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第二章 籠城する村への道
碧眼の剣士
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(……誰? まさかノートン商会の)
冷静に考えればノートン商会の者が、エレノアに先んじてここまで辿り着けるはずがない。普段なら余裕のあるエレノアだったが、四日半の山旅で蓄積した疲労によって神経が張りつめていた。
おどけたような声をかけられた事に過敏に反応し、振り向きざまに光翼を広げ、威嚇するような態勢を取る。
目の前に居たのは、ブラウン色のフード付きの外套を纏った、スタイルの良い男性だった。背はそれなりにあるエレノアより頭半分以上は高い。腰の革帯には一本のロングソードを下げている。顔は目深なフードで隠れていてよく見えない。
彼はエレノアが臨戦態勢である事に気付いたのか、口元に微笑を浮かべつつ、両手を上げ、警戒を解こうとしていた。
「……脅かしてしまったかな。僕は敵じゃない。どうか、その美しい翼を収めてくれないか」
「どうかしら? ……顔を見せたら信用するわ」
エレノアに促された男性が、両手で外套のフードを外すと、艶やかな銀色の髪と碧眼の瞳を持つ、端整な顔立ちの美男子が姿を現した。
全く見覚えのない顔である。そして聖王国で数々の騎士を見てきたが、その者たちと比べても優れた容貌と言えるような青年だった。
(……少なくともノートン商会の用心棒ではないわね。こんな銀髪碧眼の美男子がいたら噂になるわ。……違う。そもそも連中が先回ってここまで来られるはずがない)
エレノアの焦燥を知ってか知らずか、困ったかのように微笑を浮かべる青年には余裕がうかがえた。言動と立ち振る舞いからしても、全く慌てた様子はない。
そして、彼の格好付けた物言いに従ったわけではないが、エレノアは諭されるように光翼を消滅させた。熾天翼を維持し続けるだけで魔法力を消耗し続けてしまう。
今の問答の間でも、貴重な魔法力が無駄になってしまったかもしれない。これから高台に飛翔しようという時に、腰を折ってきた青年に向けて、エレノアは恨めしそうな視線をぶつけた。
「……嫌なタイミングで話しかけてくれたわね。貴方の第一印象は決して良いものではないと言っておくわ」
「本当にすまなかった。ただ、あの高台は、君の存在を小鬼に察知される可能性が高い」
青年はエレノアが熾天翼で向かおうとした高台の方を見上げた。どうやら、あの位置に移ろうとしていた事を看破していたらしい。
同時に問題点を指摘した。言われた通り、こちらの姿が丸見えになってしまいそうな事に気付き、エレノアは自分の軽率さを恥じると共に、青年に対する態度を軟化させた。
「……確かに私が迂闊だったかも。御忠告、感謝するわ。……それで、敵ではないなら貴方は誰?」
「ああ。僕はグレイ……。旅の剣士だ」
「なに今の間は。グレイでいいの?」
「グレイで。親しみを込めて呼んでもらえると嬉しいな」
グレイという名乗りに一瞬、妙な間があり、偽名を使ったのではないかとエレノアは直感した。灰色掛かった銀髪から名を取っているのかもしれない。
どうにも怪しげな雰囲気であるが、それは相手にとってもそうかもしれない。何せ目の前にいる黒髪の少女は、今さっき光翼を背に宿し、飛ぼうとしていたのだから。
「美しい翼のお嬢さん。ノーラス村に行きたいのかな?」
「……ええ。貴方は?」
「僕もその予定だったが、この有様でね。先ほどから小鬼とノーラス村の動向を懸念していたが……正直、今は君の事の方が、とても気になっている」
グレイはそう言ってエレノアに微笑みかけた。抑揚の効いた心地良い声と、それに合った柔らかな物腰と表情。きっと自分の見目が良い事を熟知しているのだろう。
だが、エレノアは警戒心を緩ませる事はなかった。見目が良いだけの男性なら聖王国にも居た。最たる者が聖王国第一王子リチャードという男である。よってエレノアが色目によって惑わされる事はない。
そして、エレノアも小鬼相手に籠城しているノーラス村の動向は心配だったが、同じように目の前のグレイという青年の方が気になっていた。ただちに戦況が動きそうにない籠城中の村と、差し迫った問題である目の前の青年との差だろう。
