恋愛短編集〜ノンジャンル〜

暦海

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悪魔の選択

予感

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「――ただいま……あれ?」


 ある日の、薄暮の頃。
 玄関を開くも、返事はない。誰もいない……わけじゃないよね。二人とも、靴があるし。そして、帰って来たらいつもだいたいどちらかが迎えてくれるんだけど……いや、考え過ぎかな。もしかしたら、二人とも寝ちゃってて聴こえなかっただけかもしれないし。

 だけど、リビングに入るなり違和感を覚える。キッチンに、切り掛けのままの食材がそのまま放置されていたから。料理はいつもサーシャか私が作ってるから、これは間違いなくサーシャだけど……彼が、こんなふうに途中で放置するなんてあり得ない。お手洗い……という可能性もなくはないかもしれないが、それも考えづらい。だって……それまで使用していたであろう包丁が、なんと床の上に転がっているから。こんなの、よほど体調が悪かったか、あるいは――


「――――っ!!」


 ――刹那、私は駆け出していた。確信はない……ないけど……それでも、ある予感が稲妻の如く全身を巡ったから。そして、二階奥の部屋――サーシャとドローテさんの部屋に到着し、ノックもなしにバッと扉を開く。すると――


「……あら、早かったわね――セリアちゃん?」


 そう、何とも悍ましい笑みで口にする優美な女性。普段とは似ても似つかない、あの優しいドローテさんとは思えない、悍ましい笑みで。


「……セリ、ア。逃げ、て……」
「――っ!! サーシャ!! ……って、えっ……?」

 すると、不意に届いた微かな声に振り向き大声を上げる。そこには――部屋の隅には、見るも強固な鎖で両手足を縛られたサーシャの姿が。もちろん、それも重大なこと。決して看過できないこと。だけど……今、とりわけ私の目を引いたのは――


「…………なん、で……」


 そう、呆然と呟く。何故なら……本来、そこにいるはずもない、ぐったりした青白い顔の女性――私の母の姿があったのだから。


「――いやー、思ったより楽だったわ。まあ、あの調子だし病室側むこうも手を焼いてたんだろうね。大切な家族のお母さまなので、是非家で面倒を見させてくださいって頼んだら、すんなり引き渡してくれたわハハハッ」

 すると、私の呟きに答えるように呵々とそんなことを告げるドローテさん。いや、答えたというかはただ言いたかっただけかな。

 ともあれ……再度、母へと視線を移す。どうやら意識はないようで、サーシャみたく拘束されてるわけじゃない。拘束そうする際に目が覚め喚き散らされでもしたら、その方が面倒と考えたのかも。万が一、今の状態――拘束なしの状態で目が覚め暴れられても、今の弱りきった母なら押さえつけるのも容易いだろうし。……ただ、そんなことより――

「……どうして、そんなことを……」

 そう、か細い声で尋ねる。すると、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべるドローテさん、そして――


「――はぁ、なんで? そんなの、恨みがあるからに決まってるでしょ? あんなにも優しい私の両親おやを理不尽に殺した、あんたの父親おやにねえ」


 そう、嗜虐の笑みを浮かべて告げる。だけど、その瞳には見紛いようもなく憎悪が宿っている。その綺麗な瞳に、底知れぬ憎悪が。そんな彼女をじっと見つめ、心の中で呟く。


 ……やっぱり、そうだったんだ。


 正直、察してはいた。と言うのも、あの事件――父が犯した、あの殺人の被害者夫婦の生前の写真が当時の新聞に載っていたのだけど……ドローテさんは、何処かその二人の面影を宿しているように見受けられたから。

 そして、それならサーシャに近づいた理由も腑に落ちる。尤も、サーシャは類稀なる美男子なので、それだけでも理由にはなるのだけど……ただ、彼女の場合は些か事情が違う。あの時点――私がドローテさんと始めて出会ったあの時点にて、サーシャにさほど好意を抱いてる様子が、彼女からはほとんど見受けられなかったから。

 ……ただ、それはそれとして――

「……それで、ご両親の仇を打つため、私を殺そうってことですか?」

 そう、震えた声で尋ねる。……まあ、それならそれでも構わない。それで、彼女が満足するのなら――

「――はぁ、そんなわけないじゃん。それじゃ、味わわせてやれないし。私の受けた苦痛を」

 すると、そのにありありと軽蔑を宿し答えるドローテさん。そして――


「――だからね、セリアちゃん。あんたには、選んでもらう。あんたの恋しい恋しいサーシャと、あんたの大事な大事なお母さん――いったい、どちらを助けるのか」


 そう、不敵な笑みで告げる。そんな彼女に何も言わず、口を真一文字に結ぶ私。すると、ややあって彼女は再び口を開いて――


「さあ、選びなよ? あんたがどっちか言えば、どっちかは助けてあげる。さもなくば――」
「……その、だったらわた――」
「あ、私を殺しては無しだから。もし、どちらも選ばなければ――言うまでもなく、両方殺す。あの男が――あんたの父親おやが、私にしたようにね」
「…………」

 私の言葉が終えぬ間に、先んじてそう言い放つドローテさん。どこまでも、私自身が苦しむことをお望みのようで。だったら……だったら、私の選択は――


「……分かりました、ドローテさん。でしたら――」
 

 








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