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15-03
しおりを挟む「……こんなところかの」
大きく息をついて、ガレアノは長い話を終えた。
オリジナルたる救国の英雄オルトスと、その死。そして彼を失わないために作られ続けた、彼の複製体。
だが複製体は不完全だった。さらに、代を重ねるたびに、オリジナルの面影を失っていった。その喪失に、聖女だったガトリンは耐えられなかった。
聖女は去った。だから、しいらが呼ばれたのだ。
「英雄の、複製……など」
最初に口を開いたのはルーヴェだった。彼は手を震わせ、ガレアノへの怒りを向ける。
「どれだけ命を弄べば気が済むのです! 貴方に人の心はないのですか……!」
「人の心など、とうに捧げておる。最初の複製体を作るときにな」
「……!」
「オルトスを蘇らせた術はどちらも外法じゃ。代償は重い」
そう淡々と告げると、ガレアノは自分の服の袖を捲った。
そこにあったのは、骨と皮だけになった腕。既に生者のそれとは思えないほど青ざめた皮膚に、ルーヴェは息を呑む。
「なぜ、そこまで……」
「なぜ? 愚問だな、ルーヴェ」
その老人の目は、干からびた死にかけの身体であっても生きたままだった。
「全てはアイゴケロースのため。安らかなる時間を、何も知らぬ無辜の民に与えるため」
「…………」
「オルトスのことも、その複製体も、同じだ。例えそれが形だけ模倣した偶像に過ぎないのだとしても、我らには、アイゴケロースには、希望を謳う英雄が必要なのだ」
ただ彼らは、滅びに抗っていたのだ。それは恐らく、オリジナルの英雄たるオルトスも。
他の十二宮と比べて平和に思えていたアイゴケロースの、あまりにも残酷な真実。けれどそれを聞いていたしいらは、それ以上にとあることに対して衝撃を受けていた。
――異世界から来たなどという話は免罪符にはなり得ません
――どうして、名前のことも、ガトリンさんとのことも、教えてくれないの……?
頭の中を駆け巡ったのは、あまりにも無知だった自分の言葉だ。
何も知らなかった。自分はあまりにも、知らなさすぎた。ガトリンが、そしてナシラが、どんな思いで生きてきたのか。それを今更になって思い知ってしまった。
同時に思い出してしまう。ナシラの、悲しそうな顔を。
「メレフよ」
ガレアノがしいらを呼ぶ。それにゆっくりと顔をあげれば、ガレアノは穏やかな声で言った。
「今のナシラには、お前が必要なのだ。あれは自分を、何者でもない怪物だと思っている」
「ナシラ……」
「だから異形の姿を恐れぬお前に心を開いたのだろうよ」
言うべきことも、言いたいことも、たくさんあった。
けれど今の彼女は、すぐにでもナシラに会いたかった。
謝るべきなのか、それとも慰めるべきなのか、拒絶した手前今更どんな顔をして会えばいいのか、何も分からなかった。
それでも、彼女はまだ、ナシラのことが好きだったから。
だから彼女は、駆け出した。
15 了
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