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月時雨
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2年前の夜。その日に入っていた依頼も終わり、私たちはぼんやりと居間に座り、月を見ていた。月明かりに透かされる雨が綺麗だった。
「雨と月も風情がありますねー」
「そうか?俺にはよくわかんねぇな」
団子を口に放り込みながら、玲が言う。
「えー。恭さんはどう思いますか?」
「月時雨って感じだな。今日は」
「何ですか?それ」
月に向けていていた視線がこちらに寄越される。恭さんは微かに笑ったようだった。
「月明かりの夜に通り過ぎていく雨って意味だ。…にしても、お前、本当に気に入っているんだな。ソレ」
恭さんは私の胸元で揺れるペンダントを見た。それは、玲の胸元でも月明かりを受けて光っている。
「もちろんですよ。でも、恭さんだって気に入っているじゃないですか」
おもむろに彼に近寄り、襟をまさぐる。チャリンという音と共に、青い雫型の飾りがついたペンダントが、和服の襟から零れ落ちて揺れた。スッと彼はバツが悪そうに視線を逸らす。
「へへっ。律儀につけてんじゃねぇか。な?雪。お前はそういうの好きじゃなさそうだったから、買ってくれた時は驚いたぜ。恭哉」
にやにやとした玲に、恭さんは強烈なデコピンを食らわせる。
「いって!何しやがる!」
「ああ?ペンダントはお前らがせがんだからだろ」
「記憶に無いですよー」
「俺もー」
「そうかい」
不意に彼が立ち上がる。
「雪、玲」
名前を呼ばれ、手招きされる。
「何ですか?」
「何だよ?」
すると、彼はぎゅっと私たちを抱きしめた。2人の身体はすっぽりと包まれてしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「んー?ガキ体温あったけーな」
「はあ?ガキ扱いするなよ!」
玲が噛みつくが、腕は緩まない。かすかに恭さんの身体は震えていた。
「何か…あったんですか?」
「何もねーよ」
「じゃあ甘えん坊か?」
玲が、からかうようにそう言った。
「ああ、そうだな」
「は…?な、何言ってんだよ…?」
あっさりと認められて、玲はうろたえる。
「だから、ちょっと大人しくしてろ」
彼の愛用する煙草の、かすかに甘いような匂いが妙に胸に刺さり、私たちはその背中に手を回す。そして、力を込める。なぜか泣きたいような気持ちになった。どうしてこんなに苦しいのだろう。
「恭さん…」
「恭哉…」
その名前を呼んだ声は情けなく震えていた。それを知ってか知らずか、恭さんは私たちの背をあやすようにポンポンと軽く叩いたのだ。そして、身体が離された。温もりが消える。
「…なんてな。ガキは早く寝ろよ。おやすみ」
そう言って彼は、ぐしゃぐしゃと私たちの頭を不器用な手つきで撫でた。そして、ふっと微笑った。
頭を撫でてくるのも、笑いかけてくるのも初めてじゃない。でも、普段から無表情である彼が見せたその時の笑顔は、ひどく優しくて哀しかった。
「じゃあな。雪、玲」
そんな風に笑うから、なぜか怖くなって私たちは無理矢理笑って言ったのだ。
「はい!また明日」
「また明日な!」
すると、彼はまた哀しげに笑った。
その日を最後に夜月恭哉は私たちの前から姿を消した。
そんなことを思い出しているうちに剛田家の前に着く。空はすっかり夜の色に染まっていた。
「今なら分かるの。恭さんはあの日に覚悟を決めた。1人で戦う覚悟を」
「ああ、きっとそうなんだろうな。あいつは、1人でっ…」
月明かりの夜に通り過ぎる。足跡も残さず消えてしまう。
そんな貴方こそ、月時雨だったじゃないか。
「雨と月も風情がありますねー」
「そうか?俺にはよくわかんねぇな」
団子を口に放り込みながら、玲が言う。
「えー。恭さんはどう思いますか?」
「月時雨って感じだな。今日は」
「何ですか?それ」
月に向けていていた視線がこちらに寄越される。恭さんは微かに笑ったようだった。
「月明かりの夜に通り過ぎていく雨って意味だ。…にしても、お前、本当に気に入っているんだな。ソレ」
恭さんは私の胸元で揺れるペンダントを見た。それは、玲の胸元でも月明かりを受けて光っている。
「もちろんですよ。でも、恭さんだって気に入っているじゃないですか」
おもむろに彼に近寄り、襟をまさぐる。チャリンという音と共に、青い雫型の飾りがついたペンダントが、和服の襟から零れ落ちて揺れた。スッと彼はバツが悪そうに視線を逸らす。
「へへっ。律儀につけてんじゃねぇか。な?雪。お前はそういうの好きじゃなさそうだったから、買ってくれた時は驚いたぜ。恭哉」
にやにやとした玲に、恭さんは強烈なデコピンを食らわせる。
「いって!何しやがる!」
「ああ?ペンダントはお前らがせがんだからだろ」
「記憶に無いですよー」
「俺もー」
「そうかい」
不意に彼が立ち上がる。
「雪、玲」
名前を呼ばれ、手招きされる。
「何ですか?」
「何だよ?」
すると、彼はぎゅっと私たちを抱きしめた。2人の身体はすっぽりと包まれてしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「んー?ガキ体温あったけーな」
「はあ?ガキ扱いするなよ!」
玲が噛みつくが、腕は緩まない。かすかに恭さんの身体は震えていた。
「何か…あったんですか?」
「何もねーよ」
「じゃあ甘えん坊か?」
玲が、からかうようにそう言った。
「ああ、そうだな」
「は…?な、何言ってんだよ…?」
あっさりと認められて、玲はうろたえる。
「だから、ちょっと大人しくしてろ」
彼の愛用する煙草の、かすかに甘いような匂いが妙に胸に刺さり、私たちはその背中に手を回す。そして、力を込める。なぜか泣きたいような気持ちになった。どうしてこんなに苦しいのだろう。
「恭さん…」
「恭哉…」
その名前を呼んだ声は情けなく震えていた。それを知ってか知らずか、恭さんは私たちの背をあやすようにポンポンと軽く叩いたのだ。そして、身体が離された。温もりが消える。
「…なんてな。ガキは早く寝ろよ。おやすみ」
そう言って彼は、ぐしゃぐしゃと私たちの頭を不器用な手つきで撫でた。そして、ふっと微笑った。
頭を撫でてくるのも、笑いかけてくるのも初めてじゃない。でも、普段から無表情である彼が見せたその時の笑顔は、ひどく優しくて哀しかった。
「じゃあな。雪、玲」
そんな風に笑うから、なぜか怖くなって私たちは無理矢理笑って言ったのだ。
「はい!また明日」
「また明日な!」
すると、彼はまた哀しげに笑った。
その日を最後に夜月恭哉は私たちの前から姿を消した。
そんなことを思い出しているうちに剛田家の前に着く。空はすっかり夜の色に染まっていた。
「今なら分かるの。恭さんはあの日に覚悟を決めた。1人で戦う覚悟を」
「ああ、きっとそうなんだろうな。あいつは、1人でっ…」
月明かりの夜に通り過ぎる。足跡も残さず消えてしまう。
そんな貴方こそ、月時雨だったじゃないか。
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