15 / 37
第二章 籠城する村への道
熾天使様
しおりを挟む
「確かに聖王国の方から来たというのは間違いないわ。酷い道で四日半大変だったのよ」
まずエレノアは誤魔化しのない情報を伝え、グレイの出方を窺った。
「……そうだろうね。聖王国への道は、あって無いようなものだったと記憶しているよ。高名な光術師の方と見受けるけど、中立地帯の村を目指して山岳を突っ切ってくるなんて、何か事情があったのかな」
グレイはやや真剣そうな面持ちでエレノアに対し探りを入れてきた。
彼の言う通り、道はあって無いようなものという表現で正しいし、この中立地帯のど真ん中で、聖王国の光術師がうろついているのは不自然と感じるのも無理はない。
ただ、エレノアとしては聖王都追放の流れで山岳地帯を進む羽目になっただけで、村を目指した事情といえば、魔法力の回復が図れる質の良い食事とベッドを求めていたという単純な理由だった。
「グレイ。何か事情があったとして、旅の剣士である貴方に伝えないといけないのかしら?」
そして、旅人の剣士を名乗るグレイが、それを気にしている事自体が不自然である。エレノアは彼が村の関係者、あるいはどこかの国の人間だと直感した。
「……私としては言ってもいいけど、その場合は貴方も隠し事は無しにして貰うわ。……ところでグレイ、貴方は何処から来たの? 私も教えたのだから、きっと教えて貰えるわよね」
言い終えたエレノアがにっこりと笑うと、グレイは矢継ぎ早の言葉に真顔になっていた。
そして僅かの間、言葉を詰まらせていたが、やがて意を決したのか。
「剣王国」
と、グレイは一言だけ呟いた。
(やっぱり。……十中八九、中立地帯を視察している剣王国の騎士。それなら納得がいくわ)
エレノアはグレイを盗み見た。彼は全体的な印象として旅人にしては洗練されすぎている。よく見るとブラウン色の外套は旅の装いとしては質が良く、身綺麗なものに見えた。
剣の鞘や革帯の小物もそうである。凄腕で裕福なのかもしれないが、彼の言う旅の剣士といった肩書にはどうしても違和感が残る。
そしてノーラスは聖王国、剣王国、砂王国、三大国の緩衝地帯となる山岳地帯であり、協定を結んだ三国にとってデリケートな地域とも言えた。
このような状況でも表立っての介入は、一世紀近くに渡って続いた協定に悪しき影響を及ぼす可能性も否定できない。彼が身分を隠している事は、なんら不思議な事ではなかった。
「……美しい翼のお嬢さん。ここは中立地帯だ。色々察してくれると嬉しい」
グレイはそれだけ告げて、視線をエレノアから外し、遠くの丘陵に見える村と包囲する小鬼の群れに視線を向けた。
「お互いの立場の詮索はやめましょう。私は旅の光術師で、貴方は旅の剣士。それでいいかしら」
「ああ。僕達は旅人という事で。でも君とは個人的に、お近づきになりたいな。……君の名前を教えてくれないか」
「個人的にね。……私としては近づき過ぎるのは遠慮したいけど」
「適度な距離感で構わないよ。……見ての通り小鬼の集団に村が包囲されている。立場は違えど、お互いに協力できる事があるかもしれないと思ってね」
眼下の丘陵の村は小鬼の大軍によって包囲されていた。
それについてはエレノアとしても何とかしたいと考えていたので、特に反対する理由はない。
「協力することはやぶさかでもないけど。名前は……ごめんなさい。名乗りたくないわ」
グレイが信用できないという事ではない。聖女候補だった、そして偽聖女の代名詞となってしまったであろう、エレノアを名乗るべきなのだろうか。
偽聖女としての悪名が、これから他国にも伝播していく事は十分考えられる。
不名誉の代名詞。だが聖女神信仰者は最初の名を大切にする習慣がある。エレノアは迷っていた。
「僕が信用に値しないという訳だね。君に取った対応を考えれば無理もない。……ならば、この場では偽名を使っても良かったのでは」
「グレイ。聖女神の教えでは生まれ持った名を大切にする習慣があるの」
名前を捨てようか迷っているのに、エレノアはそんな事を言った。
それは自分が聖王国にとって良い存在にはなれなかったという、自己批判にも似た皮肉が込められていた。
「なるほど。聖女神の教えか。……では、僕は君をどのように呼んだらいいのかな」
「私からは、こうしろとは言えないけど、貴方が好きなように呼べばいいわ。……それで反応してあげる。酷くない名前ならね」
エレノアが意地悪っぽく笑うと、グレイは右手を顎に触れて思考を巡らせていた。
もし気に入った名前だったら、その偽名を使い続けてもいいかもしれないと思っていた。グレイのセンス次第である。
「では、天使様」
「……は?」
「失敬。熾天使様はどうかな」
「怒るわよ」
エレノアは立て続けに拒否し、グレイを睨みつけた。
「大真面目だよ。君が大切にしている名を上書きするからには、相応の呼び名を」
「エレノア」
気恥ずかしいあだ名に辟易し、エレノアはグレイを睨み付けながら本名を名乗った。その際に語気が強まった事に気付いて思わず顔をしかめた。
「エレノア……とても素敵な名前だね。では、よろしくエレノアさん」
目を細め、微笑みながら握手を求めてきたグレイに、エレノアは面白くなさそうに歯を食いしばると、少し視線を外して応じた。揶揄われているのかもしれない。そして調子が狂わされる苦手なタイプだと直感した。
まずエレノアは誤魔化しのない情報を伝え、グレイの出方を窺った。
「……そうだろうね。聖王国への道は、あって無いようなものだったと記憶しているよ。高名な光術師の方と見受けるけど、中立地帯の村を目指して山岳を突っ切ってくるなんて、何か事情があったのかな」
グレイはやや真剣そうな面持ちでエレノアに対し探りを入れてきた。
彼の言う通り、道はあって無いようなものという表現で正しいし、この中立地帯のど真ん中で、聖王国の光術師がうろついているのは不自然と感じるのも無理はない。
ただ、エレノアとしては聖王都追放の流れで山岳地帯を進む羽目になっただけで、村を目指した事情といえば、魔法力の回復が図れる質の良い食事とベッドを求めていたという単純な理由だった。
「グレイ。何か事情があったとして、旅の剣士である貴方に伝えないといけないのかしら?」
そして、旅人の剣士を名乗るグレイが、それを気にしている事自体が不自然である。エレノアは彼が村の関係者、あるいはどこかの国の人間だと直感した。
「……私としては言ってもいいけど、その場合は貴方も隠し事は無しにして貰うわ。……ところでグレイ、貴方は何処から来たの? 私も教えたのだから、きっと教えて貰えるわよね」
言い終えたエレノアがにっこりと笑うと、グレイは矢継ぎ早の言葉に真顔になっていた。
そして僅かの間、言葉を詰まらせていたが、やがて意を決したのか。
「剣王国」
と、グレイは一言だけ呟いた。
(やっぱり。……十中八九、中立地帯を視察している剣王国の騎士。それなら納得がいくわ)
エレノアはグレイを盗み見た。彼は全体的な印象として旅人にしては洗練されすぎている。よく見るとブラウン色の外套は旅の装いとしては質が良く、身綺麗なものに見えた。
剣の鞘や革帯の小物もそうである。凄腕で裕福なのかもしれないが、彼の言う旅の剣士といった肩書にはどうしても違和感が残る。
そしてノーラスは聖王国、剣王国、砂王国、三大国の緩衝地帯となる山岳地帯であり、協定を結んだ三国にとってデリケートな地域とも言えた。
このような状況でも表立っての介入は、一世紀近くに渡って続いた協定に悪しき影響を及ぼす可能性も否定できない。彼が身分を隠している事は、なんら不思議な事ではなかった。
「……美しい翼のお嬢さん。ここは中立地帯だ。色々察してくれると嬉しい」
グレイはそれだけ告げて、視線をエレノアから外し、遠くの丘陵に見える村と包囲する小鬼の群れに視線を向けた。
「お互いの立場の詮索はやめましょう。私は旅の光術師で、貴方は旅の剣士。それでいいかしら」
「ああ。僕達は旅人という事で。でも君とは個人的に、お近づきになりたいな。……君の名前を教えてくれないか」
「個人的にね。……私としては近づき過ぎるのは遠慮したいけど」
「適度な距離感で構わないよ。……見ての通り小鬼の集団に村が包囲されている。立場は違えど、お互いに協力できる事があるかもしれないと思ってね」
眼下の丘陵の村は小鬼の大軍によって包囲されていた。
それについてはエレノアとしても何とかしたいと考えていたので、特に反対する理由はない。
「協力することはやぶさかでもないけど。名前は……ごめんなさい。名乗りたくないわ」
グレイが信用できないという事ではない。聖女候補だった、そして偽聖女の代名詞となってしまったであろう、エレノアを名乗るべきなのだろうか。
偽聖女としての悪名が、これから他国にも伝播していく事は十分考えられる。
不名誉の代名詞。だが聖女神信仰者は最初の名を大切にする習慣がある。エレノアは迷っていた。
「僕が信用に値しないという訳だね。君に取った対応を考えれば無理もない。……ならば、この場では偽名を使っても良かったのでは」
「グレイ。聖女神の教えでは生まれ持った名を大切にする習慣があるの」
名前を捨てようか迷っているのに、エレノアはそんな事を言った。
それは自分が聖王国にとって良い存在にはなれなかったという、自己批判にも似た皮肉が込められていた。
「なるほど。聖女神の教えか。……では、僕は君をどのように呼んだらいいのかな」
「私からは、こうしろとは言えないけど、貴方が好きなように呼べばいいわ。……それで反応してあげる。酷くない名前ならね」
エレノアが意地悪っぽく笑うと、グレイは右手を顎に触れて思考を巡らせていた。
もし気に入った名前だったら、その偽名を使い続けてもいいかもしれないと思っていた。グレイのセンス次第である。
「では、天使様」
「……は?」
「失敬。熾天使様はどうかな」
「怒るわよ」
エレノアは立て続けに拒否し、グレイを睨みつけた。
