3 / 32
身売り
しおりを挟む
――あれは、10歳を迎える間近のこと。
『――貴女は、今日からここで生きるの』
隣から、にっこり朗らかな微笑で告げる少し厚化粧の女性。彼女の言うこことは、少し遠くから眺めたことしかなく、貧乏人の私には無縁だと思っていた驚くほど大きな木造の建物。まだ幼かった当時はどういう場所かもほとんど分かってなかったけど……それでも、足を踏み入れたいと思ったことは一度もなくて。
そして、後に分かったのだけど――彼女は『女衒』と呼ばれる、経済的に窮する家庭から娘を引き取り遊女屋に斡旋している人のようで。尤も、その辺りの事情なんて当時は分からなかったけど……それでも、一つ分かったことは――私は、両親に売られ妓楼に連れてこられたということで。
「それにしても、貴女は本当に親孝行な娘さんね、鈴珠ちゃん。ご両親も、貴女をとても誇りに思っていたわ」
「……そう、ですか?」
「ええ、もちろんよ。まずは見習いからだけど、一生懸命に頑張って一人前の遊女になれば、ゆくゆくはご両親を楽にさせてあげられるわ」
「……そう、ですか」
それから、ほどなくして。
驚くほどに長い廊下を進みつつ、朗らかな笑顔のままそう口にする女衒の女性。だけど、親孝行も何も私は知らない間にここに連れてこられただけだし、両親が私を誇りに思っているとも思えない。どんな事情があるにせよ、誇りに思うような娘ならまず売りに出さないと思うし。
それと、最後の台詞に関してだけど……あの、本気で言ってる? 確かに、私を売ったところで対した額にはならない。と言うのも――これも後から知ったことだけれど、10歳にも満たない私は遊女としてお客さんの相手をするようになるのに数年は掛かるため、当然ながらその期間は私による店の利益はなし。そして、その期間の生活費や教育費が差し引かれるため10代半ばや後半の娘に比べ売って得られる額は少なくなる。そこに仲介手数料として差し引かれる分もあるので、両親の下に入る額は更に少なくなる。恐らくは、ほどほどに出費を抑えた上で、せいぜい数ヶ月を凌げればという程度の額で。
なので、両親を楽にさせるためには一人前の遊女となり稼ぐ必要があるのだろうけど……いや、本気で言ってる? 別に、二人を恨んでいるわけじゃない。苦しい家計の中ここまで育ててもらったことには一定の感謝をしているし、今回の取引だったやむを得ない選択だったのかもしれない。
……だけど、それでも何の相談……どころか、報告や謝罪すらもなく自分を売った両親を楽にしてあげようなどと、そんな立派なことを思えるような善人になれる気なんて皆目しなくて。……まあ、それはともあれ――
「――ここが、貴女のお部屋よ。これから頑張るのよ、鈴珠ちゃん」
その後、ほどなく莞爾とした笑顔で告げる厚化粧の女性。目の前には、華やかな模様があしらわれた見るからに上質な襖。……ともあれ、一つはっきりしていることは――もはや、遊郭で生きていく他選択肢などないということで。
それから、数年経て――10代半ばとなった私は、初潮を終えほどなく遊女となった。
『――貴女は、今日からここで生きるの』
隣から、にっこり朗らかな微笑で告げる少し厚化粧の女性。彼女の言うこことは、少し遠くから眺めたことしかなく、貧乏人の私には無縁だと思っていた驚くほど大きな木造の建物。まだ幼かった当時はどういう場所かもほとんど分かってなかったけど……それでも、足を踏み入れたいと思ったことは一度もなくて。
そして、後に分かったのだけど――彼女は『女衒』と呼ばれる、経済的に窮する家庭から娘を引き取り遊女屋に斡旋している人のようで。尤も、その辺りの事情なんて当時は分からなかったけど……それでも、一つ分かったことは――私は、両親に売られ妓楼に連れてこられたということで。
「それにしても、貴女は本当に親孝行な娘さんね、鈴珠ちゃん。ご両親も、貴女をとても誇りに思っていたわ」
「……そう、ですか?」
「ええ、もちろんよ。まずは見習いからだけど、一生懸命に頑張って一人前の遊女になれば、ゆくゆくはご両親を楽にさせてあげられるわ」
「……そう、ですか」
それから、ほどなくして。
驚くほどに長い廊下を進みつつ、朗らかな笑顔のままそう口にする女衒の女性。だけど、親孝行も何も私は知らない間にここに連れてこられただけだし、両親が私を誇りに思っているとも思えない。どんな事情があるにせよ、誇りに思うような娘ならまず売りに出さないと思うし。
それと、最後の台詞に関してだけど……あの、本気で言ってる? 確かに、私を売ったところで対した額にはならない。と言うのも――これも後から知ったことだけれど、10歳にも満たない私は遊女としてお客さんの相手をするようになるのに数年は掛かるため、当然ながらその期間は私による店の利益はなし。そして、その期間の生活費や教育費が差し引かれるため10代半ばや後半の娘に比べ売って得られる額は少なくなる。そこに仲介手数料として差し引かれる分もあるので、両親の下に入る額は更に少なくなる。恐らくは、ほどほどに出費を抑えた上で、せいぜい数ヶ月を凌げればという程度の額で。
なので、両親を楽にさせるためには一人前の遊女となり稼ぐ必要があるのだろうけど……いや、本気で言ってる? 別に、二人を恨んでいるわけじゃない。苦しい家計の中ここまで育ててもらったことには一定の感謝をしているし、今回の取引だったやむを得ない選択だったのかもしれない。
……だけど、それでも何の相談……どころか、報告や謝罪すらもなく自分を売った両親を楽にしてあげようなどと、そんな立派なことを思えるような善人になれる気なんて皆目しなくて。……まあ、それはともあれ――
「――ここが、貴女のお部屋よ。これから頑張るのよ、鈴珠ちゃん」
その後、ほどなく莞爾とした笑顔で告げる厚化粧の女性。目の前には、華やかな模様があしらわれた見るからに上質な襖。……ともあれ、一つはっきりしていることは――もはや、遊郭で生きていく他選択肢などないということで。
それから、数年経て――10代半ばとなった私は、初潮を終えほどなく遊女となった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる