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第二章 籠城する村への道
中立地帯の村
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ノーラスと呼ばれる山岳地帯が存在する。
その山々は、聖王国、剣王国、砂王国、三つの大国を跨がるように横たわり、地勢学的な見地から非常に複雑かつ重要な拠点とされてきた。
現在は、いずれの国もノーラス山岳地帯を領土に組み入れず、緩衝地帯のままおくという三国協定が約一世紀前に締結され、百年経った今もなお守られている。
当時の三国の思惑は様々だが、聖王国側の軍事的な事情を推測すると、隣国に繋がる領土面積を減らしたい。聖結界外となる山岳地帯の統治が難しい。そして、聖王国の主力である白竜騎士団の騎馬隊は、山岳地帯で性能を十分に生かせないという三点。
何より聖王国は、東や南を向けば見渡す限り広大な平野が広がっている豊かな国である。あえて北に構える山岳地帯を抑えるメリットは、デメリットを上回るものではなかったのだろう。この協定が聖王国にとって有利に働いているのは想像に難くない。
そして、三国を跨ぐ山岳地帯の中央部に、ノーラス村と呼ばれる集落が存在する。四日半ぶりに休めそうな集落を目前にしたエレノアは、山の高所からその丘陵の村を見下ろしていた。
(……嘘。どうなっているの)
一目で不穏な様子が窺えた。不慣れながら何とかやり過ごしてきた山道の旅の、最後に待ち構えた難関にエレノアは思わず目を凝らした。
まずノーラス村は高さ六メートル近くある外壁で周囲を覆われていた。外壁には高さ一〇メートルを越える監視塔が東西南北に四本。城壁をさらに囲うように外縁には水の張られた堀が見えた。
そして、村の中央部には高さ二〇メートル近くはある監視用と思わしき高塔が聳え立っていた。
壁の中こそ村のような雰囲気だが、外周は想像以上に堅牢な造りをしているという事になる。簡易な動物避けの木柵しかない聖王国平地部の村とはまるで趣が違うもので、砦の跡地にでも集落を築いたのかという印象すらあった。
もし自前で築いた城壁だとしたら大したものである。もっとも怪物が跋扈する山岳地帯、そして国家の後ろ盾のない中立地帯。これくらい堅固でなければ集落を維持するのは難しいかもしれない。
エレノアが不穏に感じたのは、ノーラス村が要塞のように映ったからではない。
ノーラスの外壁周辺および村から少し離れた数百メートル程の位置。小柄な二足歩行の怪物が山程いた。その数は見渡すだけでも一〇〇匹以上、丁寧に数えれば、目に付くだけでも三〇〇匹は超えそうな勢いである。
エレノアは、その存在を以前目を通した怪物図鑑で知っていた。その図鑑は有名な怪物しか記載されていない簡易なものだったが、目の前の怪物は一般人にも広く知られているほど知名度の高いものだった。
(……小鬼の大群。ノーラスが襲われているみたいね)
小鬼は人間と比べて知能や文明のレベルは低いが、棍棒や石槍、弓矢を用いるくらいの知能はあるらしく、毒物を使用した例もあり、語彙は少ないものの小鬼語という独自の言語を操ると怪物図鑑には書かれていた。
体格は人間の子供とそう変わらず、武装した人間の成人ならば一対一でも十分太刀打ち出来るくらいには、弱い怪物とされているが、その中でも例外もあり、人間の熟練戦士に劣らない強さや、明晰な頭脳を持つ上位種が突然変異として生まれる事がある。
人間がそうであるように、小鬼の世界でも一騎当千の英雄が誕生する事もあるのだろう。
(……数が多い上に散らばり過ぎているわ。どうしたらいいのかしら)
エレノアは思考を巡らせた。まず前提として、小鬼に包囲されているノーラス村を迂回して進む事は出来る。
