからこんな風になっている。
でも、それなのに。
「薄らいでる影響なのか……?」
「まずいな、破れるぞ」
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