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第三節:魔の記憶
しおりを挟むヘスティの故郷は、霧深い山間の集落だった。魔法を生業とする者たちが代々暮らしてきたその地は、かつては魔王軍によって焼かれたと噂されていたが、今は少しずつ復興の兆しを見せていた。
ユリウスたちが集落に足を踏み入れたのは、黄昏時。道沿いに並ぶ家々の屋根からは、細く煙が上がり、かすかな香草の匂いが風に乗っていた。
「懐かしい匂い……」
ヘスティが呟いた。彼女の声は、胸の奥に引っかかるように震えていた。
「大丈夫か?」
ユリウスが気遣うと、ヘスティはすぐに微笑んで首を振った。
「大丈夫。ちょっと嬉しいの。……帰ってきたんだって、やっと実感して」
村の奥、石畳の坂道を登った先に、一軒の古びた家があった。ヘスティの家だ。木製の扉には、彼女の家紋である星と月の紋章が今も残されていた。
「ただいま」
その言葉は誰に向けたものだったのか、ユリウスには分からなかった。ただ、扉を開けたヘスティの背中に、彼女がこの場所を大切に思っているのが伝わってきた。
部屋の中は驚くほど整っていた。埃は少なく、机の上には開きかけの書物が何冊か並んでいる。
その中の一冊を、ヘスティはそっと手に取った。
「これは……私が子どものころに編んだ詠唱のノート。全部、手書きだったから、母に『もっと綺麗に書きなさい』って叱られてたっけ」
彼女は微笑むが、その目には光が宿っていなかった。
「母さん……もう、いないんだ」
ぽつりと落ちたその言葉に、ユリウスは何も言えなかった。
「でもね、不思議なの。こんなに寂しい場所なのに……まるで夢を見ているみたい。自分が、仲間を招くことが出来るなんて。母さんも喜んでる……そんな気がするの」
その夜、三人は家に泊まることにした。月明かりが差し込む静かな部屋で、ヘスティはユリウスに小さな魔導具を手渡した。
古びたペンダントのようなそれは、かつて彼女の祖母が使っていたという『記憶の石』だった。
「この中に、私の故郷の風景を閉じ込めたの。記録って、大事だから。……失くさないでね」
ユリウスは頷いた。
「ありがとう。……大切にするよ」
翌朝、彼女は庭先で魔法陣を描いていた。朝霧に包まれながら、指先で空に文字をなぞるその姿は、美しく、そしてどこか儚かった。
「私はここに残るわ。少しだけ、やらなきゃいけないことがあるの」
そう言って、ヘスティは振り返った。
「きっと、また会いましょう。……だから先に行ってて」
ユリウスは不安げな顔をしたが、ヘスティは微笑んで続けた。
「魔王を倒した今、この世界は私たちの手に戻ったの。あなたには、この世界を見て歩いてほしい。……私の分まで」
「……分かった。無理はしないで」
彼女は軽く頷き、空を見上げた。その瞳に映るものが何であったのか――ユリウスには見えなかった。
出発の時、彼女は何も言わず手を振った。その姿が朝靄に溶けるように見えなくなるまで、ユリウスは何度も振り返った。
「ヘスティ……」
だが、呼んでも答えは返ってこなかった。
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