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01-01 失敗作
しおりを挟む曰く、彼にとってそこは掃き溜めだった。
適性有りと判定され集められた子供たち。研究者たちは彼らを新しい力を持った兵士にするために、様々な実験を行った。
異世界からの侵攻を受け続けるイゾラドの防衛戦線は、今や人工島グルーズのみでは維持困難なまでに陥っていた。
故に必要だった。定期的な性行為というエネルギー供給を必要とする、才能によって戦力格差の大きい欠陥だらけの旧式兵ではなく、個のみで完結した無敵の兵士が。一人でも戦線を支えられるほどの戦力を安定して作り出す仕組みも。
そうして造られたのが、エヴァンジル、だ。
詳しい仕組みは知らない。無尽蔵のエネルギーがどこから作られているかとか、礼装・武装を内蔵した驚異的な身体能力だとか、彼が受けてきた実験を思えば想像はできたかもしれないが、考えたくなど無かった。聡明な彼にはその時点で、自分が人では無い何かに作り替えられてしまったのだと、そう理解してしまうからだ。否、理解していた。
斯くしてエヴァンジルは優秀な兵士となった。旧式の問題だった、才能格差が無くなったことにより、実力のある兵士の負担が増え殉職する可能性が高くなるという問題点も無くなった。
これでイゾラドの防衛戦線は安泰だと、誰もが喜んだという。
「それが今や、絶滅寸前なんてね……結局何が原因だったんだい?」
端正な顔立ちの少年は、普段着ている簡素な検査着ではない衣服を身に纏う。それだけで自分が自由になったような気がした。
煙草を吹かしたもう一人の男はその口から煙を吐き出す。情事の跡そのままの緩み切った身体は、彼にとって何度も見慣れたものだった。
「無理やり植え付けた人工の武装・礼装に身体が耐えきれないのが一つ。思ったよりも戦闘に使うエネルギーが多く、炉が摩耗してしまうのが一つ。強すぎる力に慢心して突っ込む馬鹿が多かったのが一つ」
「ふぅん。それで改良型は作る予定があるの?」
「どうだろうなぁ……。エヴァンジルの欠点は開発にクソ程金がかかった割にはあまりにも消耗が早すぎたことだ。所謂失敗作。改良計画を出しても、政府は金を出し渋るだろう」
「なかなか君たちの世界も殺伐としてるんだね」
優しい声色で、けれど冷え切った心の内で彼は受け答えをした。
そんなことなどどうでもいいのだ。自分もまた、その失敗作の例に漏れることなく、もうすぐ死ぬのだろうと。そんな諦観が溢れて、男の話などに微塵も気持ちが揺れることなどなかった。
「ルザ」
甘ったるく、名前を呼ばれる。
「もうお前を抱けないと思うと、暗いお先が更に暗くなっちまう」
服の上から厭らしく太腿を撫でられる。折角の新品だというのに汚れたらどうする、と口には出さずに吐き捨てた。
「さっき散々サービスしてあげただろう?」
「何年の付き合いだと思ってんだ」
「さぁ。生憎と、僕には年を数えるっていう習慣が無いからねぇ」
ティッシュを手に男の身体を綺麗にしてやる。これはいつも彼がする役目だった。
いいや、それだけではない。この男に、時には不特定多数の別の男に抱かれることも、愛想を振りまくことも、自分に与えられた役割だった。
「失敗作よりも失敗作なのだから」
自嘲気味にそう呟く。
彼もまたエヴァンジル、福音となることを期待されて生み出された兵士だった。
しかし彼がいくら他の被験体と同じ施術を受けても、彼は望まれた性能の一切を引き出すことができなかった。
そういった失敗作は他にもいたらしい。だが自分は幸か不幸か、その生まれ持った容姿を理由に拾われたのだ。
機密の保持、そして倫理的な問題を表に出さないために存在そのものを抹殺されるはずだった。けれども成果が出るまで外を望めない閉鎖空間において、ある意味哀れな頭でっかちどもの慰みものになることを、彼は受け入れることにした。
彼はどうしても、生き延びたかった。
「いや、ある意味お前は成功したのかもしれん」
自身の頰を撫でる男に、アイなどというものは見えない。
否、アイとは何か。それを雄弁と語れるほど、彼は自分に見識がないことを知っていた。
身体を交わらせ、快楽を貪り合うことか。そこにアイの有無は何故必要なのか。そも、この確たる自己とは決して他者とは同一になり得ないが故に、一つの観念を共有することなど不可能ではないのか。
なれば「アイ」もまた、自分が勝手に決めてもいいのだろう。
彼はそう思ったのだ。
「結局、エヴァンジルも旧式と同じで番が必要だったんだ。失敗作として処分されたのは全体の二、三割くらいだが、何も必ず一対一である必要性はない。お前の特性見るとそう思うよ。お前以外の奴らも廃棄せずに有効活用しておけば、こんな大失敗にゃならんかっただろう」
男の言葉に彼は困惑する。それは理解できなかったとか、そんな可愛いものでは無かった。
男の説明は断片的なものだ。だが彼にはその言葉で全てが分かってしまった。
今の自分と同じだ。特殊体はエネルギーを得るために性の捌け口にされる役回りだと。結局、どう転んでも彼にはそれ以外の道など無かったということだ。
ならば廃棄されて死んでいった同胞はある意味で幸せだったかもしれない。もしかしたら今の彼と同じように、どれほど身体を捧げたとしても生を望む者もいるのかもしれないが。
嗚呼、構わないとも。例えどのような道であろうとも。
否、もしもそれでエヴァンジルが安定した戦力となり、その消耗も抑えられたのだとしたら、自分は喜んで身体を差し出したかもしれない。
「ま、ともかくお前なら上手くやれるさ。何なら旧式の番にもなれる。特性的に一人を選ぶ必要もないし、兵士のエネルギー切れには一切困らない。配属先はウハウハだろうな」
「……ああ、世話になったよ」
上手くやるつもりなど毛頭無い。目的を果たしたのなら、そしてその結果が彼の渇望したものでなかったのなら、この命と疲れ切った身体をようやく悪夢から解放してやれるのだ。
彼が生きる理由。
それは彼自身が定めた「愛」のためだった。
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