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稼業が嫌で逃げたらそこは異世界だった

15.村長という役職ってえげつないらしい

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「村長、みーつけた」

「ひぇえぇぇぇぇぇえ、に、人間」

 リセが一人突っ走って村長らしき人物のもとに行く。村長を見つけたリセは、ずっと見つからなかったかくれんぼの相手をようやく見つけられた時のような笑顔を浮かべていた。俺たちはかくれんぼなんてしていないぞ。というか、なぜ人が現れて驚く。化け物が来たとか強盗が襲ってきたとかならまだしも、リセは頭の悪いバカ女だぞ。

「ひょええええええええ、美人、怖い、怖いよ……」

「諸刃ー、拾ってきた」

「今すぐ元の場所に戻してきなさい」

 リセが連れて来たのは、10歳ぐらいの子供だった。こんなのが村長なわけない。そう思っていたのだが、どうやら本当に村長らしい。この村ちょっと頭おかしいんじゃないかと思ってしまう。

「えぇ~、捨てて来いってひどいよ。一応村長だよ、この子」

 リセが嘘をつくとは思っていない。おそらく本当のことを言っていると思う。でもな、それはない。そんな子供に村の長なんてできるわけがないっ。

「俺は諸刃、冒険者をやっている。ここにはゴブリン討伐の依頼を受けてやってきた。命が惜しくば村長のところに案内してもらおう」

 そう言って、俺は少年に魚を突きつける。ちなみにこの魚はさっきそこで買った俺の昼食だ。

『子供相手にえげつないのう。鬼畜じゃ、鬼畜の諸刃じゃっ!』

「いや、某ラノベの主人公みたく公衆の面前でパンツ剥いだりしてないから、まだ大丈夫だろう」

『うげぇ、その発想は引くのじゃ。マジで屑野郎じゃの、諸刃は……』

「俺がやったわけじゃねぇ」

 その内容は、飛鳥に見せてもらったライトノベルの話だ。俺がやったわけじゃない。
 ちらりとリセに視線を向けると、顔を赤らめて、スカートを抑えていた。いやだから、俺じゃないって。その「諸刃が私を構ってくれるなら……」的なことを呟いてもじもじするのやめてくれないかな。

「あ、あの、屑刃さん?」

「諸刃だっ」

 リセにつかまっている少年にいきなり喧嘩売られた。誰が屑刃だ此畜生。

「あの、ごめんなさい。後、僕がこの村の村長です。依頼を受けていただきありがとうございます」

「は? こんなちび介が村長?」

「えっと、その、こんな村長ですいません……」

 別に悪気はなかったのだが、申し訳なさそうな表情をされながら俯かれると罪悪感を感じてしまう。なので出来ればその表情をやめてほしい。

「あれ、諸刃知らないの?」

 リセが村長と俺の間に割り込んでくる。この微妙な空気をどうにかしてくれという期待の眼差しを向けた。この視線に気が付いたのか、はたまた変なことを思いついたのかは分からない。けど、ぱちくりと瞬きした後に、妙味自信ありげな笑みを浮かべたのだ。何かしらの得策はあるのだろう。今はそれに期待するしかない。

「村長っていうのはね、責任を取る人のことを指すの。何か問題が起きた時に憎まれ役を押し付けられ、最終的に首を差し出す役職ね。別に村の運営をする権限はないのよ。ただ、頭として飾られて、問題あった時に処刑される、それが村長なのよっ! ちなみに村の決定権を持っているのは村長ではないの。村の運営委員会というものがあってね。そこの委員長が最終決定権を持っているんだ」

「えげつないな、村長っ!」

 俺の知っている村長と違う。こういう世界の村長って、日本で例えたら町長とか市長みたいなものだろう。確かに頭のおかしい運営や市民の期待を裏切るような運営をする奴は消えていなくなってしまえばいいと思っているが、まさか決定権を持っている人が別にいて、責任取るための役職が村長だなんて。やっぱり異世界の文化っておかしいよなと強く実感する。

