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お姉さま
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「――お疲れさま、鈴珠。今日はどうだった?」
「はい、詩多お姉さま。上手く出来なかったところもありますが、きっと喜んでくれたと思います」
「ふふっ、それは良かったわ」
柔らかな夜風が髪を撫でる、ある宵の頃。
上品な華やかさに彩られた心地の良いお部屋にて、柔らかな微笑で問い掛けるのは気品溢れる鮮麗な女性。彼女は詩多お姉さま――妓楼に来た当初から私の面倒をみてくださっているお姉さまのような存在……そして、この吉原における頂点に位置する花魁の一人で。
さて、ここで一つ制度について説明を。私達遊女には階級があり、私は下級に位置する未熟者。そこから段階を踏み、ここ吉原の頂点たる花魁を目指すというのがこの世界の定石のようで。……まあ、正直そんなものには全く以て興味ないんだけどね。
「ふふっ、ちょっぴりうっかりさんなのね、そのお客さまは」
「はい、お姉さま。でも、それがなんだか少し可愛らしくて」
それから、数十分後。
私の話を聞き終えた後、少し可笑しそうに微笑み感想をくださるお姉さま。ちなみに、本来なら下級の遊女である私は同じ位の人達と同部屋になるところなのだけれど……自身の個室部屋を持つ花魁たる詩多お姉さまの計らいにより、こうして彼女のお部屋に一緒にいさせてくださって。
そして、普段の面倒や教育のみならず、お仕事を終えた後こうして時間が合えばいつも優しく私の話を聞いてくれて。階級には興味がないけど、僭越ながらお姉さまのような素敵な女性に少しでも近づきたいなとは思ったり。
……ただ、それはともあれ――
「……それにしても、どうして私を指名してくれるのでしょう。詩多お姉さまのように花魁の方だと、代金の事情で指名が叶わない方も多いと思います。……でも、私と同じ位にだって華やかで綺麗な人が沢山いるのに、どうして私なんか……いたっ」
そう口にするも、最後の方で言葉が止まる。と言うのも、お姉さまが軽く私の頰を包むように叩いたから。まあ、包むようにだし痛くはないんだけど……でも、急にどうし――
「……私なんか、なんてそんな悲しいこと言わないの。もしかするも知らないかもしれないけど、鈴珠はとっても可愛いの。あっ、これは私の贔屓目じゃないからね? 実際、上級の子達の中にも貴女の容姿に嫉妬してる子は沢山いるの。もちろん、鈴珠の魅力は容姿だけじゃないけどね」
「……お姉さま」
すると、少し怒ったように――それでも、最後にはいつもの柔らかな微笑でそう告げてくれるお姉さま。そんな彼女の言葉は、笑顔は本当にありがたく嬉しい。嬉しい、のだけども――
……私に、嫉妬? それも、私より遥か上の綺麗な人達が? ……でも、私を励ますためとはいえ、お姉さまが思ってもいないお世辞を言うとは思えな……いや、真偽はともあれ――
「……その、申し訳ありません。そして、ありがとうございます、詩多お姉さま」
「うん、よろしい」
そう、頭を下げ告げる。すると、優しく頭を撫でながら柔らかな声音で答えてくださるお姉さま。……申し訳ないけれど、その言葉の全てを信じることは難しい。それでも……真偽はともあれ、これ以上卑下するような発言はいっそうお姉さまに申し訳ないから。
その後、ややあって床に就く私達。……しまった、長く話しすぎたかな? ただでさえ長くないお姉さまの睡眠時間を更に削っ――
「……ねえ、鈴珠。他に、話したいことはない?」
「…………へっ?」
そんな反省の最中、不意に鼓膜を揺らす問い。驚き見ると、そこには向こうの布団に包まり私をじっと見つめるお姉さまのお姿。……えっと、いったいどういう――
「……もちろん、遊郭にいる人達は程度の差はあれ皆それぞれに苦悩を抱えてる。……まあ、苦悩はこの世界に限らないだろうけど。
……だけど、何て言うのかな……貴女は、皆とも違う何かを抱えているように思うの。こう、何処か諦めにも似た何かを。……まあ、貴女はここに来た時からずっと私を慕ってくれてる妹みたいな子だから、やっぱり他の子より心配にはなっちゃうの。それで、何か話したいこととかない? 私で良ければ力に……例えそれが難しくても、話くらいは聞いてあげたいから」
「……詩多お姉さま……いえ、私なら心配ありません。ですが、ありがとうございます」
「……そう、それなら良いのだけど。でも、話したい時はいつでも言ってね」
「……はい、ありがとうございます」
勿体なきお姉さまのお気遣いに、目一杯に微笑み深く謝意を伝える私。まだ心配そうではあったけど、私の言葉を尊重してくださったのか、仄かに微笑みお休みなさいと告げるお姉さま。……本当に、ありがとうございます。
その後、お休みなさいと答えそれぞれ就寝へと入る私達。……だけど、私の頭には夜もすがら、あの言葉がぐるぐると巡っていて。
