綾瀬陽菜のありふれた日常

日向 葵

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再チャレンジ! モノづくり研究部

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 入学式から数日後のこと。大学にだいぶ慣れた私は履修するか迷っている講義を受けていた。大学最初の講義は大体講義内容の説明から始まる。最初から授業を開始しているところは必修科目ぐらいだろう。まだこの期間は履修届を出していないため、授業を受けるかどうか考えている期間だ。
 高校の時とだいぶ違うけど、慣れてしまえばなんてことはない。それに、ずっと暇だった休みとくらべると、今の時間がとても充実しているように思えた。

 今受けていた講義が終わり、あんまりおもしろくなかったので授業予定表にバツ印をつけていると、琴羽がやってきた。

「ねえ、今日暇。これから再チャレンジしに行かない」

「え、あそこ行くの? また?」

 あそことは、あのいかにもヤバそうな人達がたばこを吸いながら麻雀をやっていた、部活棟である。あそこは絶対に普通の部活じゃない。あとで知った話だが、私たちが見学しに行った部活棟の正式名称は文化団体部活棟という、文化部の為の建物だった。いや、あのいかにもな人達が文化部? ちょっと怖い感じだったし、実はスポーツ系の人達なんじゃ……ってずっと思ってた。ちょっと私の偏見が入っているかもしれないけど、スポーツやってる人ってチャラい人多そうだし、チャラい人って大抵怖い人たちとつるんでる。だから運動系の部活なんだろうと思っていたのだが、あのこわもての人たちが文化部かー。想像つかない。一体どこの部活だろうと思ったが、一つだけ思い浮かぶ部活があった。
 車両制作部だ。車を乗り回している人達のイメージがあるのでなんとなくチャラそう。きっとあの麻雀をやっていた人たちは車両制作部に違いない。
 それに、この前はノリと勢いであの部活棟に行ったわけだが、なんというか雰囲気が怖いのであまり近づきたくないという気持ちもある。平和な学園生活がおくれなくなるのは……嫌だな。

「何暗い顔しているのよ。今日は大丈夫だから。怖い人たちのところにはいかないから、ね」

「怖い人のところにいかないって、じゃあどこに行くの?」

「ちょっとこっち来て」

 琴羽に連れられてきたのは、大学の掲示板だった。至る所に掲示板があり、いろんな連絡事項が張り出されている。これを見落とすと悲しい目に合うと聞いたことがあるので毎日確認するようにしていたのだが、これが一体なんだというのか。

「そっちじゃなくてこっち」

 琴羽が差したのはちょっとずれたところに設置された簡易掲示板だった。そこには部活動の紹介ポスターがいろいろと張られていた。ひと際目立つのはやっぱり、美術部とコミックイラスト研究部だ。ポスターに関しては絵の見せ方を心得ているこの二つが目立ってしまうのも仕方のないことだろう。それにしても、これはプロが描いたんじゃないかってぐらいにうまいな。私も絵心が欲しい……。

「ほらこれ見てこれ」

「あ、モノづくり研究部のポスター……」

 またしても口では言い表せないような怪しげなポスターで、同じ形のものが何個も何個も繋がって不気味な形を表しているように見えた。そして色合いがサイケデリック……。不気味を通り越して気色悪いかもしれない。でもなんというか、とてもきれいな形に見えた。

「いやー、マンデブロー集合をサイケデリックな色で表すとか、なかなかやりますな」

「いや、やっちゃだめでしょう。これポスターとしての意味なくない。モノづくり研究部という文字だけは分かるけど他何も書いてないじゃん」

「何言ってんの陽菜ちゃん。ここ、よく見て」

 琴羽に言われるがまま、私はこのなんとも言えない不気味で、それでいって美しい幾何学的なサイケデリック色のポスターをじっと見つめた。やば、気持ち悪くなってきた。
 その気持ち悪さを我慢してじっと見つめると……とても分かりにくい黒い細文字で部活に関する説明などが書かれていた。

