短編集〜現代文学〜

暦海

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萌芽

……うん、ひどいね。

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「…………ふぅ」


 それから、数日経て。
 中庭のベンチにて、ぼんやりと空を見上げる。嫌と言うほど晴れていて、嫌と言うほど心地の好い晴れ渡る空を。……うん、もうこのままずっと――


「……あの、おはよう暖斗はるとくん」
「……ああ、おはよう藤野ふじのさん。もし良かったら、こちらへ」

 すると、ふと鼓膜を揺らす柔らかな声。見ると、そこには些か躊躇うがちに僕を見つめる可憐な少女。……まあ、流石に声だけで分かったけども。
 ともあれ、そんな彼女に挨拶を返しベンチの空いたスペースへと手を……しまった、何をしてるんだろう。僕の隣に座るなんて、もはや罰ゲーム以外の何物でもない苦痛だというのに。ほら、あまりの衝撃に藤野さんもポカンとしちゃって――

「……暖斗くん、なんか変わったよね」
「……へっ?」

 そんな後悔の最中なか、ややあってゆっくりとそう口にする藤野さん。……変わった? 僕が? いったい、どの辺りが―― 

「……うん、なんというか……なんか、あったかくなった」
「……なに、それ」
「ふふっ。うん、それじゃ遠慮なく」

 すると、優しく微笑み告げる藤野さん。そして、お邪魔しますと一礼し僕の隣へと腰掛ける。
 ……暖かくなった、か。僕自身、そんな感覚はまるでないけれど……でも、藤野さんが言うのならきっとそうなのだろう。そして、その理由は――

「……やっぱり、ショックだった? 奏多かなた先生のこと」
「……へっ?」
「……ほんと、ひどいよね。あんなに思わせぶりなことしておいて、他に恋人がいたなんて」
「……ああ、そういうことか」

 一瞬、呼吸が止まりそうになる。だけど、続く言葉にホッと安堵を覚え……いや、安堵していいことじゃないんだけどね。これだって、奏多先生にとって決して良い評価じゃないんだし。

 ……ただ、については知らないみたいだからそこは安堵して。もちろん、奏多先生が悪いわけじゃないけど……それでも、半分とはいえ彼女はあの人の血を分けた姉妹――なので、万が一にもあの件が知られてしまえば、奏多先生自身もどのように見られるか想像するのも怖くて。……尤も、彼女がその件について黙っていたことが自身でなく、僕のためであることは確認するまでもないけれど。

 ……そうだ、質問に答えなきゃ。でも、何と言うべきか……まあ、思ったことを言えばいいか。そういうわけで、ややあって徐に口を開き――

「……うん、ひどいね。先生のせいで、僕はこんなにも苦しいんだから」

 そう、微笑み告げる。すると、あまりにも珍しいかったのかポカンとして僕を見つめ、ややあって強く同意を示す藤野さん。そして、そんな優しい彼女に感謝を抱きつつそっと胸に手を添える。未だ嘗て覚えのない感情おもいが忙しなく巡る、自身の左胸へと。


 ……うん、ひどいね。貴女のせいで、僕はこんなにも苦しくて……そして、こんなにも幸せなんだから。




 

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