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ご指名
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「うん、君が良い!」
「ご指名ありがとう、お兄さん。今宵は存分に楽しみましょうね?」
玲瓏たる月の輝く、ある宵時のこと。
格子越しにて、商人と思しき精悍な男性に華やかな笑顔で答える華麗な女性。彼女は千代さん――艶やかな黒髪を纏う、20代半ば先輩遊女で。
その後、ほどなく満面の笑顔で手を振りそれぞれ妓楼の二階――『引付座敷』と呼ばれる宴会の場へと向かっていくお二人。そこで酒宴を経て、床を共にという流れに……うん、素敵な夜になると良いね、二人とも。
さて、今いるのは『張見世』と呼ばれる格子窓付きのお部屋の中。妓楼の一階に在し大通りに面したこのお部屋にて、中級、下級の遊女は格子越しに私達を眺めるお客さまからの指名を待つというわけで。
「うふふっ、ごめんね鈴珠ちゃん? 素敵な男性からお先に指名をもらっちゃって」
「いえ、謝らないでください千代さん。おめでとうございます。素敵な夜になると良いですね」
「……ちっ、やっぱり気に入らないわね」
すると、ふと振り返り何とも愉しそうな笑顔で告げる千代さん。だけど、私の返答に一転、言葉の通り露骨に苛立ちった表情を浮かべ……まあ、面白くなかったんだろうね。嫌味に対する私の対応が。
だけど、私としては本心で。もちろん、私自身も指名は待っているけれど……それでも、他の人が指名をもらえるのも素直に嬉しいことで。そもそも、人の喜びには共感しないと常々お姉さまから言われているし。
その後も、一人二人と指名を受け笑顔で宴会場へと向かう仲間達。そして、その中の半分くらいは千代さんと同じような笑顔で同じような言葉を掛けていって……うん、これはあれかな? 詩多お姉さまのあの勿体なきお言葉が、本当に真実だったと……いや、そもそも嘘を吐くような御方じゃないけども。……ただ、それはともあれ……うん、今日はもう――
「――すみません、鈴珠さん。指名させていただいても宜しいですか?」
「……へっ? あっ、はいありが…………へっ?」
半ば諦めの最中、不意に鼓膜を揺らす澄んだ声。ハッと顔を上げ感謝を告げようとするも、その言葉はピタリと止まる。と、言うのも――
「……ねえ、あの男性……」
近くから、ポツリと声が。見ると、うっとりとした同い年の……いや、彼女だけでなく他の皆さんも同じような表情を浮かべていて。……でも、それもご尤も。だって――
「――初めまして、鈴珠さん。僕は深影と申します。宜しくお願い致します」
そう、恭しく頭を下げた後、ややあってゆっくりと顔を上げたのは――ハッと息を呑むほどの、この世のものとは思えないほどの端麗な男性だったから。
「ご指名ありがとう、お兄さん。今宵は存分に楽しみましょうね?」
玲瓏たる月の輝く、ある宵時のこと。
格子越しにて、商人と思しき精悍な男性に華やかな笑顔で答える華麗な女性。彼女は千代さん――艶やかな黒髪を纏う、20代半ば先輩遊女で。
その後、ほどなく満面の笑顔で手を振りそれぞれ妓楼の二階――『引付座敷』と呼ばれる宴会の場へと向かっていくお二人。そこで酒宴を経て、床を共にという流れに……うん、素敵な夜になると良いね、二人とも。
さて、今いるのは『張見世』と呼ばれる格子窓付きのお部屋の中。妓楼の一階に在し大通りに面したこのお部屋にて、中級、下級の遊女は格子越しに私達を眺めるお客さまからの指名を待つというわけで。
「うふふっ、ごめんね鈴珠ちゃん? 素敵な男性からお先に指名をもらっちゃって」
「いえ、謝らないでください千代さん。おめでとうございます。素敵な夜になると良いですね」
「……ちっ、やっぱり気に入らないわね」
すると、ふと振り返り何とも愉しそうな笑顔で告げる千代さん。だけど、私の返答に一転、言葉の通り露骨に苛立ちった表情を浮かべ……まあ、面白くなかったんだろうね。嫌味に対する私の対応が。
だけど、私としては本心で。もちろん、私自身も指名は待っているけれど……それでも、他の人が指名をもらえるのも素直に嬉しいことで。そもそも、人の喜びには共感しないと常々お姉さまから言われているし。
その後も、一人二人と指名を受け笑顔で宴会場へと向かう仲間達。そして、その中の半分くらいは千代さんと同じような笑顔で同じような言葉を掛けていって……うん、これはあれかな? 詩多お姉さまのあの勿体なきお言葉が、本当に真実だったと……いや、そもそも嘘を吐くような御方じゃないけども。……ただ、それはともあれ……うん、今日はもう――
「――すみません、鈴珠さん。指名させていただいても宜しいですか?」
「……へっ? あっ、はいありが…………へっ?」
半ば諦めの最中、不意に鼓膜を揺らす澄んだ声。ハッと顔を上げ感謝を告げようとするも、その言葉はピタリと止まる。と、言うのも――
「……ねえ、あの男性……」
近くから、ポツリと声が。見ると、うっとりとした同い年の……いや、彼女だけでなく他の皆さんも同じような表情を浮かべていて。……でも、それもご尤も。だって――
「――初めまして、鈴珠さん。僕は深影と申します。宜しくお願い致します」
そう、恭しく頭を下げた後、ややあってゆっくりと顔を上げたのは――ハッと息を呑むほどの、この世のものとは思えないほどの端麗な男性だったから。
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