 ん、と言うことは、こんな子供が責任を取って首を差し出すだけの役職についているってことだよな。ちょっとイラっとした。

「のじゃロリ、行くぞ。敵はこの村にありっ」

『くっくっく、諸刃ならそう言うと思っていたのじゃ。皆殺しじゃ、こんな幼子を雑に扱うこの村なぞ、滅びてしまえばいいのじゃっ!』

「諸刃、のじゃロリ、違うよ。コノ村じゃなくてナン村。村名間違えるの良くないよ」

「いや、今そういうツッコミ良いからね。というか、この村であって、コノ村なんて言ってねぇ。ややこしいな、おい」

『のじゃー、諸刃が変なこと言うからこんがらがってきたのじゃ……』

「俺のせいっ?!」

 なんか変なボケを入れられてツッコミ疲れた気がする。この村の住人を粛正するのはまた今度にしよう。

「話は戻るけど、君が村長でいいんだよね」

「はい、僕はソン・チョウと言います。代々村長にのみ受け継がれる由緒正しい名前なんです」

「名前適当だなおい。ソン・チョウって…………ふざけてんのか」

「いえ、いたって真面目です。まあ、この名前がおかしいのは同意しますけどね」

 そういって少年は乾いた笑みを浮かべた。
 こいつも苦労しているということが強く感じられる。村長って大変な仕事なんだな。

「んで、ソン、この依頼の件についてなんだけど」

 そう言って、俺はギルドからもらった依頼用紙をソンに見せた。ソンは俺から依頼用紙を受け取り、上から順に眺めていく。

「はい、全く読めませんね。この依頼を発注した運営委員長のところに案内します」

 村長、文字も読めないのか……。まあ、子供だから仕方のないことなんだけど。それが村の代表ってどうなの?

『諸刃、すべて顔に出ておるぞ。もう少し隠したほうがいいと思うのじゃ』

「こんなのが代表って顔してるよ? そんな諸刃、グットだね」

「のじゃロリのツッコミはともかく、リセのグットだねは意味が分からん。けど、そんなにわかりやすい表情してたか?」

 二人は、いや一人と一刀は声をそろえて「うん」と言った。そっか、そんなにわかりやすい表情をしていたのか。ちらりとソンに視線を向けると、なぜか泣きそうな表情になっている。罪悪感が半端ない。

「あ、あの、その、こ、ここここここここ」

「鶏?」

「コケコッコー……じゃなくて……」

 今の乗りツッコミ、いいねを押したくなった。でもリセのボケがいまいちすぎて、どうも笑えない。10点。

「こんな村長で申し訳ないです。依頼が出ていることも今知ったばかりでして。普段から引きこもっているので、なんと言ったらいいか」

「その辺は別にどうだっていいよ。とりあえず、俺たちは仕事がしたい。この仕事について詳細を訊きたいから知っている人を教えてくれないか」

「わかりました。ではこちらについてきてください。右手に見えますのは、岩、岩でございます」

 ついて来てと言われたはずなのに、なんか村の案内が始まったんだけど……。
 というか、岩なんて見ればわかるし。

「あちらに見えますのは、草、草でございます」

「わぁ、見て諸刃、草だよっ」

『のじゃあああ、すごいのじゃ、草、すごいのじゃああああ』

「いやいや、ただの草だろう。特に凄いことなんて…………うわぁ、すご」

 思ったよりもすごかった。ちょっと口では表現できないほど、すごかった。草すげぇ。
 俺たちは、ギルドの依頼でこの村に来たはずだったんだけど……。
 まあ、出先で少し楽しむぐらいは良いだろう。こういうのが冒険者の醍醐味という奴に違いない。
 俺たちはゴブリンの危機が迫っていることなど忘れて、観光を楽しみながら委員長というこの村のドンのもとへ向かった。
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