「大真面目だよ。君が大切にしている名を上書きするからには、相応の呼び名を」
「エレノア」
気恥ずかしいあだ名に辟易し、エレノアはグレイを睨み付けながら本名を名乗った。その際に語気が強まった事に気付いて思わず顔をしかめた。
「エレノア……とても素敵な名前だね。では、よろしくエレノアさん」
目を細め、微笑みながら握手を求めてきたグレイに、エレノアは面白くなさそうに歯を食いしばると、少し視線を外して応じた。揶揄われているのかもしれない。そして調子が狂わされる苦手なタイプだと直感した。
0
あなたにおすすめの小説
追放された聖女は旅をする
織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。
その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。
国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします
紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド
どこにでも居る普通の令嬢レージュ。
冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。
風魔法を使えば、山が吹っ飛び。
水魔法を使えば大洪水。
レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。
聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。
一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。
「その命。要らないなら俺にくれないか?」
彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。
もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!
ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。
レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。
一方、レージュを追放した帝国は……。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
「人の心がない」と追放された公爵令嬢は、感情を情報として分析する元魔王でした。辺境で静かに暮らしたいだけなのに、氷の聖女と崇められています
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は人の心を持たない失敗作の聖女だ」――公爵令嬢リディアは、人の感情を《情報データ》としてしか認識できない特異な体質ゆえに、偽りの聖女の讒言によって北の果てへと追放された。
しかし、彼女の正体は、かつて世界を支配した《感情を喰らう魔族の女王》。
永い眠りの果てに転生した彼女にとって、人間の複雑な感情は最高の研究サンプルでしかない。
追放先の貧しい辺境で、リディアは静かな観察の日々を始める。
「領地の問題点は、各パラメータの最適化不足に起因するエラーです」
その類稀なる分析能力で、原因不明の奇病から経済問題まで次々と最適解を導き出すリディアは、いつしか領民から「氷の聖女様」と畏敬の念を込めて呼ばれるようになっていた。
実直な辺境伯カイウス、そして彼女の正体を見抜く神狼フェンリルとの出会いは、感情を知らない彼女の内に、解析不能な温かい《ノイズ》を生み出していく。
一方、リディアを追放した王都は「虚無の呪い」に沈み、崩壊の危機に瀕していた。
これは、感情なき元魔王女が、人間社会をクールに観測し、やがて自らの存在意義を見出していく、静かで少しだけ温かい異世界ファンタジー。
彼女が最後に選択する《最適解》とは――。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く
腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」
――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。
癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。
居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。
しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。
小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる