あほんだら

月夜の晩に

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嫌われても良い巽

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「な、な、な、なにこれ……」

指先がぶるぶる震える。見たくもない写真を突きつけられて、巽が嫌になる。目を逸らしたいのに、しっかり見ずにいられない。

「さ・ん・ふ・じ・ん・か!」

嫌味なほどにはっきり巽に言われて、かあっと頭に血が昇る。

「ち、ちがう!ちがうちがう、ちがうよこんなの!」

「はあ!?じゃあ何か、昌也はただの趣味で産婦人科にオンナと行くのかよ!?キモッ」

「もう辞めてよお!」

巽に怒鳴られて負けじと僕も怒鳴り返した。


でも趣味で産婦人科にいく男などいないと僕だって分かっていた。

浮気しまくりの昌也なんだ。ついにデキちゃったって全くおかしくない。そう思うと涙が滲んで前が見えなかった。

「……寧々」
「うるさいっ!」

焦った巽が僕をやさしく宥めようとした手を払いのけた。

はちゃめちゃに傷ついているいま、誰にも優しくされたくなどなかったのだ。



昌也は誰か別の人とべッドインしている現場を押さえられたことは今までなかった。

だから僕は、昌也が浮気しているとはいえ、リアルに誰かと肉体関係を結んでいるとはホントの部分では思っていなかったのかもしれない。あほすぎるけど。



だけど、この写真はあまりに生々しすぎた。

現実を突きつけられる。

写真の中の昌也は、一緒に連れ立って歩く女性に心配そうな視線を投げかけている。慈愛さえ感じられて……。

うなだれる僕の頭上から、容赦ない冷たいハスキーな声が聞こえた。

「現実をみろよ寧々。お前の出る幕はもうない。お前はもう用済みだ」

「!!」

まるで心を真っ二つに切り裂かれる様な痛みを感じて顔を上げた。だけど巽は止まらない。

「お前は選ばれなかったんだ」

ゆっくり、はっきりと言う。畳み掛けるように僕を追い詰めた巽。逃げ場なんかない。黒服の、冷たい刃物みたいなこの男。美しい顔立ちな分、余計に怖くておぞましく感じる。

きっと取り立ての時もこうなのだろうなとどこか思った。


「どうしてそんな酷いこと言うの?巽なんか、もう顔も見たくない!」



僕は悲しみに任せて、グラスに残っていた白ワインを巽に浴びせて逃げ出した。




◼️◼️◼️



冷たく虚しい白ワインが服にじわじわと染みていくのに、俺はただ身を任せた。


好きな人を傷つけるのは辛い。

俺がただ好き好んで寧々を虐めている様に思われただろうか。嫌われてしまったかもしれない。いやきっと寧々は俺を嫌いになりそうだ。

ズキッと心臓が痛んだ。えぐられるように胸が痛む。

でもあれぐらい言わないと、寧々は昌也から離れてくれそうもない。昌也はだらしなく強欲な男だから寧々を手放す気はない。寧々がこれから先、トンデモない苦労することが俺には見えている。

そんな苦労はさせられない。


だから俺は寧々と昌也を何としても引き裂いてみせる。それでどんなに寧々に嫌われようとも。


だけど寧々からの『顔も見たくない』は既に強力に効いていて、今は立ち上がれそうもなかった。



□□□



僕は昌也にめちゃくちゃに電話を掛けた。

『え、この写真?全然、なんかの偶然じゃない?』

とかなんとか。嘘で構わない。昌也本人から否定して欲しかった。



何十回と電話して、昌也と繋がれない苦しさに息も絶え絶えになりかけた頃。

『……もしもし?』
「あ、ま、昌也!?」

少し不機嫌そうな声が聞こえて、僕は飛びつくようにして応えた。

『もう、何だよ寧々。タイミング悪い時にこんな何回も何回も電話掛けてきて……』

「ご、ごめん。昌也」

昌也はあんまり不機嫌な声を出すことがないから、その様子に少したじろいだ。

「ね、ねえ……昌也」
『何』

歯切れの悪い僕にさらにちょっとイライラしているっぽくって、胸がギュッとなった。

「あ、あのさあ。結婚したりしないよね?」

子供できたの?なんてやっぱり真っ直ぐ聞けなくて、やけに遠回しな言い方をしてしまった。

『……』

しばしの無言。真意を測りかねているのだろうか。何だコイツって思われているのだろうか。

「……昌也?」
『あー、まあ、もしかして近々するかも……』

そう言ってブツ、と電話は切れた。

「え、あ、昌也!?昌也あ!!」


それから電話が再度繋がることはなかった。






うなだれながら足取り重く歩いた。

結婚するかも……?かも?本当に?