一応選択肢として思い付いたが、この状況を見てしまった以上、見過ごすのは気が引けたし、何より切り詰めてきた食料がいよいよ底を尽きかけている。ここを諦めるなら明日からは野草を拾い集めて飢えをしのぐ必要がありそうだった。
では、この大群を蹴散らせるかどうか。
エレノアが扱える光魔法は性質上、回復魔法や防御系の支援魔法に傾倒している。攻撃手段に乏しいが、エレノアには大幅に戦闘力を向上させる熾天翼という切り札がある。ノートン商会のアンガス一味を撃退したように、少人数の相手なら誰が相手でも太刀打ちできる自信がエレノアにはあった。
ただ、この魔法は燃費は良いとは言えず、特に攻撃手段である光刃を放射すると著しく魔法力を消耗する。これだけ広範囲に散らばっている小鬼を全て残らず殲滅させる事は不可能。追い払う事は出来るかもしれないが、集団戦の経験が無いエレノアに正確な予測は出来なかった。
それに加えて体調があまり良くない。行軍による疲労に加え、三日間、質の良い睡眠がとれていなかったせいで、消費した魔法力の回復がろくに出来ていない。
一か八かで強襲したとして、魔法力が限界を迎えたら一巻の終わりである。まずは休息を取り回復を図りたい処だった。
幸い堅牢な城壁と外堀があり、西と東にある二つの城門へは、閉じた跳ね橋のせいで辿り着けなくなっている。
そして見張り塔に付く射手の牽制が、今のところは上手く機能しているように見えた。直ちに危険が迫っているようには見えないので、もう少し様子を窺うべきかもしれない。
(……ここからじゃ全体が見渡せないわ。もう少し高い処……あの岩場からなら)
エレノアが見上げると、現在地から高さ二〇メートルの位置に切り立った高台を見つけた。あの位置なら、より全体を俯瞰して、村の状況確認が出来るかもしれない。
そこまで歩いて登るのは困難だが、熾天翼の光翼を頼りにすれば辿り着けそうである。
『熾天翼』
エレノアの手から光が形成され、背に光翼が宿る。高台に向けて飛翔の準備が整った矢先の事だった。
「──光の翼。まさか、このような場所で天使様に出逢えるとは」
抑揚の効いた男性の声が、エレノアの背後から響いた。
その山々は、聖王国、剣王国、砂王国、三つの大国を跨がるように横たわり、地勢学的な見地から非常に複雑かつ重要な拠点とされてきた。
現在は、いずれの国もノーラス山岳地帯を領土に組み入れず、緩衝地帯のままおくという三国協定が約一世紀前に締結され、百年経った今もなお守られている。
当時の三国の思惑は様々だが、聖王国側の軍事的な事情を推測すると、隣国に繋がる領土面積を減らしたい。聖結界外となる山岳地帯の統治が難しい。そして、聖王国の主力である白竜騎士団の騎馬隊は、山岳地帯で性能を十分に生かせないという三点。
何より聖王国は、東や南を向けば見渡す限り広大な平野が広がっている豊かな国である。あえて北に構える山岳地帯を抑えるメリットは、デメリットを上回るものではなかったのだろう。この協定が聖王国にとって有利に働いているのは想像に難くない。
そして、三国を跨ぐ山岳地帯の中央部に、ノーラス村と呼ばれる集落が存在する。四日半ぶりに休めそうな集落を目前にしたエレノアは、山の高所からその丘陵の村を見下ろしていた。
(……嘘。どうなっているの)
一目で不穏な様子が窺えた。不慣れながら何とかやり過ごしてきた山道の旅の、最後に待ち構えた難関にエレノアは思わず目を凝らした。
まずノーラス村は高さ六メートル近くある外壁で周囲を覆われていた。外壁には高さ一〇メートルを越える監視塔が東西南北に四本。城壁をさらに囲うように外縁には水の張られた堀が見えた。
そして、村の中央部には高さ二〇メートル近くはある監視用と思わしき高塔が聳え立っていた。
壁の中こそ村のような雰囲気だが、外周は想像以上に堅牢な造りをしているという事になる。簡易な動物避けの木柵しかない聖王国平地部の村とはまるで趣が違うもので、砦の跡地にでも集落を築いたのかという印象すらあった。