「分かりにくっ」

「そこがいいんじゃないかな! そういう遊びがあってもいいと思うの」

「いや、それはポスターとしての意味ないから」

 突っ込みつつ、私はじっとポスターに書かれている内容を見ると、モノづくり研究部がとある教室で部会というものを週一で行なっているという内容が書かれていた。しかもその部会を行うのが今日らしい。琴羽はこれに顔を出してみようと言ってきた。
 まあ、あのタバコ吸いながら麻雀をやるちょっとヤバそうな人達とかかわらないでいいのであれば、良いのかな? もし怖い人がいたらどうしようという不安もあるが、そのあたりを今から気にしても仕方がないだろう。それに、せっかく大学生になったのだから、サークル活動や部活動なんかにも積極的に行っていきたい。高校の時は……帰宅部だったからな……。もうちょっと青春すればよかった。

「という訳で、放課後は開けといてよね。じゃ、私次の講義行ってくるから」

「いってらー」

 ちなみに私は次の講義の予定を入れていない。ぶっちゃけ暇だった。
 さて、空いた時間何しようかな……。


◇◆◇◆◇◆


 講義を受けたり食堂で本を読んでいたりと色々やっていたら、部会とやらがはじまる30分前ぐらいになっていた。琴羽とは中央の出入り口の前で待ち合わせをしている。ちなみに今いる場所から部会が行われる教室まではかなり近い。

「琴羽、まだかな……」

 呟いてみたが来る気配がない。授業が終わり、帰宅しようとする他の学生たちの背中を眺めながら壁にもたれかかっていると、「陽菜~」という声が聞こえてきた。
 振り向くと琴羽がちょっと小走りしながら私の方に向かってきていた。

「ゴメン、待った?」

「全然。じゃあ行こうか」

 なんだろう、これからどこかデートにでも行くような雰囲気になっているんだが……。なんて冗談みたいなことを考えながら部会が行われる教室に向かった。
 目的の教室に到着すると、すでに明かりがついており、何やらガサゴソとしている音が聞こえてきた。

 そっと扉を開けて中を覗くと……。

「モーモーモー」

 馬の被り物をかぶった怪しげな人が牛の物まねをしながら黒板に何か書いていた。え、なにあれ怖い……。なんか触れちゃいけないものように見えてしまった。ポスターからして分かっていたことなんだけど、やっぱりこの部活の人たちは頭がおかしいんだよ。やばい、やばい匂いがプンプンする。

「馬? 牛? どっち?」

「いや琴羽。今気にするべきはそこじゃないと思うんだけど……」

 私たちが覗いていたことに気が付いたのか、馬の被り物をした人がこちらにやってきた。

「へい彼女! お馬さんは好きかい?」

「え、あ、はい……」

 声は女性のものだった。え、本当に何なのこのひと。困惑していると、馬の被り物を脱ぎ捨てて、笑顔で自己紹介してくれた。

「私は久遠くどう 朱莉あかり。このモノづくり研究部の部長さ。馬は……私の趣味。どうよ。かっこいいでしょう」

 と言われても困惑することしたできない。なんというか、イベントも何もない平常時に馬の被り物をした人に出くわしたときの心象ってこんな感じなんだなと思ったぐらいだ。

「えっと、綾瀬陽菜です」

「私は遊佐琴羽と言います」

「ふむふむ、ひなちーにことっちゃんね! 君たち、新入生でしょう。こんなところにいる理由をお姉さんが当ててあげる。そう、君たちは私たちの部活が気になって見に来た、そうでしょう!」

「「いや、それ以外に理由ってある?」」

 当然のことをドヤ顔で言う朱莉先輩。ちょっと笑ってしまった。多分この人は、すごい馬鹿な人なんだと思った。馬鹿って言っても、頭が悪いとかそういうことじゃない。人が絶対にやらなそうな変なことを平気でやるタイプって意味。馬鹿なことを平気でやってすごい発見をするタイプの人間。ある意味天才とも言える気がする。

「朱莉先輩。私達モノづくり研究部に興味があってきました。この前部活棟に怖い人たちがいたので近づけなかったんですが……」

 琴羽が私の代わりに言いたいことを言ってくれた。朱莉先輩は「んー」と顎に人差し指を添えて考える。

「怖い人なんていたかな? 誰だろう」

 思い浮かばないって顔をしていたので、私はあの時見た光景を説明した。

「煙草を吸いながら麻雀する怖い人達です」

「麻雀、たばこ……あーあれね。コミックイラスト研究部でしょ! あそこが怖いのは見た目だけよ」

 マジかよ。あの怖い人達がコミックイラスト研究部なのかよ……。私のイメージするコミックイラスト研究打って、アニメとかが好きでそういう絵を描いてワイワイしているイメージがある。決して、たばこをふかしながら麻雀をしている人達がいるような場所じゃない。

「うちのコミイラは、ロボット系のアニメとかが好きな人が多いんだ。魔法少女が好きな人もいるけど。多分あのタバコをふかしていた麻雀組にいた気がする」

 え、あの見た目と威圧感で魔法少女が好きなの。さすが大学。ギャップが半端ない。私の中にあるオタク像とかコミックイラスト研究部像のイメージというものがガラガラと音を立てて崩れていった。

「まあ、あいつらのことはどうでもいいでしょう! いいわ。部長である私がこの部について直々に説明してあげる。この部長が!」

「「よ、よろしくお願いします」」

 この人、やたら部長を強調してくるな……。もしかしたら部長に並々ならぬ想いがあるのかもしれない。

「それで、モノづくり研究部とは……」

「ふっふっふ、ひなちー怯え過ぎよ。大丈夫、怖いのは馬の被り物だけ!」

「いや、被り物はもう大丈夫なので……」

「そんなつれないこと言わないでよ、ことっちゃん。分かったわ。真面目にやる。モノづくり研究部はね、モノを作る部活なのよ」

「「はぁ……」」

「なのよ!」

「「えっと……」」

「なのなのだよ」

 あ、説明終わったっぽい。え、ものを作る部活。部名そのままじゃないかな? なんの説明にもなっていないような気がするのだが。

「この説明で分からない? はぁ、これだから現代の若者は……」

 なんだろう。すごくムカつく。そう思ったのは私だけではなかった。琴羽もすごい引きつった笑みを浮かべていた。それを見て逆に冷静になれた。
 そんな私達のことなんか知らないとばかりに朱莉先輩は「やれやれだぜ……」なんて言いながら説明してくれた。やっぱりムカつく。

「モノづくり研究部の活動内容は基本的には自由。ただ、図工的な感じの内容はダメよ。作るべきものは概ね2つ。自分の研究テーマに沿った画期的なものを作ること。もう一つはデザインに優れたものを作ることかな。最近だとDIYとか流行ってるから、簡単かつデザインがいいものは喜ばれるよ」

 なんだろう。部活というよりサークルなのではないだろうかと思ったのはここだけの話。
 部活っていうからには、一応部費なんかも発生しているわけで、それなりの成果が求められるような気がするのだが……。

「ちゃんと成果は求められるわよ」

「心読まれた!」

「はっはっは、読んでないよ。表情を読み取っただけ。ひなちーの表情は読みやすいね」

「うぐ……」

 琴羽に「どんまい」と言われて肩を叩かれる。私っていったい……。

「成果と言っても大したものじゃないよ。一つは作ったものを販売しているのよ。デザインフェスタとか、後は近くで場所借りて定期的に販売してるよ。あとは大学やほかの部活などの団体から作業依頼が来るの。費用と作業を見積もって、目的にあったものを作成するわ」

「なんか会社みたいですね」

「んー、確かにそれに近いかも。でも必要としてくれる人たちの為にモノを作るって素晴らしいと思わない? という訳で、モノづくり研究部に入って! お願い! 部員がやばいのよ!」

「「うわぁ……」」

 この切羽詰まった感がなんというかヤバかった。でも、聞いている限りだと結構楽しそうな部活ともったのも事実だ。
 琴羽に視線を向けると、どうやら同じことを思っていたようでコクリと頷いてくれた。

「なんというか、興味がありますので、入ってみたいなーと。ね、琴羽」

「私も陽菜と一緒です。という訳で、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「うん! こっちこそよろしくね」

 こうして私達はモノづくり研究部に入部することを決めたのだった。
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