チート火消に憧れて、火消になってはみたけれど

落花生

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憧れが女装してます。止めてください。

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 何日も捜索されたが、あの時の鬼は結局見つからなかったらしい。
「俺がついた途端に、鬼が消えたんです。本当に、どろんって」
 あんなこと初めてだ、と鴉隊長は串に刺さったエビの天ぷらをくわえながら言う。
「青龍隊では、人が激情にかられ鬼火が燃え上がると鬼になると聞きましたけど……」
 春は、鴉の隣で座っていた。
 屋台の天ぷらは美味そうだが、食欲は全くわいてこない。
「そのとおり。人は嫉妬や怒り……あるいは激しい別の感情によって鬼になります。鬼になったら人には戻らず、江戸に害成す――化け物になる。ん、やっぱり美味しい」
 にこにこしながら、鴉は天ぷらを食べる。
「天ぷらって、串に刺さって片手でも食べやすくて好きです。親父、もう一本適当なものを頼みます」
「隊長、もうちょっとちゃんと注文してください」
 鴉の適当な注文に、屋台の親父も困り顔である。
「俺、兄上以外はどうでもいいです」
「朱雀隊隊長と天ぷらを同一に扱っていることに気が付いてください」
 はぁ、と春はため息をついた。
 鴉と隣り合って天ぷら屋台に座っているのは、理由がある。朱雀隊隊長――皆がしきりに旦那と呼ぶ男である――に鴉が呼び出されたせいだ。だが、方向音痴で常に江戸をさまよっているような鴉が一人で待ち合わせの場所に行くことなど不可能である。そのため、春がお目付け役に選ばれたのであった。
「隊長、一つ聞きます。というか、ずっと聞きたかったことなんですが」
「はい。なんでしょうか?あ、もしかして天ぷらは嫌いですか。非常食の鰹節なら一本あるのですが」
 何故か懐から立派な鰹節を取り出す、鴉。
「……なぜ、鰹節を持っているんでしょうか」
「非常食。戦国時代の武士も鰹節を非常食として採用していたんですよ」
 非常食が必要になるぐらいの迷子にはならないでほしい。
 春はそんな思いをぐっとこらえて、朝から聞きたくてたまらなかったことを尋ねた。
「……どうして、今日は朝から女物の着物を着ているんですか?」
 鴉は、どうしてそんなことを聞くのかとばかりに首をかしげる。
 火消として活動している時とは違い、今の鴉は髪を垂らしている。着ている着物も薄紅色の女物。そもそも童顔の鴉がそうやって髪型や着物を改めれば、女性に見えないこともない。 
 もっとも、喋らなければの話だが。
「浅海経由で、兄上に女性の知り合いを紹介しろと言われたからです。でも、俺には女の知り合いがいないから」
「代わりに着たんですか……」
 頷く鴉に、春は頭を痛めた。
 この歩く常識の破壊兵器が、憧れの鴉隊の隊長なのである。
「それに、これなら兄上と今日一日はずっと一緒ですよ」
「目をキラキラさせながら、名案とばかりに言わないでください!」
 本当に、頭が痛い。
 そろそろ朱雀隊長が来てくれないと、本当に胃を痛めそうである。
「それにしても……朱雀隊長は遅いですね」
「ちょっと探してきますね」
 天ぷら屋台の親父に金を払い、鴉は近くの民家の屋根に飛び乗った。
 周囲の人々は驚いたが、屋根に飛び乗ったのが鴉であると分かると驚いた人々は興味を失ったように散って行った。変装も女装も無効化する、恐ろしい身体能力である。
「隊長……その、どうやったら隊長みたいになれますか?」
「特別なことはしてないですよ。子供の頃は山で獣みたいに過ごしていたけど、それ以外は特別なことはなにも」
 鴉の言葉に、春は目を丸くする。
 実のところ、鴉の経歴は謎である。先々代の朱雀隊隊長の養子であったとは聞いたことがあるが、養子になる前の家柄は不明である。
「俺は兄上に拾われました。その前は森で一人でいて……自分のことを人間だとは思わず、妖怪か獣であると信じていました。兄上は、俺を人にしてくれた。だから、俺は兄上が大好き」