もし自前で築いた城壁だとしたら大したものである。もっとも怪物が跋扈する山岳地帯、そして国家の後ろ盾のない中立地帯。これくらい堅固でなければ集落を維持するのは難しいかもしれない。
エレノアが不穏に感じたのは、ノーラス村が要塞のように映ったからではない。
ノーラスの外壁周辺および村から少し離れた数百メートル程の位置。小柄な二足歩行の怪物が山程いた。その数は見渡すだけでも一〇〇匹以上、丁寧に数えれば、目に付くだけでも三〇〇匹は超えそうな勢いである。
エレノアは、その存在を以前目を通した怪物図鑑で知っていた。その図鑑は有名な怪物しか記載されていない簡易なものだったが、目の前の怪物は一般人にも広く知られているほど知名度の高いものだった。
(……小鬼の大群。ノーラスが襲われているみたいね)
小鬼は人間と比べて知能や文明のレベルは低いが、棍棒や石槍、弓矢を用いるくらいの知能はあるらしく、毒物を使用した例もあり、語彙は少ないものの小鬼語という独自の言語を操ると怪物図鑑には書かれていた。
体格は人間の子供とそう変わらず、武装した人間の成人ならば一対一でも十分太刀打ち出来るくらいには、弱い怪物とされているが、その中でも例外もあり、人間の熟練戦士に劣らない強さや、明晰な頭脳を持つ上位種が突然変異として生まれる事がある。
人間がそうであるように、小鬼の世界でも一騎当千の英雄が誕生する事もあるのだろう。
(……数が多い上に散らばり過ぎているわ。どうしたらいいのかしら)
エレノアは思考を巡らせた。まず前提として、小鬼に包囲されているノーラス村を迂回して進む事は出来る。
一応選択肢として思い付いたが、この状況を見てしまった以上、見過ごすのは気が引けたし、何より切り詰めてきた食料がいよいよ底を尽きかけている。ここを諦めるなら明日からは野草を拾い集めて飢えをしのぐ必要がありそうだった。
では、この大群を蹴散らせるかどうか。
エレノアが扱える光魔法は性質上、回復魔法や防御系の支援魔法に傾倒している。攻撃手段に乏しいが、エレノアには大幅に戦闘力を向上させる熾天翼という切り札がある。ノートン商会のアンガス一味を撃退したように、少人数の相手なら誰が相手でも太刀打ちできる自信がエレノアにはあった。
ただ、この魔法は燃費は良いとは言えず、特に攻撃手段である光刃を放射すると著しく魔法力を消耗する。これだけ広範囲に散らばっている小鬼を全て残らず殲滅させる事は不可能。追い払う事は出来るかもしれないが、集団戦の経験が無いエレノアに正確な予測は出来なかった。
それに加えて体調があまり良くない。行軍による疲労に加え、三日間、質の良い睡眠がとれていなかったせいで、消費した魔法力の回復がろくに出来ていない。
一か八かで強襲したとして、魔法力が限界を迎えたら一巻の終わりである。まずは休息を取り回復を図りたい処だった。
幸い堅牢な城壁と外堀があり、西と東にある二つの城門へは、閉じた跳ね橋のせいで辿り着けなくなっている。
そして見張り塔に付く射手の牽制が、今のところは上手く機能しているように見えた。直ちに危険が迫っているようには見えないので、もう少し様子を窺うべきかもしれない。
(……ここからじゃ全体が見渡せないわ。もう少し高い処……あの岩場からなら)
エレノアが見上げると、現在地から高さ二〇メートルの位置に切り立った高台を見つけた。あの位置なら、より全体を俯瞰して、村の状況確認が出来るかもしれない。
そこまで歩いて登るのは困難だが、熾天翼の光翼を頼りにすれば辿り着けそうである。
『熾天翼』
エレノアの手から光が形成され、背に光翼が宿る。高台に向けて飛翔の準備が整った矢先の事だった。
「──光の翼。まさか、このような場所で天使様に出逢えるとは」
抑揚の効いた男性の声が、エレノアの背後から響いた。
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