8 / 12
甘雨
しおりを挟む
ガチャリと音がして、目の前の扉が開く。文さんと源さんがやや焦った表情で出て来た。
「帰ったのかい?酷い怪我じゃないか。早く上がりな」
「手当て、今からするからな!」
その優しさが苦しい。促されるままに白いベッドに腰掛けると、慣れた手つきで手当てが進められていく。包帯が綺麗に巻かれ、手当てが終わった。
「良かった。思ったより傷は深くないみたいだね」
「ああ。これで完璧だ」
俯く私たちの背に優しく温もりが触れた。
「何があったかなんて、野暮なことは聞かないよ。顔を見れば想像つくさ」
「嬢ちゃん、玲。よく頑張ったな」
柔らかい口調。私と玲は必死に涙をこらえるしかない。
「何か食べるかい?」
ふるふると首を振る。とても何かを食べる気にはなれなかった。
「そうかい。分かった。おにぎりでも作っておくよ。食べたくなったら食べな」
こくりと頷く。
「それと、落ち着いてからで構わない。読んでやりな」
そう言って手渡されたのは、1枚の和紙の封筒。
「どうやら、数ヶ月前に書かれたものらしい。さっき届いたんだよ」
その差出人を見て目を見開く。
「や…づき…きょう…や?」
「ああ。宛先は、嬢ちゃんと玲だ」
「文さん、源さん。今読んでも良いですか?」
すると2人は静かに頷いた。
「ああ。今日は、このまま泊まっていって構わないよ」
そう言い残して彼らは部屋から出て行った。
「玲、これ…」
「ああ。読むぞ」
私たちは寄り添い、その封筒を開けた
宵風雪様・影山玲様
お前らがこの手紙を読んでいる時、俺はいないのだろう。
こんなことを自分が書くなんざ思わなかった。
きっと、お前らの側には、ばあさんやじいさんがいるんだろうな。
それなら、俺がいなくても大丈夫だろう。
らしくねぇと思いながら、筆を取った。
弟と妹ができたみたいだ。愛おしくて愛おしくてしょうがねぇ。守りてぇと思った。守らなきゃいけねぇと思った。
だが、守られていたのは俺の方だった。
お前らがいたから俺は幸せだと思えた。強くあろうと思えた。
ありがとな。
いきなり姿を消してごめんな。その上、結局帰れねぇなんて酷い話だろ?
だから、こんな最低な奴のことなんて忘れてくれ。
俺みてぇなクソ野郎のことなんざとっとと忘れてくれ。
そして、幸せになれ。
それ以上は何も望まない。
玲、雪。あばよ。
夜月恭哉
その字体はところどころ不安定に乱れていた。恐らく、自害に失敗し、絶望してから、必死に憑鬼に抵抗しながら書いたのだろう。乱れていても、角張ったような几帳面な字は、ずっと見てきた恭さんのものだ。かすかに残る、恭さんの愛用していた煙草の匂い。
目の前がぼやける。玲も顔を背けてボロボロと涙を流す。
知っていましたよ。貴方がどれ程私たちを大切にしてくれていたかなんて。どんなに口が悪くても、どんなに無表情でも、どんなに冷たい雰囲気を纏っていたとしても。
貴方は不器用で優しい人だった。私たちを愛してくれた、大切な人。
そして分かりました。貴方があの日の笑顔の裏で、どれだけの痛みを背負っていたのかも。喉の奥から、熱いものが込み上げてくる。ならば、次はきっと私たちの番。
「玲。まだ恭さんは、完全に乗っ取られていないんじゃないかな」
「ああ。そう思う。さっきアイツは俺たちにトドメを刺さなかった。つまり、恭哉の人格はまだあるのかもしれねぇ」
強い視線を交わし合う。もう大丈夫。私たちは、もう一度立ち上がった。
夜に染まる如月町。その荒廃した町で1人の男は呟く。
「…まだ我に逆らうつもりか。とっくに諦めたものだと思っていたが、余程あのガキ共が大切か?」
ぐっと胸元をつかむ。
「なぁ、黒鬼?」
男は、顔を歪めた。
