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悪魔の選択
――そうだよね、サーシャ?
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――それから、三日後のこと。
「……どうか、安らかに」
雲一つない、晴れやかな青空の下。
喪服を纏った数人の祈りと共に、遥か彼方へと煙が上がる。三日前、例の事件にて帰らぬ人となった母親の煙が。
『――ははっ、そっか! 好きな男のために、自分の親を犠牲にするんだ! ははっ、やっぱあんたとは分かり合えそうにないね!』
三日前の、あの部屋での一件にて。
私の告げた選択に、高笑いを交えそう言い放つドローテさん。……分かり合えない、か。まあ、そりゃそうかもね。被害者と加害者の立場じゃ、どうあっても不可能だったのかもね。
……さて、もはや説明不要かとも思うけど――私は、サーシャを選んだ。そして、それは実の母を犠牲にすることに他ならない。そんな悪魔のような二択を突きつけられ、私は確かにサーシャを選択した。分かり合えない――そう言ってはいたものの、いずれにせよ並々ならぬ苦痛を与えられてさぞかしご満悦のことだろう。
でも……結局、最後の最後まで分かってなかったみたいだね。悪魔のような二択を突き付けた相手――即ち私自身が、紛うことなき悪魔だということを。
「……ありがとね、ドローテさん――あの女を殺してくれて」
そう、声を潜めて呟く。母が大切? ははっ、そんなわけないじゃん。あんな、毎日のように罵詈雑言、更には平気で暴力まで振るってくる母がさ。
だけど、あれ以降――父が捕まって以降、事態は一変した。まあ、この辺りはもう説明したことだし改めてくどくど言うこともないけど――まあ、精神が崩壊し入院することとなったわけで。ほんと、あの時の解放感ったらなかったよね。
だけど、生憎それで終わりとはいかなくて。母に最も近い親族ということで、定期的に面会に来るよう催促されていたのだけど……これが、面倒のなんのって。ほんと、やってらんないなんて思っていた。
――そう、ドローテさんに会うまでは。
果たして、ドローテさんは私に――母の面会へ赴く私に付いてきた。私が、母をどれほど大切に思っているか――その度合いを確認するのが狙いだというのは、確認するまでもなかった。
だから、そう振る舞った。私が、この上もなく母を大切に思っている――そう思ってもらえるよう、どうにか苦痛を抑え振る舞った。
そして、どうやら上手くいったようで、彼女は信じ込んだ。私が、この上もなく母を大切に思っていると信じ込んだ。……まあ、根が素直だからね。
ともあれ、彼女は選んだ――サーシャに加え、例の計画の一人に母を選んだ。ありがとね、ドローテさん。私の代わりに、あの女を殺してくれて。
……でも、実際のところ私の狙い――真の狙いはそこじゃないんだけどね。私の、真の狙いは――
「……あの、セリア。その……本当にごめん!」
「……サーシャ」
「……その、分かってる。謝って、済むことじゃないって。分かっている、つもりだけど……それでも、本当にごめん」
そう、苦痛を滲ませ謝意を告げるサーシャ。いや、別に貴方が悪いわけじゃない……どころか、理不尽に拘束された挙げ句、私の選択一つで命を奪われる可能性すらあった、紛うことなき被害者なのにね。
まあ、それでも彼なら――サーシャなら、こうして自分を苛むだろうことは分かってたけど。そもそも、彼がドローテさんとの仲を深めようとしたのは、恐らく私のため。ドローテさんにとって、サーシャ――自身が大切な存在となれば、その大切な恋人の大切な人である私への復讐を思い留まってくれる――きっと、そう考えたのだと思う。
だけど……うん、残念ながらそうはならない――というか、むしろ逆だと思うよ? むしろ、サーシャを好きになればなるほど、ただでさえ甚く憎いはずの私にいっそう憎悪が増すだけかと。まあ、これはあくまで憶測でしかないけど……でも、実際そうなってた感じがあったし。私に対する彼女の憎悪が、日に日に増していってた感じが。
ところで、あの件――あの日、二人の交際を知らされた件だけど……あれは、一つ大事な教訓になった。
と言うのも――今回については、あんな特殊な事情があったわけだけど……今後、サーシャが本当に誰かを好きに……そして、その誰かと結ばれる可能性は全く以て否めない。
もちろん、それでも彼が私を見捨てることはない。皆無と言って差し支えない。ないけど……でも、嫌だ。彼が、私以外の誰かを好きになるなんて、もはや想像するだけで堪えられない。今更だけど、ドローテさんのお陰でそれが痛いほどに分かった。だから――
「――ねえ、サーシャ。私は、貴方が好き。もう、抑えられないくらい大好きなの」
「…………セリア」
私の言葉に、呆然とした表情で呟くサーシャ。まあ、分かってはいたけど……うん、やっぱり気付いてなかったんだね。
……うん、分かってるよ。こうして恋心を伝えたところで、きっと欲しい返事は返ってこない。
彼は、ずっと私を大切にしてくれた。ずっと、本当の家族のような親愛を以て接してくれた。だからこそ、今になってその愛情が別の類の愛情に取って代わられることはほぼない。私が大人になって、今よりずっと魅力的な女性になっても――きっと、彼の中では変わらず大切な家族のままで。
……だけど、もうそれでもいい。だったら、誰も好きにならないで。私以外、誰も好きにならないで。
……まあ、もはや心配もないけどね。今後は、あの言葉がずっと貴方を縛ってくれる。だって、どうあっても貴方は私を傷付けられないから。――そうだよね、サーシャ?
……ごめんね? サーシャ。だけど……どんな手段を使っても、誰を利用してでも――私は、貴方が欲しかった。
だって……貴方は、唯一の人だから。この真っ黒な血筋に塗れた私を愛してくれた、唯一の人だから。貴方のお陰で、私は生きて良いのだと思えたし、これからも生きていきたいと思えた。だから……だから――
「――だから、これからもずっと、ずっと私のそばにいてね……サーシャ?」
「……どうか、安らかに」
雲一つない、晴れやかな青空の下。
喪服を纏った数人の祈りと共に、遥か彼方へと煙が上がる。三日前、例の事件にて帰らぬ人となった母親の煙が。
『――ははっ、そっか! 好きな男のために、自分の親を犠牲にするんだ! ははっ、やっぱあんたとは分かり合えそうにないね!』
三日前の、あの部屋での一件にて。
私の告げた選択に、高笑いを交えそう言い放つドローテさん。……分かり合えない、か。まあ、そりゃそうかもね。被害者と加害者の立場じゃ、どうあっても不可能だったのかもね。
……さて、もはや説明不要かとも思うけど――私は、サーシャを選んだ。そして、それは実の母を犠牲にすることに他ならない。そんな悪魔のような二択を突きつけられ、私は確かにサーシャを選択した。分かり合えない――そう言ってはいたものの、いずれにせよ並々ならぬ苦痛を与えられてさぞかしご満悦のことだろう。
でも……結局、最後の最後まで分かってなかったみたいだね。悪魔のような二択を突き付けた相手――即ち私自身が、紛うことなき悪魔だということを。
「……ありがとね、ドローテさん――あの女を殺してくれて」
そう、声を潜めて呟く。母が大切? ははっ、そんなわけないじゃん。あんな、毎日のように罵詈雑言、更には平気で暴力まで振るってくる母がさ。
だけど、あれ以降――父が捕まって以降、事態は一変した。まあ、この辺りはもう説明したことだし改めてくどくど言うこともないけど――まあ、精神が崩壊し入院することとなったわけで。ほんと、あの時の解放感ったらなかったよね。
だけど、生憎それで終わりとはいかなくて。母に最も近い親族ということで、定期的に面会に来るよう催促されていたのだけど……これが、面倒のなんのって。ほんと、やってらんないなんて思っていた。
――そう、ドローテさんに会うまでは。
果たして、ドローテさんは私に――母の面会へ赴く私に付いてきた。私が、母をどれほど大切に思っているか――その度合いを確認するのが狙いだというのは、確認するまでもなかった。
だから、そう振る舞った。私が、この上もなく母を大切に思っている――そう思ってもらえるよう、どうにか苦痛を抑え振る舞った。
そして、どうやら上手くいったようで、彼女は信じ込んだ。私が、この上もなく母を大切に思っていると信じ込んだ。……まあ、根が素直だからね。
ともあれ、彼女は選んだ――サーシャに加え、例の計画の一人に母を選んだ。ありがとね、ドローテさん。私の代わりに、あの女を殺してくれて。
……でも、実際のところ私の狙い――真の狙いはそこじゃないんだけどね。私の、真の狙いは――
「……あの、セリア。その……本当にごめん!」
「……サーシャ」
「……その、分かってる。謝って、済むことじゃないって。分かっている、つもりだけど……それでも、本当にごめん」
そう、苦痛を滲ませ謝意を告げるサーシャ。いや、別に貴方が悪いわけじゃない……どころか、理不尽に拘束された挙げ句、私の選択一つで命を奪われる可能性すらあった、紛うことなき被害者なのにね。
まあ、それでも彼なら――サーシャなら、こうして自分を苛むだろうことは分かってたけど。そもそも、彼がドローテさんとの仲を深めようとしたのは、恐らく私のため。ドローテさんにとって、サーシャ――自身が大切な存在となれば、その大切な恋人の大切な人である私への復讐を思い留まってくれる――きっと、そう考えたのだと思う。
だけど……うん、残念ながらそうはならない――というか、むしろ逆だと思うよ? むしろ、サーシャを好きになればなるほど、ただでさえ甚く憎いはずの私にいっそう憎悪が増すだけかと。まあ、これはあくまで憶測でしかないけど……でも、実際そうなってた感じがあったし。私に対する彼女の憎悪が、日に日に増していってた感じが。
ところで、あの件――あの日、二人の交際を知らされた件だけど……あれは、一つ大事な教訓になった。
と言うのも――今回については、あんな特殊な事情があったわけだけど……今後、サーシャが本当に誰かを好きに……そして、その誰かと結ばれる可能性は全く以て否めない。
もちろん、それでも彼が私を見捨てることはない。皆無と言って差し支えない。ないけど……でも、嫌だ。彼が、私以外の誰かを好きになるなんて、もはや想像するだけで堪えられない。今更だけど、ドローテさんのお陰でそれが痛いほどに分かった。だから――
「――ねえ、サーシャ。私は、貴方が好き。もう、抑えられないくらい大好きなの」
「…………セリア」
私の言葉に、呆然とした表情で呟くサーシャ。まあ、分かってはいたけど……うん、やっぱり気付いてなかったんだね。
……うん、分かってるよ。こうして恋心を伝えたところで、きっと欲しい返事は返ってこない。
彼は、ずっと私を大切にしてくれた。ずっと、本当の家族のような親愛を以て接してくれた。だからこそ、今になってその愛情が別の類の愛情に取って代わられることはほぼない。私が大人になって、今よりずっと魅力的な女性になっても――きっと、彼の中では変わらず大切な家族のままで。
……だけど、もうそれでもいい。だったら、誰も好きにならないで。私以外、誰も好きにならないで。
……まあ、もはや心配もないけどね。今後は、あの言葉がずっと貴方を縛ってくれる。だって、どうあっても貴方は私を傷付けられないから。――そうだよね、サーシャ?
……ごめんね? サーシャ。だけど……どんな手段を使っても、誰を利用してでも――私は、貴方が欲しかった。
だって……貴方は、唯一の人だから。この真っ黒な血筋に塗れた私を愛してくれた、唯一の人だから。貴方のお陰で、私は生きて良いのだと思えたし、これからも生きていきたいと思えた。だから……だから――
「――だから、これからもずっと、ずっと私のそばにいてね……サーシャ?」
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