『……貴女は、皆とも違う何かを抱えているように思うの。こう、何処か諦めにも似た何かを』
「はい、詩多お姉さま。上手く出来なかったところもありますが、きっと喜んでくれたと思います」
「ふふっ、それは良かったわ」
柔らかな夜風が髪を撫でる、ある宵の頃。
上品な華やかさに彩られた心地の良いお部屋にて、柔らかな微笑で問い掛けるのは気品溢れる鮮麗な女性。彼女は詩多お姉さま――妓楼に来た当初から私の面倒をみてくださっているお姉さまのような存在……そして、この吉原における頂点に位置する花魁の一人で。
さて、ここで一つ制度について説明を。私達遊女には階級があり、私は下級に位置する未熟者。そこから段階を踏み、ここ吉原の頂点たる花魁を目指すというのがこの世界の定石のようで。……まあ、正直そんなものには全く以て興味ないんだけどね。
「ふふっ、ちょっぴりうっかりさんなのね、そのお客さまは」
「はい、お姉さま。でも、それがなんだか少し可愛らしくて」
それから、数十分後。
私の話を聞き終えた後、少し可笑しそうに微笑み感想をくださるお姉さま。ちなみに、本来なら下級の遊女である私は同じ位の人達と同部屋になるところなのだけれど……自身の個室部屋を持つ花魁たる詩多お姉さまの計らいにより、こうして彼女のお部屋に一緒にいさせてくださって。
そして、普段の面倒や教育のみならず、お仕事を終えた後こうして時間が合えばいつも優しく私の話を聞いてくれて。階級には興味がないけど、僭越ながらお姉さまのような素敵な女性に少しでも近づきたいなとは思ったり。
……ただ、それはともあれ――
「……それにしても、どうして私を指名してくれるのでしょう。詩多お姉さまのように花魁の方だと、代金の事情で指名が叶わない方も多いと思います。……でも、私と同じ位にだって華やかで綺麗な人が沢山いるのに、どうして私なんか……いたっ」
そう口にするも、最後の方で言葉が止まる。と言うのも、お姉さまが軽く私の頰を包むように叩いたから。まあ、包むようにだし痛くはないんだけど……でも、急にどうし――
「……私なんか、なんてそんな悲しいこと言わないの。もしかするも知らないかもしれないけど、鈴珠はとっても可愛いの。あっ、これは私の贔屓目じゃないからね? 実際、上級の子達の中にも貴女の容姿に嫉妬してる子は沢山いるの。もちろん、鈴珠の魅力は容姿だけじゃないけどね」
「……お姉さま」
すると、少し怒ったように――それでも、最後にはいつもの柔らかな微笑でそう告げてくれるお姉さま。そんな彼女の言葉は、笑顔は本当にありがたく嬉しい。嬉しい、のだけども――
……私に、嫉妬? それも、私より遥か上の綺麗な人達が? ……でも、私を励ますためとはいえ、お姉さまが思ってもいないお世辞を言うとは思えな……いや、真偽はともあれ――
「……その、申し訳ありません。そして、ありがとうございます、詩多お姉さま」
「うん、よろしい」
そう、頭を下げ告げる。すると、優しく頭を撫でながら柔らかな声音で答えてくださるお姉さま。……申し訳ないけれど、その言葉の全てを信じることは難しい。それでも……真偽はともあれ、これ以上卑下するような発言はいっそうお姉さまに申し訳ないから。
その後、ややあって床に就く私達。……しまった、長く話しすぎたかな? ただでさえ長くないお姉さまの睡眠時間を更に削っ――
「……ねえ、鈴珠。他に、話したいことはない?」
「…………へっ?」
そんな反省の最中、不意に鼓膜を揺らす問い。驚き見ると、そこには向こうの布団に包まり私をじっと見つめるお姉さまのお姿。……えっと、いったいどういう――
「……もちろん、遊郭にいる人達は程度の差はあれ皆それぞれに苦悩を抱えてる。……まあ、苦悩はこの世界に限らないだろうけど。
……だけど、何て言うのかな……貴女は、皆とも違う何かを抱えているように思うの。こう、何処か諦めにも似た何かを。……まあ、貴女はここに来た時からずっと私を慕ってくれてる妹みたいな子だから、やっぱり他の子より心配にはなっちゃうの。それで、何か話したいこととかない? 私で良ければ力に……例えそれが難しくても、話くらいは聞いてあげたいから」
「……詩多お姉さま……いえ、私なら心配ありません。ですが、ありがとうございます」
「……そう、それなら良いのだけど。でも、話したい時はいつでも言ってね」
「……はい、ありがとうございます」
勿体なきお姉さまのお気遣いに、目一杯に微笑み深く謝意を伝える私。まだ心配そうではあったけど、私の言葉を尊重してくださったのか、仄かに微笑みお休みなさいと告げるお姉さま。……本当に、ありがとうございます。
その後、お休みなさいと答えそれぞれ就寝へと入る私達。……だけど、私の頭には夜もすがら、あの言葉がぐるぐると巡っていて。
『……貴女は、皆とも違う何かを抱えているように思うの。こう、何処か諦めにも似た何かを』
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