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悪魔の選択
お母さん
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「――入るね、お母さん」
それから、一ヶ月ほど経て。
街一番の総合病院、その一室にて。
そう、扉越しに告げる。だけど、返事はない。それでも、構わず扉を開き足を踏み入れる。そんな私に続いて、二人――迷惑でなければ、一緒に来ると申し出てくれたサーシャとドローテさんが病室へと入っていく。すると、そこには――
「――うああぁ!! うああぁ!! うああああぁっ!!」
「お母さん!」
私を見るやいなや、狂ったように声を荒げる青白い顔の女性。私はすぐに近づいて、どうか落ち着いてと宥めるも、些かの効果もない。
……まあ、昨日今日に始まったことじゃないんだけどね、こんなの。あれ以来――父が例の事件で捕まって以来、母の精神はすっかり崩壊してしまって。
「……その、大丈夫かい? セリア」
「うん、ありがとサーシャ。でも、ごめんねサーシャ、ドローテさん。うちの母が、迷惑掛けちゃって」
それから、およそ一時間後。
たなびく雲が朱色を帯びる帰り道にて、申し訳なくそう伝えると、気にしないでと穏やかに微笑む二人。……まあ、そう言ってくれるのは分かってたけど。
ただ、申し訳ないのは本当で。あれからもずっと喚き散らした挙げ句、あろうことか近くにあった花瓶を投げつけ、それがサーシャのすぐ傍を横切って。当たってないから大丈夫――いつもの優しい微笑でそう言ってくれたけど……ほんとに、大丈夫かな? ほんとは、怪我してないかな?
「……それにしても、悲しいよね。昔は優しかったお母さんが、今やあんなふうにな……あっ、ごめんねセリアちゃん! その、お母さんを悪く言うつもりじゃ……」
「……いえ、気にしないでくださいドローテさん」
失言だと思ったのか、慌てて謝意を告げるドローテさんに軽く首を振り答える私。別に、何も悪いことは言ってない。あれを見たら、そりゃあんなふうとか言いたくもなるよ。
ところで、ドローテさん――そして、サーシャも実際に以前の母を知ってるわけじゃない。以前はとても優しく、暖かな愛情を以て私に接してくれた――そう、二人に伝えただけ。そもそも、私達が知り合った時期から鑑みても、当時の母を知ってる可能性は皆無とは言わずとも限りなく低いだろうし。
「……おやすみ、セリア。ゆっくり休むんだよ」
「おやすみ、セリアちゃん」
「うん、おやすみサーシャ、ドローテさん」
その日の夜のこと。
挨拶を交わし、それぞれの部屋へと向かう私達。私は一人――そして、二人は一緒の部屋へと。そんな彼らの去りゆく背中に、ズキリと胸が痛くなって。
……やっぱり、好きなのかな。……いや、まだたったの……うん、そこまでではないはず。……でも、ひょっとしたらそれも時間の問題。だから、その前に――
――それから、一週間ほど経過したある日のことだった。卒然、目を疑うような光景を目にしたのは。
それから、一ヶ月ほど経て。
街一番の総合病院、その一室にて。
そう、扉越しに告げる。だけど、返事はない。それでも、構わず扉を開き足を踏み入れる。そんな私に続いて、二人――迷惑でなければ、一緒に来ると申し出てくれたサーシャとドローテさんが病室へと入っていく。すると、そこには――
「――うああぁ!! うああぁ!! うああああぁっ!!」
「お母さん!」
私を見るやいなや、狂ったように声を荒げる青白い顔の女性。私はすぐに近づいて、どうか落ち着いてと宥めるも、些かの効果もない。
……まあ、昨日今日に始まったことじゃないんだけどね、こんなの。あれ以来――父が例の事件で捕まって以来、母の精神はすっかり崩壊してしまって。
「……その、大丈夫かい? セリア」
「うん、ありがとサーシャ。でも、ごめんねサーシャ、ドローテさん。うちの母が、迷惑掛けちゃって」
それから、およそ一時間後。
たなびく雲が朱色を帯びる帰り道にて、申し訳なくそう伝えると、気にしないでと穏やかに微笑む二人。……まあ、そう言ってくれるのは分かってたけど。
ただ、申し訳ないのは本当で。あれからもずっと喚き散らした挙げ句、あろうことか近くにあった花瓶を投げつけ、それがサーシャのすぐ傍を横切って。当たってないから大丈夫――いつもの優しい微笑でそう言ってくれたけど……ほんとに、大丈夫かな? ほんとは、怪我してないかな?
「……それにしても、悲しいよね。昔は優しかったお母さんが、今やあんなふうにな……あっ、ごめんねセリアちゃん! その、お母さんを悪く言うつもりじゃ……」
「……いえ、気にしないでくださいドローテさん」
失言だと思ったのか、慌てて謝意を告げるドローテさんに軽く首を振り答える私。別に、何も悪いことは言ってない。あれを見たら、そりゃあんなふうとか言いたくもなるよ。
ところで、ドローテさん――そして、サーシャも実際に以前の母を知ってるわけじゃない。以前はとても優しく、暖かな愛情を以て私に接してくれた――そう、二人に伝えただけ。そもそも、私達が知り合った時期から鑑みても、当時の母を知ってる可能性は皆無とは言わずとも限りなく低いだろうし。
「……おやすみ、セリア。ゆっくり休むんだよ」
「おやすみ、セリアちゃん」
「うん、おやすみサーシャ、ドローテさん」
その日の夜のこと。
挨拶を交わし、それぞれの部屋へと向かう私達。私は一人――そして、二人は一緒の部屋へと。そんな彼らの去りゆく背中に、ズキリと胸が痛くなって。
……やっぱり、好きなのかな。……いや、まだたったの……うん、そこまでではないはず。……でも、ひょっとしたらそれも時間の問題。だから、その前に――
――それから、一週間ほど経過したある日のことだった。卒然、目を疑うような光景を目にしたのは。
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