 弾んだ声で、鴉は言う。
 人の営みも、日常も、言葉も、何もかも知らないで鴉は山で育ったらしい
「自分の名前も人間の言葉も何にも知らなかったけど、全部兄上が教えてくれた。だから、俺は兄上が大好き」
「大事なことじゃないんで、二回も言わないでください」
 あっ、と鴉が声を上げた。
 鴉は民家の屋根と屋根との間を飛び跳ねて、最後にぴょんと屋根から飛び降りた。
「あにうえ!!」
「なんて恰好をしているんだ!!」
 春の見えないところで、鴉も朱雀も元気だ。
「今の朱雀隊隊長と鴉隊長は仲がよろしいですね。やっぱり、鴉隊長が朱雀隊長だったからですからね?」
 天ぷらの親父にも鴉たちの声は聞こえていたらしく、春は苦笑いする。
 鴉隊は鴉の名前を取ってつけられたように、まだ一代目しか隊長がいない部隊だ。しかし、そのほかの部隊には歴代の隊長たちがいる。しかも、隊長は就任すると共に本名を捨てて部隊の名前を頂戴するため、先代の隊長や先々代の隊長が生きていたりすると非常に紛らわしい。それでも何とかなっているのは隊長の死亡率が高く、新しい隊長が就任するのは前の隊長の死亡が主だった理由だからである。隊長と呼ばれる人間が一人しか生きていないのならば間違えようがない。
「あの二人は兄弟なんですよ。それでは、俺もあの人たちを追いかけますんで」
 春は天ぷら屋の屋台を後にし、声がした方向へと走った。
 案の定、鴉は朱雀と共にいた。
 朱雀は鴉の足を持ち、弟の体を思いっきり地面に叩きつけていた。
 おそらく屋根から落ちていた鴉の足を朱雀は掴んで、そのまま地面に叩きつけたのであろう。朱雀の隣には浅海もおり、彼女は兄弟のやり取りに思いっきりあきれていた。
「説明しろ。なにがどうなって、こういう恰好になった?」
 朱雀は、できるだけ怒りを抑えながら尋ねる。
 待ち合わせたら、弟が女装して屋根から落ちてきたのである。朱雀ではなくとも、怒りたくもなるであろう。
「兄上が女の知り合いを連れてこいって言いましたが、俺に女性の知り合いがいなかったので……」
「だったら、事前にそう言え!」
 自前でやらなくていい!と朱雀は叫んだ。
 このまま放っておくといつまでも似たようなことをやっていそうだったので、春は二人に間に割って入った。
「あの、朱雀隊長は一体何をするつもりだったのでしょうか?」
「……囮を使って、女辻斬りをあぶりだすつもりだったのさ。まぁ、これにつれる変質者なんていないだろうけど」
 朱雀自身も女性の知り合いも少なく、仕方なく囮役の調達を鴉に頼んだとのことであった。
「そんな仕事は同心のほうに任せられるんじゃ……」
「朱雀隊の縄張りでも辻斬りがでたんだ。一応、治安維持もやっているのが定火消だからな。動かないのも外聞が悪いし」
 仕方がなかったんだよ、と朱雀は言う。
 囮という単純でいてやり尽くされた手をやろうと考えたのも、実のところ辻斬り探しの手が思いつかなかったからだという。
「今日は、もう解散だ」
 離れろ、と朱雀は命令する。
「えっ、どうしてですか?」
「今のお前と一緒に歩きたくない」
 朱雀は、きっぱりとそう言った。
 鴉は悲しそうだったが、残念ながら朱雀は正論である。春も出来れば一緒にいたくない。
「今日は隊長会議もあるから、それまで一緒にいられると思ったのに」
「……お願いだから、隊長会議は着替えて出席しろよ」
 羞恥心が全くない鴉は、本当にこのまま会議に出席しそうである。さすがに、そうなったら春も力の限り止めるが。
「分かった。兄上に言われたから着替えてきます」
「……おい、本当にそのまま会議に行くつもりだったのか?」
 朱雀の心配をよそに、鴉は鼻歌を歌いそうなほどご機嫌になった。汚れた着物の埃を払って、意気揚々と屋敷に帰ろうとする。一人で鴉を放っておくと今日中にはたどり着けないので、もちろん春も同行したが。
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