出来ちゃったから?え、でも経営ヤバいんじゃないの?巽によると。そんな会社傾いてるくせに結婚とか、何言ってんだよっ昌也あ。

そんな風に思う一方……。


会社傾いても一緒にいたい人がいるってこと?出来たってこと?僕じゃなく?

そんな重たい考えに、打ちのめされていた。






ひとりぼっちの家に着いてしまった。

昌也もいないし巽もいない。というか、唯一の友達を失ってしまったかもしれないんだよね……。


やり切れない思いでバフ、とベッドに横たわる。
目を瞑って一連のやり取りを思い出していた。


……巽に酷いことしちゃったな。でも巽だって随分僕に酷いこと言ってきたんだ。きっとおあいこさ……。

仲直りできるかな?どうだろう……。


あーあ、巽が僕と昌也のこともうちょっと応援してくれたら良いのに。


でもそんなの無理か。

昌也がもうちょっとマトモで、巽にも祝福される関係だったら良かったなあ……。







最近の疲れもあって、僕はすぐに寝掛けた。
うつらうつらしながらふと思い出した。

『寧々、これやるよ。付き合いはじめの記念』
 『え、良いの?昌也あ。ありがとう!』
『俺もお揃い』
 『え~すごい嬉しい!』

昔むかし、昌也と付き合い始めたころに昌也がくれた青いチャームがついたネックレスがあったことを。ちょっとしたブランドもので、結構高めのものでさ。昌也とお揃いのもの。

僕は恋愛経験に乏しくて、恥ずかしながら昌也と付き合うまで恋人とお揃いのものを持つという体験をしたことがなかったんだ。

あの時は嬉しくて舞い上がってしまって、絶対無くさないようにしなきゃ!って厳重に包んで保管したんだった……。




はっと目を覚ました。

さっき家帰ってきてから3時間半ほど時計の針が進んでいて、ただ寂しいマンションの一室であることに変わりはなかった。


……寂しいなあ。昔はそんなこともあったんだよなあ。今思えば可愛らしい恋の話。

あれ、どこやったかなあ?探せばあるかなあ。

今更身につけたら重いかなあ。
重いよなあ……。




昌也、結婚するの?本当に?

子供が出来たから?
おめでとう……だなんてやっぱり思えないよ。

僕が一応は本命だったはずなのに。いつのまにそうじゃなくなったのだろう。

浮気を激しく攻め立てたりしなかった。僕は何がダメだっただのろう。

『お前はもう用済みだ』

そんな巽のさっきの言葉がふいに蘇って泣けてきて、僕はもはや嗚咽を止められなかった。








翌朝。目が覚めたら結構目が腫れててうわっ自分ですら思った。昌也は湿っぽい雰囲気が嫌いで、僕は昌也の前で極力泣かないようにしてきたのに!

でもハッとした。昌也が結婚するなら別にもう会ったりしないから、僕が目がはれようがむくもうがどうでも良いことだ。

今度は僕が浮気相手として会うようになったりして……?

うげ、最悪だ。でも昌也はくずだから、そういうのはあり得た。おえ……。





その時ピンポンとインターホンが鳴った。

もしかして昌也!?『昨日様子がおかしかったから心配になって……』とか!?

単細胞な僕。いそいそ走って行ってドアを開けた。

「……あ、巽……」
「よっ……」

気まずそうな巽。昨日あまり寝ていないのだろうか。随分顔いろが悪い。僕がなんか聞く前にぽつぽつ話し出した。

「……昨日はあれからひとりで飲んでてさ。だいぶ飲んだ。んで車で寝て……」

歯切れが悪かった。

「寧々……大丈夫だったかなーって気になって、顔だけ見に寄った。ほら、仕事行く時間、そろそろだろ?」

「え?うん……」

昌也はそんなこといちいち把握しなかったなあ。

「寧々。俺は……昨日は……。

っべつに悪いこと言ったとは思ってないけど!でもさ。……『巽の顔も見たくない』は取り消しといてくれよな」

随分沈んだ様子で小さくなって言うから、ほんの少し笑ってしまった。あの泣く子も黙る借金取り
でヤクザの巽が。

「んー……考えとく」
「はあ。考えとくだけかよ。寧々の暴言なんか消しゴムで消してやらあ」
「吹っかけてきたのはたつみ……!ムグ」

僕の口を手で塞いだ巽。僕より大きな手にちょっとドキッとしてしまった。

「はいはい、もうこの話おわり。
……あれ?寧々。なんか目腫れてね……?」

「……!」

うっ気づいてほしくなかった!

巽の瞳が少し揺れ、次の瞬間ギュッと抱きしめられた。

「俺のせいなのか……寧々……!」
「……」
「ごめんなあ」



巽はやっぱり優しくて、嫌いにさせてくれない。







続く
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