佇まいといい、容貌といい、ただの流浪の剣士で片付けるには胡散臭過ぎる。ここはお互い、ある程度の情報交換を行うべきだと、エレノアは銀髪碧眼の青年に探りを入れる事にした。
「口説いているわけではないのでしょう。回りくどい話は結構」
「では、聞かせて貰おう。……君はおそらく聖王国の者だね」
「どうしてそう思ったの」
「光魔法。熾天翼を使う女性を見たのは生まれて初めてだ。美しいと言ったのも嘘ではないよ。とても良く似合っていた」
本心かもしれないし、美しいと言われて嬉しくない訳ではなかったが、額面通りに受け取って、態度を軟化させるほど愚かなつもりはなかった。
熾天翼を知っていたという事は、彼は少し魔法に明るいのかもしれない。光魔法に対する知識が多少あれば熾天翼という名称がわかり、そこそこの知識があれば高レベルの光魔法という事がわかる。そして体系を理解していれば、それが事実上の最高位にあるレベル6光魔法である事を知っている。
それによって、聖王国の高い地位に居る身分の者と誤認されてもおかしくはなかった。
今は偽聖女であり、聖王国にとって価値の無い人間であるが、つい最近まで聖女候補という立場に居たので、グレイの推測は必ずしも間違っているとも言い切れない。
「後は身なりかな。服に縫い付けられているのは、聖王国の国教となっている聖女神教のシンボルだね。……もう一つ、聖王国出身者の訛りがある」
エレノアは術師服と神官衣を足して二で割ったような聖王国の光術師がよく着込んでいる服装をしていた。神官衣を兼ねた術師服といった側面が強く、光術師が礼拝に行っても失礼のない、簡易儀装ともなっている。
聖女継承の儀で着用していた、強力な防護が施された聖女専用の衣は没収されてしまったが、私物の衣服だけは見逃して貰っていた。確かに、そういう点からも、聖王国出身者と推測は出来る要素はいくらでもあった。
(聖王国訛りね。……世界共通語にそこまで差があるとは思えないけど、どこで感じ取ったのかしら)
聖王国的な言語選びをしてしまった、あるいは彼のはったりかもしれないが、その事を問いただす意味はない。もう聖王国から来た事は認めてしまうべきだとエレノアは思った。
ただ、既に聖王国とは縁が切れた身の上である。
国家不干渉の地とされている中立地帯にいる以上、その事は、はっきりと示さなくてはいけない。
エレノアはグレイにその事を伝える事にした。
冷静に考えればノートン商会の者が、エレノアに先んじてここまで辿り着けるはずがない。普段なら余裕のあるエレノアだったが、四日半の山旅で蓄積した疲労によって神経が張りつめていた。
おどけたような声をかけられた事に過敏に反応し、振り向きざまに光翼を広げ、威嚇するような態勢を取る。
目の前に居たのは、ブラウン色のフード付きの外套を纏った、スタイルの良い男性だった。背はそれなりにあるエレノアより頭半分以上は高い。腰の革帯には一本のロングソードを下げている。顔は目深なフードで隠れていてよく見えない。
彼はエレノアが臨戦態勢である事に気付いたのか、口元に微笑を浮かべつつ、両手を上げ、警戒を解こうとしていた。
「……脅かしてしまったかな。僕は敵じゃない。どうか、その美しい翼を収めてくれないか」
「どうかしら? ……顔を見せたら信用するわ」
エレノアに促された男性が、両手で外套のフードを外すと、艶やかな銀色の髪と碧眼の瞳を持つ、端整な顔立ちの美男子が姿を現した。
全く見覚えのない顔である。そして聖王国で数々の騎士を見てきたが、その者たちと比べても優れた容貌と言えるような青年だった。
(……少なくともノートン商会の用心棒ではないわね。こんな銀髪碧眼の美男子がいたら噂になるわ。……違う。そもそも連中が先回ってここまで来られるはずがない)
エレノアの焦燥を知ってか知らずか、困ったかのように微笑を浮かべる青年には余裕がうかがえた。言動と立ち振る舞いからしても、全く慌てた様子はない。
そして、彼の格好付けた物言いに従ったわけではないが、エレノアは諭されるように光翼を消滅させた。熾天翼を維持し続けるだけで魔法力を消耗し続けてしまう。
今の問答の間でも、貴重な魔法力が無駄になってしまったかもしれない。これから高台に飛翔しようという時に、腰を折ってきた青年に向けて、エレノアは恨めしそうな視線をぶつけた。
「……嫌なタイミングで話しかけてくれたわね。貴方の第一印象は決して良いものではないと言っておくわ」