「帰ったのかい?酷い怪我じゃないか。早く上がりな」
「手当て、今からするからな!」
その優しさが苦しい。促されるままに白いベッドに腰掛けると、慣れた手つきで手当てが進められていく。包帯が綺麗に巻かれ、手当てが終わった。
「良かった。思ったより傷は深くないみたいだね」
「ああ。これで完璧だ」
俯く私たちの背に優しく温もりが触れた。
「何があったかなんて、野暮なことは聞かないよ。顔を見れば想像つくさ」
「嬢ちゃん、玲。よく頑張ったな」
柔らかい口調。私と玲は必死に涙をこらえるしかない。
「何か食べるかい?」
ふるふると首を振る。とても何かを食べる気にはなれなかった。
「そうかい。分かった。おにぎりでも作っておくよ。食べたくなったら食べな」
こくりと頷く。
「それと、落ち着いてからで構わない。読んでやりな」
そう言って手渡されたのは、1枚の和紙の封筒。
「どうやら、数ヶ月前に書かれたものらしい。さっき届いたんだよ」
その差出人を見て目を見開く。
「や…づき…きょう…や?」
「ああ。宛先は、嬢ちゃんと玲だ」
「文さん、源さん。今読んでも良いですか?」
すると2人は静かに頷いた。
「ああ。今日は、このまま泊まっていって構わないよ」
そう言い残して彼らは部屋から出て行った。
「玲、これ…」
「ああ。読むぞ」
私たちは寄り添い、その封筒を開けた
宵風雪様・影山玲様
お前らがこの手紙を読んでいる時、俺はいないのだろう。
こんなことを自分が書くなんざ思わなかった。
きっと、お前らの側には、ばあさんやじいさんがいるんだろうな。
それなら、俺がいなくても大丈夫だろう。
らしくねぇと思いながら、筆を取った。
弟と妹ができたみたいだ。愛おしくて愛おしくてしょうがねぇ。守りてぇと思った。守らなきゃいけねぇと思った。
だが、守られていたのは俺の方だった。
お前らがいたから俺は幸せだと思えた。強くあろうと思えた。
ありがとな。
いきなり姿を消してごめんな。その上、結局帰れねぇなんて酷い話だろ?
だから、こんな最低な奴のことなんて忘れてくれ。
俺みてぇなクソ野郎のことなんざとっとと忘れてくれ。
そして、幸せになれ。
それ以上は何も望まない。
玲、雪。あばよ。
夜月恭哉
その字体はところどころ不安定に乱れていた。恐らく、自害に失敗し、絶望してから、必死に憑鬼に抵抗しながら書いたのだろう。乱れていても、角張ったような几帳面な字は、ずっと見てきた恭さんのものだ。かすかに残る、恭さんの愛用していた煙草の匂い。
目の前がぼやける。玲も顔を背けてボロボロと涙を流す。
知っていましたよ。貴方がどれ程私たちを大切にしてくれていたかなんて。どんなに口が悪くても、どんなに無表情でも、どんなに冷たい雰囲気を纏っていたとしても。
貴方は不器用で優しい人だった。私たちを愛してくれた、大切な人。
そして分かりました。貴方があの日の笑顔の裏で、どれだけの痛みを背負っていたのかも。喉の奥から、熱いものが込み上げてくる。ならば、次はきっと私たちの番。
「玲。まだ恭さんは、完全に乗っ取られていないんじゃないかな」
「ああ。そう思う。さっきアイツは俺たちにトドメを刺さなかった。つまり、恭哉の人格はまだあるのかもしれねぇ」
強い視線を交わし合う。もう大丈夫。私たちは、もう一度立ち上がった。
夜に染まる如月町。その荒廃した町で1人の男は呟く。
「…まだ我に逆らうつもりか。とっくに諦めたものだと思っていたが、余程あのガキ共が大切か?」
ぐっと胸元をつかむ。
「なぁ、黒鬼?」
男は、顔を歪めた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる