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第二章 籠城する村への道
夕餉
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食卓に着く直前にグレイに無一文である事を告げると、お金の事は心配要らないと言われ、そのお言葉に甘える事にした。
成り行きで村にお世話になっているが、まだ対価として何一つ成していないのである。
「食料の備蓄は四カ月分以上はあります。エレノアさん、このような籠城の真っ只中ですが、どうか、ゆっくり食事を楽しみ羽休めをしていただければ」
食卓ではソーン村長から労いの言葉をかけられた。そして、食卓に並べられた料理は聖王国では珍しい山の幸を活かした郷土料理の数々。味はエレノアの鞄にあった塩分が効きすぎている携帯食とは比べ物にならない美味なものだった。
今後の対小鬼の協力といった打算もあるかもしれないが、篭城戦という緊張下にある中、精一杯の持て成しをしてくれた事にエレノアは感謝した。
「ときにエレノアさん。聖王国から来たそうですな」
「ええ。四日半ほど。想像以上の悪路で少し大変な旅になりました」
「それについては申し訳ない。村から聖王国へ行く宛てのある者もおらず。……優れた光術師と聞きましたが、さぞ高名な方だったりするのでしょうな」
ソーンの言葉に、エレノアは思考を巡らせた。
奴隷の身分から聖王に買われ聖女候補に。聖女候補から転じて偽聖女に。そしてついには放浪の野良光術師。総じてみれば、一見御大層な雰囲気があるものの、よく見ればそうではない。
候補は候補であり、偽は偽である。稀代の聖女候補として幼少から期待を受けてきたが、ついに本物の聖女になる事はなかった。
最高魔力。黒髪の光術師。聖王に寵愛されし天才。
聖王国では聖職者に様々な呼ばれ方をしたが、これらが期待の表れから来るものだったとしたら、結果、期待を裏切った形になってしまった。
「……今は宛てのない野良光術師ですから。かつて期待を背負った事もありますが、落ちぶれた身です」
「……何か事情がおありのようで。では、この話は終わりに。……もし差し支えがなければ、このノーラスが聖王国で、どのような認識をされているか、御存知でしたら」
「……ソーン村長。失礼な物言いになりますが、興味ない、というのが正確だと思います。私も中立地帯に村があるらしい、程度の認識でした」
エレノアは悪戦苦闘しながら進んだ山道を思い出しつつ、ソーンに正直に告げた。
聖都エリングラードからノーラス村の山道は荒れ放題であり、さらには吊り橋が崩落していた。この様子だと、ソーンの言う通り、エリングラードとノーラス間の交流はなく往来すら皆無である。思い返せば道中、人間は一度たりとも見かけなかった。
「ふむ。……そういった扱いが続いてくれれば、ワシらとしてもありがたい事ですな」
ソーンは目を閉じながら、長い白髭を撫でていた。この発言からすると、ノーラス村は聖王国と仲良くなりたいという考えはなく、お互い無関心の関係で現状維持してくれれば構わないという事なのだろう。
「……エレノアさん。宛てのない、というのは本当なのかな」
対面で食事をしているグレイがエレノアに問いかけた。
グレイは食卓での振舞いも優雅であり、捌き方一つを見ても、食事作法が行き届いている様子が窺える。エレノアもそういった作法は聖都エリングラードで学んできた為、こういった仕草からも彼がどういった教育を受けているかを想像する事が出来た。
「本当よ。言ったでしょう、もう聖王国と無関係な人間って。ただの野良光術師よ。……私は貴方に嘘をついていない」
「申し訳ない。疑ったつもりはなかった。……エレノアさん、君の身の上は敢えて問わない。もし宛てのない放浪の旅ならば剣王国に来ないか。剣王都ファルシオンまでは四日あれば着く」
「貴方は旅の剣士なのだから、行かないかなら分かるけど、来ないかって言い方はおかしいわね」
「そうだね。……良い返事を聞かせて欲しいな」
今更ながらそんな指摘をするエレノアに対し、グレイは特に否定も訂正もしなかった。
勘ぐり過ぎかもしれないが、彼の発言は、あえて隙を与えているようにも思えた。自ら正体は明かさないが、あえて匂わせるという事だ。もはや彼が剣王国の関係者である事は疑いようはない。
しかし、お互い詮索を止すと言った事もあり、エレノアはそれ以上の指摘は控えた。
グレイの真剣そうな表情は冗談文句ではないように感じた。あるいは自分の勘違いかもしれないが、そう思わせるだけのテクニックがあるという事だ。
果たして、目の前の青年の誘いを断れる女性はどれくらい居るのだろうかと思いつつも、エレノアは剣王国の事について知っている知識を思い起こしていた。
剣王国。疾風の剣士と呼ばれた傭兵団長ファルクが建国したとされる国であり、剣王都ファルシオンを首都とする。隣接国が多く、戦乱が起きやすい大陸中央部でも、二〇〇年余り続く大国の一つ。
剣王国、聖王国、砂王国とは相互不可侵の不戦同盟が一世紀ほど前に締結され、ノーラス村がある山岳地帯は、この三国をまたがるように緩衝地帯として存在している。
実の処、ここからの行き先は限られている。聖王国、砂王国、剣王国、そしてノーラス村に留まるの四択。
聖王国は追放された地であり問題外として、砂王国で聖女神は異教であり、間違いなくエレノアにとって居心地の良い国ではない。
村の防衛機構を作り上げたと言われる土の賢者ロックのように、ノーラス村に住んでスローライフでも送るつもりがないのであれば、剣王国に向かうのがベターなのである。
だが、目の前にいる端整な顔立ちをした美青年の誘い文句に乗りましたという形になるのが、何となく嫌だった。
どうして、そう思わされているのかは、わかりたくなかった。相手はまだ知り合って、そう間もない相手だからである。
「聖王国、砂王国、剣王国。……まあ、消去法としては、そうなるでしょうね。ここに留まるという訳にもいかないでしょうし」
エレノアが仕方なくといったように告げると、グレイは目を細め、笑顔を向けた。
「エレノアさん、それは承諾の返事と解釈していいのかな。この村でお別れというのは、些か寂しいと思っていたのでね」
「……私が聖王国に戻らないか、監視したいだけじゃないの? 秘密通路の事を知ってしまったから」
「そんなつもりはないよ。私は単純に君に興味がある。君を思い出した時に逢える処に居てくれると嬉しい。祈りを教えてくれるとも約束したし」
説き落とす為の口上の理由は、きっと祈りのノウハウについて、そして光魔法の能力を買ってくれているのだろう。熾天翼が高いレベルの光魔法という事を彼は知っている。
エレノアが持っているものは、最高魔力と呼ばれた高い魔力と、一〇年磨き上げてきた光魔法のレベル6認定のみだった。
光術師が少ないと言われている剣王国に行けば、生きていく術の宛てがあるかもしれない。その上で彼と仲良くしておくのは損ではないと判断した。
「……わかったわ。もしグレイが剣王国に顔が利く立場なら、私に良い仕事先でも教えてくれると助かるわね。放浪したくてしてるわけではないの」
◇
夕餉の後、リリアに良質な布団とベッドのある部屋に案内され、その際に、寝間着用にと、ゆったりとした白無地のワンピースを貸してくれた。どうやら夕餉の合間にエレノアに合った衣服を何処かから調達してくれたらしい。
部屋に付くと窮屈だったリリアの私服からワンピースに着替え、エレノアはベッドに潜り込むと早々に眠りについた。
村の外を取り囲む小鬼と篭城戦の経過が気になってはいたが、至福ともいえる羽毛布団の寝心地は、その思考をあっという間に霧散させてしまった。
成り行きで村にお世話になっているが、まだ対価として何一つ成していないのである。
「食料の備蓄は四カ月分以上はあります。エレノアさん、このような籠城の真っ只中ですが、どうか、ゆっくり食事を楽しみ羽休めをしていただければ」
食卓ではソーン村長から労いの言葉をかけられた。そして、食卓に並べられた料理は聖王国では珍しい山の幸を活かした郷土料理の数々。味はエレノアの鞄にあった塩分が効きすぎている携帯食とは比べ物にならない美味なものだった。
今後の対小鬼の協力といった打算もあるかもしれないが、篭城戦という緊張下にある中、精一杯の持て成しをしてくれた事にエレノアは感謝した。
「ときにエレノアさん。聖王国から来たそうですな」
「ええ。四日半ほど。想像以上の悪路で少し大変な旅になりました」
「それについては申し訳ない。村から聖王国へ行く宛てのある者もおらず。……優れた光術師と聞きましたが、さぞ高名な方だったりするのでしょうな」
ソーンの言葉に、エレノアは思考を巡らせた。
奴隷の身分から聖王に買われ聖女候補に。聖女候補から転じて偽聖女に。そしてついには放浪の野良光術師。総じてみれば、一見御大層な雰囲気があるものの、よく見ればそうではない。