「本当にすまなかった。ただ、あの高台は、君の存在を小鬼に察知される可能性が高い」
青年はエレノアが熾天翼で向かおうとした高台の方を見上げた。どうやら、あの位置に移ろうとしていた事を看破していたらしい。
同時に問題点を指摘した。言われた通り、こちらの姿が丸見えになってしまいそうな事に気付き、エレノアは自分の軽率さを恥じると共に、青年に対する態度を軟化させた。
「……確かに私が迂闊だったかも。御忠告、感謝するわ。……それで、敵ではないなら貴方は誰?」
「ああ。僕はグレイ……。旅の剣士だ」
「なに今の間は。グレイでいいの?」
「グレイで。親しみを込めて呼んでもらえると嬉しいな」
グレイという名乗りに一瞬、妙な間があり、偽名を使ったのではないかとエレノアは直感した。灰色掛かった銀髪から名を取っているのかもしれない。
どうにも怪しげな雰囲気であるが、それは相手にとってもそうかもしれない。何せ目の前にいる黒髪の少女は、今さっき光翼を背に宿し、飛ぼうとしていたのだから。
「美しい翼のお嬢さん。ノーラス村に行きたいのかな?」
「……ええ。貴方は?」
「僕もその予定だったが、この有様でね。先ほどから小鬼とノーラス村の動向を懸念していたが……正直、今は君の事の方が、とても気になっている」
グレイはそう言ってエレノアに微笑みかけた。抑揚の効いた心地良い声と、それに合った柔らかな物腰と表情。きっと自分の見目が良い事を熟知しているのだろう。
だが、エレノアは警戒心を緩ませる事はなかった。見目が良いだけの男性なら聖王国にも居た。最たる者が聖王国第一王子リチャードという男である。よってエレノアが色目によって惑わされる事はない。
そして、エレノアも小鬼相手に籠城しているノーラス村の動向は心配だったが、同じように目の前のグレイという青年の方が気になっていた。ただちに戦況が動きそうにない籠城中の村と、差し迫った問題である目の前の青年との差だろう。
佇まいといい、容貌といい、ただの流浪の剣士で片付けるには胡散臭過ぎる。ここはお互い、ある程度の情報交換を行うべきだと、エレノアは銀髪碧眼の青年に探りを入れる事にした。
「口説いているわけではないのでしょう。回りくどい話は結構」
「では、聞かせて貰おう。……君はおそらく聖王国の者だね」
「どうしてそう思ったの」
「光魔法。熾天翼を使う女性を見たのは生まれて初めてだ。美しいと言ったのも嘘ではないよ。とても良く似合っていた」
本心かもしれないし、美しいと言われて嬉しくない訳ではなかったが、額面通りに受け取って、態度を軟化させるほど愚かなつもりはなかった。
熾天翼を知っていたという事は、彼は少し魔法に明るいのかもしれない。光魔法に対する知識が多少あれば熾天翼という名称がわかり、そこそこの知識があれば高レベルの光魔法という事がわかる。そして体系を理解していれば、それが事実上の最高位にあるレベル6光魔法である事を知っている。
それによって、聖王国の高い地位に居る身分の者と誤認されてもおかしくはなかった。
今は偽聖女であり、聖王国にとって価値の無い人間であるが、つい最近まで聖女候補という立場に居たので、グレイの推測は必ずしも間違っているとも言い切れない。
「後は身なりかな。服に縫い付けられているのは、聖王国の国教となっている聖女神教のシンボルだね。……もう一つ、聖王国出身者の訛りがある」
エレノアは術師服と神官衣を足して二で割ったような聖王国の光術師がよく着込んでいる服装をしていた。神官衣を兼ねた術師服といった側面が強く、光術師が礼拝に行っても失礼のない、簡易儀装ともなっている。
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(聖王国訛りね。……世界共通語にそこまで差があるとは思えないけど、どこで感じ取ったのかしら)
聖王国的な言語選びをしてしまった、あるいは彼のはったりかもしれないが、その事を問いただす意味はない。もう聖王国から来た事は認めてしまうべきだとエレノアは思った。
ただ、既に聖王国とは縁が切れた身の上である。
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エレノアはグレイにその事を伝える事にした。
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