追放された最高魔力の偽聖女が、真の聖女と呼ばれるまで

銀麦

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第三章 偽聖女の初陣

氷河

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 グレイの本名はグレイシャルだった。その事には別段驚きはない。その呼び名には『氷河』という意味があった気がしたが、剣王国のある地方ではそういう名付け方も慣習としてあるのかもというくらいである。
 だが、次にグレイから出た剣王ファルクⅦ世が実父という台詞はエレノアを驚かせるものだった。

「……それって、グレイが剣王国王子って事にならない?」

 エレノアは半信半疑なまま、この解釈であっているかどうかを確認した。

「一応はね。でもそんな大層な身分ではないよ。僕に王位継承権は実質ない。正室から生まれた優秀な兄と姉が居るし、側室にも幼いながら双子の男子がいる」

 淡々と告げるグレイの言葉に嘘は感じなかった。一般人には滅多に見られないような美貌に加え、高い教養と魔法に身に着けているとなれば、何かしら高度な教育を受ける身分であった事は明白だからである。
 
「嘘ではないのね。……驚いたけど納得出来ないわけではないわ。レナードが騎士である事を否定したの」
「レナードが。……他ならぬエレノアさんになら仕方ないな」
「ごめんなさい。貴方が居ない時にそんな事をして。レナードが教えてくれたのはそれだけよ。……気になったけど、幼い双子の方が継承順位が上なの?」

 エレノアの質問に、グレイはわずかに表情を陰らせたように見えた。

「……有り体に言えば、僕は父上のお手付きによって生まれた忌み子でね。母は正室でも側室でもなく、既に夫がいる宮廷仕えの水術師だった」

 秘密を語るグレイは淡々としたものだったが、それに反して内容は少し複雑な様相を呈していた。

「施政者、そして一介の剣士としての父上は尊敬しているが、この件については心の底から軽蔑している。……生来たった一度の過ちで僕が生まれたという事だが、信じられるわけがない」

 聞いた話だけではどうしてその行為に至ったかは分からない。だが、どんな事情があったとしても、既に夫がいる宮廷術師と交わり孕ませてしまったという事実は、倫理的にもそうだが、生まれた子の王国内の立場などを踏まえると、尋常ではない話のように聞こえた。
 もし剣王ファルクⅦ世が施政者および武人として優れていたとしても、人としてどうなのかを問いたいくらいだが、そういった過ちがなければ生を受けていない彼としても複雑な思いがあるはずで、今はそれを安易に批判する事さえ気が引けた。

「随分と重たい話だったみたいね。……教えてと要求しておいて難だけど、聞いてもいい話だったのかしら」
「もちろん。エレノアさんに聞いて貰えて嬉しかった。他言無用で。ノーラス村でも僕の素性を知っているのはレナードと村長一家だけだ。……レナードには返しきれないくらいの恩があってね」

 その説明から、剣王国で傭兵をしていたというレナードとの親しさが窺えた。秘密を共有出来るくらいの強い信頼関係があるのだろう。それはグレイがこの場に赴いている事も関係があるのかもしれない。

「わかったわ。それにしても……そんな立場の人が、よく中立地帯に出入りして密偵みたいな事をやっているわね。とても危うい事だと思うわ」
「大した立場ではないんだ。僕は公には王族としての扱いを受けていない。ある程度自由にやっている代わりに、父上や兄上には、厄介ごとに巻き込まれたら、国とは無関係と切り捨てると言われているよ。……まあ、そんな処かな」

 彼は剣王国では公の存在ではないという事だ。その扱いからしても、捕縛されたら切り捨てられる事になる密偵と変わらないだろう。
 ただ、伝説的な傭兵団長を祖に持つ血統から裏付けられた巧みな剣才、それに加えて高いレベルの水魔法と風魔法が扱える稀有な人材でもある。その役割を担えば彼の右に出る者は存在しないかもしれない。

「ありがとう。腑に落ちたわ。大変な身の上を聞いてしまったわね」
「……エレノアさん。君の事も少し聞いていいだろうか。……あの叫びは事実なのかな」
「あの叫び? ……何の事かしら」

 エレノアが訝しげにグレイを見ると、どこか遠慮するような何とも言い難い表情をしていた。
 聞いていいのか迷っていると言った表現が適切かもしれない。

「言って。怒らないから」
「……クソ王子に追放されたとか、偽聖女の意地を見せるとか。少し……いや、かなり気になっていてね」

 雨降りしきる爆心地で小鬼ゴブリンに囲まれ絶体絶命の処、気合を奮い立たせる為の雄叫びは、見事なまでにグレイに聞かれていた。
 エレノアは信じられないといった表情で、目を見開きながらグレイを見た。

「いやぁ……き……聞いてたの!?  嘘でしょ」
「お陰で一早く駆けつけられたよ。とても勇壮で素敵だったと思う」

 爽やかな笑顔を向けるグレイを見て、エレノアは顔から火が出そうになり両手で顔を覆った。よりによって、あの品のない叫びを、淡い想いを寄せる彼に聞かれていたのは致命的なように思えた。今更取り繕っても手遅れだろう。

