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第四節:癒しの記憶
しおりを挟む風の匂いが変わった。緑の濃さが、どこか懐かしいものに思えた。
セレネの故郷――それは、山裾の渓流沿いに築かれた静かな村だった。水の音が絶えず流れ、草花が咲き乱れ、鳥の声がこだまする場所。まるで、世界がまだ穏やかだった頃の記憶がそのまま残っているかのようだった。
「ここが、私の村」
セレネは静かに言った。彼女の表情は、安らかで――どこか遠くを見るようだった。
「……懐かしいな。ここも……魔王軍に襲われてたんだったよな?」
ユリウスがそう問いかけると、彼女はふっと微笑んだ。
「うん。でも、みんな生き延びた。戦える人は少なかったけど、逃げるのは得意な人ばかりだったから」
村の人々は優しかった。魔王を倒したという知らせは既に届いており、ユリウスを『英雄様』と呼び、歓迎してくれた。
だが――誰も、セレネに言葉をかけなかった。まるで、彼女の姿が見えていないかのように。
「ねぇ、ユリウス。おかしいと思わない?」
夜、焚き火を囲んで二人だけになった時、セレネが問いかけた。
「誰も、私に触れようとしないの。目も合わない。……まるで、私がここにいないみたい」
ユリウスは言葉を飲んだ。ヘスティの時もそうだった。
ヘスティの故郷の人々も、彼女のことをまるで――『既に存在していない』かのように扱っていた。
だが、ユリウスはまだ気づいていなかった。それが何を意味しているのかを。
翌日。村の小さな教会で、セレネは祈りを捧げていた。手には、古びた聖具。彼女の母が残したもので、癒し手の印だった。
「私の母はね、この村でずっと皆を癒していたの。私も、そうなりたかった」
ユリウスは彼女の隣に座った。
「なれたさ。お前は俺たちを癒してくれた。心も、身体も」
その言葉に、セレネは目を伏せた。
「本当に……そうだったのかな」
小さく、儚く呟いたその声が、教会の中に寂しく響いた。
その夜、村を発つことになった。セレネは、村の外れまでユリウスを見送った。満天の星空の下、二人はしばらく無言で立っていた。
「ここで、お別れね」
そう告げた彼女の瞳は、透き通るほど澄んでいた。
「私も、少しだけやり残したことがあるの。だから、いったんお別れ。……すぐに追いつくから」
「セレネ……ヘスティも同じことを言ってた。……なんだか、怖いよ」
セレネはそっと微笑んだ。
「大丈夫。私は強いのよ、知ってるでしょう?あなたが歩き続ける限り、私はずっと――あなたの背中を押しているわ」
ユリウスは何も言えず、ただ頷いた。
「ありがとう。……本当に、ありがとう」
別れ際、彼女はユリウスの手に薬草の束を握らせた。
「これは、母の畑から採れたもの。旅の途中で、役に立つはず」
「……分かった。大切にするよ」
別れを告げ、ユリウスは歩き出した。振り返ると、そこにいたはずの彼女の姿は、もうなかった。
「……セレネ?」
風が、そっと草を揺らした。返事はなかった。
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