候補は候補であり、偽は偽である。稀代の聖女候補として幼少から期待を受けてきたが、ついに本物の聖女になる事はなかった。
最高魔力。黒髪の光術師。聖王に寵愛されし天才。
聖王国では聖職者に様々な呼ばれ方をしたが、これらが期待の表れから来るものだったとしたら、結果、期待を裏切った形になってしまった。
「……今は宛てのない野良光術師ですから。かつて期待を背負った事もありますが、落ちぶれた身です」
「……何か事情がおありのようで。では、この話は終わりに。……もし差し支えがなければ、このノーラスが聖王国で、どのような認識をされているか、御存知でしたら」
「……ソーン村長。失礼な物言いになりますが、興味ない、というのが正確だと思います。私も中立地帯に村があるらしい、程度の認識でした」
エレノアは悪戦苦闘しながら進んだ山道を思い出しつつ、ソーンに正直に告げた。
聖都エリングラードからノーラス村の山道は荒れ放題であり、さらには吊り橋が崩落していた。この様子だと、ソーンの言う通り、エリングラードとノーラス間の交流はなく往来すら皆無である。思い返せば道中、人間は一度たりとも見かけなかった。
「ふむ。……そういった扱いが続いてくれれば、ワシらとしてもありがたい事ですな」
ソーンは目を閉じながら、長い白髭を撫でていた。この発言からすると、ノーラス村は聖王国と仲良くなりたいという考えはなく、お互い無関心の関係で現状維持してくれれば構わないという事なのだろう。
「……エレノアさん。宛てのない、というのは本当なのかな」
対面で食事をしているグレイがエレノアに問いかけた。
グレイは食卓での振舞いも優雅であり、捌き方一つを見ても、食事作法が行き届いている様子が窺える。エレノアもそういった作法は聖都エリングラードで学んできた為、こういった仕草からも彼がどういった教育を受けているかを想像する事が出来た。
「本当よ。言ったでしょう、もう聖王国と無関係な人間って。ただの野良光術師よ。……私は貴方に嘘をついていない」
「申し訳ない。疑ったつもりはなかった。……エレノアさん、君の身の上は敢えて問わない。もし宛てのない放浪の旅ならば剣王国に来ないか。剣王都ファルシオンまでは四日あれば着く」
「貴方は旅の剣士なのだから、行かないかなら分かるけど、来ないかって言い方はおかしいわね」
「そうだね。……良い返事を聞かせて欲しいな」
今更ながらそんな指摘をするエレノアに対し、グレイは特に否定も訂正もしなかった。
勘ぐり過ぎかもしれないが、彼の発言は、あえて隙を与えているようにも思えた。自ら正体は明かさないが、あえて匂わせるという事だ。もはや彼が剣王国の関係者である事は疑いようはない。
しかし、お互い詮索を止すと言った事もあり、エレノアはそれ以上の指摘は控えた。
グレイの真剣そうな表情は冗談文句ではないように感じた。あるいは自分の勘違いかもしれないが、そう思わせるだけのテクニックがあるという事だ。
果たして、目の前の青年の誘いを断れる女性はどれくらい居るのだろうかと思いつつも、エレノアは剣王国の事について知っている知識を思い起こしていた。
剣王国。疾風の剣士と呼ばれた傭兵団長ファルクが建国したとされる国であり、剣王都ファルシオンを首都とする。隣接国が多く、戦乱が起きやすい大陸中央部でも、二〇〇年余り続く大国の一つ。
剣王国、聖王国、砂王国とは相互不可侵の不戦同盟が一世紀ほど前に締結され、ノーラス村がある山岳地帯は、この三国をまたがるように緩衝地帯として存在している。
実の処、ここからの行き先は限られている。聖王国、砂王国、剣王国、そしてノーラス村に留まるの四択。
聖王国は追放された地であり問題外として、砂王国で聖女神は異教であり、間違いなくエレノアにとって居心地の良い国ではない。
村の防衛機構を作り上げたと言われる土の賢者ロックのように、ノーラス村に住んでスローライフでも送るつもりがないのであれば、剣王国に向かうのがベターなのである。
だが、目の前にいる端整な顔立ちをした美青年の誘い文句に乗りましたという形になるのが、何となく嫌だった。
どうして、そう思わされているのかは、わかりたくなかった。相手はまだ知り合って、そう間もない相手だからである。
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エレノアが仕方なくといったように告げると、グレイは目を細め、笑顔を向けた。
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