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恩人
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――それから、一日経た宵の頃。
「……流石に、これでは今日は難しいね。ほら、惟近もこちらに来るといい。そんなところにいると、風邪を引いてしまうからね」
お部屋から、穏やかに微笑みお声を掛けてくださる中将さま。そんな彼の近くには、鮮やかな朱の灯火が。そんな彼のお気遣いに感謝しつつ、どうかその火が消えないように願う。
と言うのも、外は土砂降り――今日も中将さまをお送りすべく準備をしていた僕のすぐ前を、今まさに大量の雫が竹を突き落とすような勢いで頻りに降っているわけで。
――それでも、どうしても今宵、姫さま下にお伺いしたい理由があって。と言うのも――今日は、逢瀬の三日目だから。そして、なぜ三日目だとどうしてもお伺いしたい理由になるのかと言うと――平安時代の貴族における結婚は、男性が女性の下に三日連続で通うことで成立するためで。
さて、もう少し詳しく説明すると――平安時代の高貴な階級における恋愛は、まず和歌から始まる。まず、男性が意中の女性へと和歌を認めた文を送る。そして、女性がその文を見て、この男性に会いたいと思えば返歌を認めた文を送る。そして、返歌を見た男性が改めてこの女性に会いたいと思えば再び和歌を認めた文を送り、その日の暗くなった頃に女性の家へと会いにいく――ざっくり言うと、これが恋仲となるまでの通例の過程で。尤も、必ずしも先に文を送るのが男性とは限らず、女性の側から送ることもある。そして、今回は女性――姫さまから文が届いたことから交際が始まって。……まあ、中将さまの場合、いつもお相手の側から届くのだけども。
そして、改めてだけど――この逢瀬が絶えることなく三日続けば、めでたく結婚成立。男性は女性のご両親と対面することとなり、お祝いとして新郎新婦へ『三日夜の餅』というお餅が送られ、めでたく女性のお婿さんとして認められることとなる。
そして、それ以降、男性は婿として女性の下へと通う『通い婚』という形態が基本となるのだけど、そのまま女性の下で一緒に暮らすという場合もあるようで……さて、中将さまはどちらになさるのだろう?
さて、前置きが大変くどくなったけど――そういうわけで、出来ることなら是が非でも本日お伺いしたいわけで。尤も、外はこの土砂降り――これでは馬車も出せないし、かと言って徒歩で行こうにもあまりに時間が掛かりすぎる。そして、それ以上に無事に到着する保証もない。なので、中将さまの仰る通り本日は取り止めにするのが妥当だし、中将さま自身よりも僕のご心配をなさっての判断なのは想像に難くない。
だけど、大切な三日目に訪れないとなると、女性側が男性側の想いの強さに疑念を抱く、という場合も少なくないようで。尤も、本日はこの雨――僕自身、姫さまとはお話ししたこともなければお顔を拝見したこともないけれど……それでも、中将さまが強く惹かれるほどの御方ならば、本日お伺い出来ないご事情は理解してくださるはず。はず、だけども……それでも、万が一にも、ほんの少しでも中将さまのご愛情を疑われるような事態は避けたいわけで。なので――
「――それでは、行って参ります中将さま」
「……へっ? いや、待つんだ惟近! こんな雨の中を出ていったら、君の身体が――」
そう伝えると、ほどなく後ろから響く叫び声。その声音からも、僕のことを心配してくださっているのがひしひしと伝わって……うん、ありがとうございます中将さま。
それでも……きっと、ここだから。僕が貴方のためにご恩を返せるとしたら、きっとここだから!
「……流石に、これでは今日は難しいね。ほら、惟近もこちらに来るといい。そんなところにいると、風邪を引いてしまうからね」
お部屋から、穏やかに微笑みお声を掛けてくださる中将さま。そんな彼の近くには、鮮やかな朱の灯火が。そんな彼のお気遣いに感謝しつつ、どうかその火が消えないように願う。
と言うのも、外は土砂降り――今日も中将さまをお送りすべく準備をしていた僕のすぐ前を、今まさに大量の雫が竹を突き落とすような勢いで頻りに降っているわけで。
――それでも、どうしても今宵、姫さま下にお伺いしたい理由があって。と言うのも――今日は、逢瀬の三日目だから。そして、なぜ三日目だとどうしてもお伺いしたい理由になるのかと言うと――平安時代の貴族における結婚は、男性が女性の下に三日連続で通うことで成立するためで。
さて、もう少し詳しく説明すると――平安時代の高貴な階級における恋愛は、まず和歌から始まる。まず、男性が意中の女性へと和歌を認めた文を送る。そして、女性がその文を見て、この男性に会いたいと思えば返歌を認めた文を送る。そして、返歌を見た男性が改めてこの女性に会いたいと思えば再び和歌を認めた文を送り、その日の暗くなった頃に女性の家へと会いにいく――ざっくり言うと、これが恋仲となるまでの通例の過程で。尤も、必ずしも先に文を送るのが男性とは限らず、女性の側から送ることもある。そして、今回は女性――姫さまから文が届いたことから交際が始まって。……まあ、中将さまの場合、いつもお相手の側から届くのだけども。
そして、改めてだけど――この逢瀬が絶えることなく三日続けば、めでたく結婚成立。男性は女性のご両親と対面することとなり、お祝いとして新郎新婦へ『三日夜の餅』というお餅が送られ、めでたく女性のお婿さんとして認められることとなる。
そして、それ以降、男性は婿として女性の下へと通う『通い婚』という形態が基本となるのだけど、そのまま女性の下で一緒に暮らすという場合もあるようで……さて、中将さまはどちらになさるのだろう?
さて、前置きが大変くどくなったけど――そういうわけで、出来ることなら是が非でも本日お伺いしたいわけで。尤も、外はこの土砂降り――これでは馬車も出せないし、かと言って徒歩で行こうにもあまりに時間が掛かりすぎる。そして、それ以上に無事に到着する保証もない。なので、中将さまの仰る通り本日は取り止めにするのが妥当だし、中将さま自身よりも僕のご心配をなさっての判断なのは想像に難くない。
だけど、大切な三日目に訪れないとなると、女性側が男性側の想いの強さに疑念を抱く、という場合も少なくないようで。尤も、本日はこの雨――僕自身、姫さまとはお話ししたこともなければお顔を拝見したこともないけれど……それでも、中将さまが強く惹かれるほどの御方ならば、本日お伺い出来ないご事情は理解してくださるはず。はず、だけども……それでも、万が一にも、ほんの少しでも中将さまのご愛情を疑われるような事態は避けたいわけで。なので――
「――それでは、行って参ります中将さま」
「……へっ? いや、待つんだ惟近! こんな雨の中を出ていったら、君の身体が――」
そう伝えると、ほどなく後ろから響く叫び声。その声音からも、僕のことを心配してくださっているのがひしひしと伝わって……うん、ありがとうございます中将さま。
それでも……きっと、ここだから。僕が貴方のためにご恩を返せるとしたら、きっとここだから!
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