「……好感度が下がったかもしれないわね。もっと乙女チックな悲鳴にしておくべきだったかしら。誰かお願い助けてって」
「勇ましい方が君らしくて僕は好きだな」

 エレノアが浮かない表情でぼそりと呟いたが、グレイは勇壮な叫びの方を肯定してくれた。

「まあ……私だけ言わないのも不公平アンフェアだし、この際だから言うわね。叫んだ内容は事実よ。今の私は偽聖女。聖女候補の成れの果てとでもいった処だわ」

 エレノアはさらに続けた。

「第一王子リチャードとは長年折り合いが悪くてね。聖女継承の儀で色々あって、聖王国から追放されたの。だから貴方と剣王家の関係みたいな、裏でうっすらと繋っていますみたいな事も本当にないのよ」
「……リチャード王子に。聖王国の仕組みを考えると、常軌を逸した判断としか思えない。聖結界は大丈夫なのかな」

 グレイは驚いた様子を見せていたが、それは代理となる聖女候補が居ないと思っているからだろう。
 エレノアは補足するように説明を始めた。

「聖結界は大丈夫。……他に聖女となる資質を持った少女が聖女継承をして、しっかりやっていると思うわ。それで、私はお払い箱になって中立地帯の山に追放されたという話。ノーラス村に流れ着いたのも完全に成り行きなの。……これくらいかしら」

 エレノアが説明を終えると、グレイは納得したような表情を見せた。

「聖女継承が済んだという事は、大聖女アリアは亡くなられたという事か。……大聖女の名は剣王国にも轟いていたよ」
「そうでしょうね。アリア様は聖王国史上最高の聖女と言われていたから。半世紀近く力を振い続けたと考えると、六四歳は長命な方だったみたいだけど、それでも早すぎると感じてしまうわ。……大変だったとは思うけど、ずっと長生きして欲しかった」

 継承の年齢にもよるが聖女は代々短命とされていた。救国の責務の重さ、力を行使する事による身体や精神への負担、そして極光の書が生命力を吸い上げているなど諸説あるが、若くして継承した多くの聖女は継承後、二〇年から三〇年ほどで体調に変化が訪れ、それから一〇年しないうちに聖女神エリンの迎えを受けるものがほとんどだった。
 逆に契約後の聖女が急死したという例も全くない。極光の書が生命力を吸い上げるまで、契約者を生かす強い働きがあるのではないかとされていたが、一冊限りの貴重な国宝である為、研究の機会は得られなかった。

「……それでは、エレノアさんは聖王国に戻れないという事で間違いないね」
「聖王国の地は、少なくともリチャードが幅を利かせている間は踏めないでしょうね。帰るという選択肢は、仮に私が望んだとしても無理な事」

 その説明によって、グレイはようやく納得したような表情を見せた。
 彼が今までエレノアの事を逃亡した聖女候補と思っていたのは間違いなかったが、説明によってそれを上書き出来たのだろう。

「前にも言ったでしょう。最初から野良光術師よ。聖女候補だった事は言わなかったけど、貴方に嘘をついた覚えは一度もないわ」
「よかった。それだけが気掛かりだった」

 グレイはエレノアの瞳を見た。鋭い眼差しと共に、口元が意地悪そうに歪んだように見えた。

「もし聖女候補が逃亡したという事だったら、君を連れ帰ったら聖王国との関係がどうなるか分からないからね。……でも、追放されたという事なら」

 グレイはベッドに身を乗り上げると、エレノアに顔を近づけた。

「君を剣王国に連れ帰っても何も問題ない。というより、連れて帰るつもりだけどね」

 グレイは目を細めて微笑を浮かべた。いつの間に手首を握られている。

「え……ちょっと、グレイ」
「僕の秘密に責任を負うと言ったね。エレノアさん、一体どう責任を負うのかな」
「あ……確かに言ったけど、ちょっと待って……」

 意地悪そうに笑うグレイの顔が目の前まで迫っていた。息のかかりそうな至近距離で、氷のような碧眼で見つめられ、理性が弾け飛びそうになる。理知に基づいたエレノアの思考は紡ぎかけては溶けるように霧散した。
 何とかこの状況から逃れようとしたエレノアは、グレイを手で押し除けるのが精一杯だった。

「あ……あの……ごめんなさい」

 グレイを押し返した後、狼狽し呼吸が荒くなっているのがわかった。心の底から拒絶したかったわけではないが、どうにかなってしまう前に、それをしない訳にはいかなかった。

「……えっと……触れられたり……そういう、経験がなくて」
「知ってるよ」
「えっ」
「──熾天翼セラフウィングのタンデムに失敗した時から、何となくそうなのかなって。あの時も随分と初心うぶな反応だったから」

 拳で口を押さえ、思い出し笑いを堪えているグレイを見て、エレノアは身体を震わせた。
 心配を装った態度だったが、あの頃からそう思われていたという事である。

「違うわ。あれは……あれは、バランスを崩しただけよ!」
「……君が疲れているのを失念していたよ。エレノアさんへのアプローチは、また別の機会にしよう」

 グレイはそう言い終えると、少し残念そうな表情を見せつつ、部屋から退出した。
 一人ぽつんと取り残された部屋で、エレノアは呆然とした面持ちをしていたが、先程の出来事を思い返し、次第に顔を真っ赤にしていった。

(優しそうに見えたのに、あんな意地悪ばかりして……ああもうやだどうして)

 ぼろ負けもいい処である。
 エレノアはいいようにされてしまった恥ずかしさから、布団を思い切り被って身悶えていた。
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