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33-02 ※(暴力描写)
しおりを挟む以前ゲブラーと、こんな会話をしていたことを思い出す。
――一つ処に留まるわけにはいかないし、かといって連れ回すのも邪魔だし……
――俺とつるんでるのが知られるようになれば、あんたも狙われるようになる
いつかこうなるかもしれない。それはゲブラーも、そしてノイナ自身も、どこかで分かっていたことだった。
機関がノイナを使ってゲブラーに言うことを聞かせることができるのなら、他の者だってノイナを捕獲すれば同じことができてしまう。
ノイナはいつしか、ゲブラーにとって本当の弱点になってしまっていたのだ。
あのときの彼は、確かこうも言っていた。
――俺はあんたが人質に取られても助けないよ
でも、今の彼は違う。きっと命に代えたとしても、ノイナを助けに来てしまうだろう。
ようやく眠りから覚めたノイナは、右目の前に突きつけられた銃口をじっとみつめた。
どうやらそこは、どこかの廃ビルの一室のようだ。剥き出しのコンクリートの壁や床が見える。
椅子に座らされて、両手はもちろん動けないよう固定されている。口にも、自害させないためか猿轡が噛まされている。これは映画でもよく見る、人質の格好だ。
「目が覚めたか、お嬢ちゃん」
銃を突きつけられているため顔も動かせないが、声を聞く限り自分を攫った人物は背後に立っているらしい。
よく観察すれば、目の前の銃は高低差を操作できる台座にくくりつけられている。その引き金はパッと見ただけではよく分からない機械と繋がっていて、明らかに嫌な感じを覚える。
「そいつは遠隔式だ。俺がスイッチ入れれば弾が出る」
「…………」
「あまり暴れないほうがいい。振動を加えると、うっかり引き金が動いちまうからな」
低い声は落ち着いていて、生気を感じさせない。ゲブラーとはまた違う危険な空気を、背後からじわじわと感じさせる。
「目玉は急所だ。ここに弾が撃ち込まれれば絶対に助からない。大人しくゲブラーがここに来て、奴が始末されるのを待つんだな」
そしたら解放してやると呟く男に、ノイナは思わず生唾を飲んだ。やはり男の狙いはゲブラーの命、なのだろう。
分かっていた。こうなる可能性があるとは分かっていたのに、自分の不注意で大変な事態になってしまった。
電話をしてきたのだから、ゲブラーもこの危機的な状況は分かっているだろう。だが、こんなところに来てしまえば恐らく、彼は殺されてしまう。
(ゲブラーなら、来てしまう、どうしよう、なにか機関からの助けとかないの……!)
機関もこの危険性は認識していたはず。素人同然の諜報員を任務に当たらせるにあたって、事前に対策のようなものは立てていないのか。それともやはり、成功するはずのない作戦だと思っていたから、そういうのはありません、ということなのか。
こっから生き延びたら絶対に文句を言ってやる。虚勢を張るようにそう内心で叫んだときだった。
かつん、かつんと足音が聞こえてくる。それは次第に近づいてきて、すぐ向こうで聞こえたかと思えば見慣れた赤い髪が視界に入ってくる。
(ゲブラー……!)
「思ったよりもずっと早かったな。この女が弱みだってのは本当だったらしい」
ノイナの前に現れたゲブラーはあまりにも身軽だった。どう見ても丸腰で、格好も普段通りで、いつものノイナが知る彼の姿のままだ。
「人質とったのはあんたの判断? それとも依頼主?」
「そんなこと教えて意味があるのか」
「意味って、依頼主の指示ならそいつも始末しないといけないでしょ」
ゲブラーの回答に男は鼻で笑う。当然だ、今殺されようとしている相手が、先のことを真面目に考えているのだから。
「持っている武器は全部捨てな。もたつくと、お嬢ちゃんの右目に風穴が開くぜ」
「……」
大人しくゲブラーは服の隙間からナイフを取り出した。といってもそれはたったの二本だけ。その少なさに、男も呆れたような声を発する。
「そんだけかよ。本当に銃も持ってねぇのか」
「銃は使わないんだ。殺しすぎちゃうからね」
両手を広げながらゲブラーが言うと、その口ぶりに男は笑い出す。傑作だな、なんて声を上げながら。
「……、あんた、俺を殺しに来たくせに、俺のことあんま調べてないんだね」
「は?」
恐らく今ゲブラーは男に銃を向けられている。だというのに、彼は見慣れた軽薄そうな笑みを浮かべて、男の手にあるものを指差した。
「俺を始末したいなら、銃はやめたほうがいい。理想はナイフかな。まぁ」
嘲るような声でゲブラーは挑発した。それと同時に室内に満ちていく全身を押さえつけるような圧迫感と、首を締め上げるかのような強烈な殺意に、ノイナは圧倒されてしまう。
「どっちにしろ、あんたは俺を殺せないけどね」
男が背後で息を呑み、すぐにキリキリと引き金が引かれる音がする。それがスローモーションに聞こえて、思わず最悪の未来を想像したノイナは目を瞑ってしまう。
だが銃声はなかった。しんと静まり返る室内に、彼女はおそるおそる目を開ける。
「……は?」
男の驚いたような声がしたかと思えば、一瞬で落ちていたナイフを手に取ったゲブラーが大股で距離を詰めてくる。
その鋭さに勝負は即座に決まるかと思いきや、ノイナの目の前にある銃の引き金がカチカチと音を立てる。
ゲブラーの気を逸らすために、ノイナに向けられた銃を男が起動しようとしているのだ。だがそれよりも早く、ゲブラーの手がノイナに向けられた銃口を塞ぐように掴んだ。
ガチッと引き金が引かれる。だがまた発砲音はせず、銃は沈黙していた。
「詰まった……!?」
背後でガチガチと引き金を引く音がする。だがいつまで経っても発砲音はせず、その隙にゲブラーは台座を蹴り倒して固定されていた銃を外した。
「そんなに焦って引き金引かないでよ」
明らかに不機嫌そうな声でゲブラーは男へと迫っていく。小さく悲鳴を上げた男が、どんと壁に押しつけられる音がする。
「暴発してノイナに当たったらどうすんの」
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