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01-02 愛しい約束*
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過去の話をしよう。
研究所に集められた子供の年齢層はまちまちだった。適性有りとされ彼が研究所に来たのは、およそ十一歳の頃だったと思う。
親元から無理に離され、怪しげな実験が繰り返される日々。身体の痛みや心細さで、昼も夜も分からない独房のような部屋で一人、涙を流すことも少なくは無かった。
けれどそんな日はある時を境に終わった。
研究所では子供同士の交流は稀だった。研究者に見つかればどんな仕置きを受けるか分からなかったし、いずれ外に出られることは皆分かっていたから、その期間をじっと耐えていた。
そんな危険を、彼女は物ともしなかった。妙なところで鋭い彼女は身を隠すのも得意だった、というのも大人に見つからなかった理由の一つだろう。
「泣いているの?」
年は自分より上だったような気がする。具体的な数字を聞いても、彼女は歳を数えたことはないと言っていたから、それは彼が勝手に感じた印象だった。
「おいで」
母を恋しがっていた彼には、正に母親代わりだった。美しい白金の髪を、今でも鮮明に覚えている。
抱きしめられれば温かさに安堵して、優しく髪を撫でられればそれだけで恐怖を感じる間も無く眠れた。それ故に彼は、彼女という存在に強く依存していった。
母のような人だった。けれど生母を知っている彼にとって彼女は、姉か、もしくはそういう意味での異性と呼べるような存在だったのかもしれない。
何度かその手で慰めてもらったこともある。彼女の柔らかな身体に昂ったそれを優しく撫でて、指できつく扱いて、温かな手の中で蕩けそうな快楽を感じた。
「ん、きもちい?」
「うんっ……もっと、もっと撫でて、トコエ……」
甘えるように彼女の胸元にすり寄れば、幼い身でもそれは硬さを取り戻していく。けれど彼女は何かの気配を察知しそこから手を離した。
「また隙を見て会いに来るから。その時にもこうなったら、続きをしてあげる」
「約束だよ……」
それが初めての性の実感だった。
大好きだった。地獄のような世界で見返りを求めない、自分の求めるものを与えてくれる。彼は彼女の存在こそが「愛」なのだと知った。
「どこにもいかないで……ずっと、ずっと側に居てくれるよね?」
一人、また一人と顔見知りが居なくなっていくのに不安を覚えては、彼女に何度もそう尋ねた。
風の噂で両親と居た地域が壊滅したと、それを聞いてからは一層彼女から離れ難くなった。
彼女はただ彼の頭を優しく撫でるだけだった。自分の向かう先がどこになるかなんて、彼女には分かっていたことだったのかもしれない。
別れは突然で、けれど出発前に彼女は最後に会いに来てくれた。
「生きてまたどこかで、必ず会おう。ルザ、君を愛してる」
彼女は失敗作ではなかった。だからどこかの戦線に送られたのだろう。
激戦地である人工島グルーズか。それとも別の場所か。その情報を掴む為にも、約束を果たす為にも、どうしても生きねばならなかった。研究者たちの慰み者になるのは、寧ろ都合が良かった。
彼女が送られた戦線は、三番目くらいに重要な場所だ。名を、コシュマール。
「配属先はコシュマールだ。結構な要所なんだが、今ところ戦力が結構ギリギリでな。いつ爆発するかも分からんエヴァンジルが一人、戦線を支えている状態だ」
まず必要なのはそのエヴァンジルの保存だ。そう男は言った。
その一人が、もしかしたら彼女かもしれない。
あまりにも希薄な願いだった。可能性も低い。けれど彼女ならば生きているのではないか、そう思った。信じたかった。
もしもそうでなかったとしても、もしかしたら彼女の痕跡が残っているかもしれない。それを見つけたら、最早今生に何の未練もない。
兵士は戦線から離れることはできない。逃亡すれば死罪。両親の生死を確かめに行くことは不可能。
だから彼女なのだ。もうほとんど何かを抱えることができなくなった自分が、たった一つ抱きしめるもの。絶望を味わい尽くした心が、唯一希望するもの。
掃き溜めのようなこの世界に、愛を求めて。
01 掃き溜めに愛 了
研究所に集められた子供の年齢層はまちまちだった。適性有りとされ彼が研究所に来たのは、およそ十一歳の頃だったと思う。
親元から無理に離され、怪しげな実験が繰り返される日々。身体の痛みや心細さで、昼も夜も分からない独房のような部屋で一人、涙を流すことも少なくは無かった。
けれどそんな日はある時を境に終わった。
研究所では子供同士の交流は稀だった。研究者に見つかればどんな仕置きを受けるか分からなかったし、いずれ外に出られることは皆分かっていたから、その期間をじっと耐えていた。
そんな危険を、彼女は物ともしなかった。妙なところで鋭い彼女は身を隠すのも得意だった、というのも大人に見つからなかった理由の一つだろう。
「泣いているの?」
年は自分より上だったような気がする。具体的な数字を聞いても、彼女は歳を数えたことはないと言っていたから、それは彼が勝手に感じた印象だった。
「おいで」
母を恋しがっていた彼には、正に母親代わりだった。美しい白金の髪を、今でも鮮明に覚えている。
抱きしめられれば温かさに安堵して、優しく髪を撫でられればそれだけで恐怖を感じる間も無く眠れた。それ故に彼は、彼女という存在に強く依存していった。
母のような人だった。けれど生母を知っている彼にとって彼女は、姉か、もしくはそういう意味での異性と呼べるような存在だったのかもしれない。
何度かその手で慰めてもらったこともある。彼女の柔らかな身体に昂ったそれを優しく撫でて、指できつく扱いて、温かな手の中で蕩けそうな快楽を感じた。
「ん、きもちい?」
「うんっ……もっと、もっと撫でて、トコエ……」
甘えるように彼女の胸元にすり寄れば、幼い身でもそれは硬さを取り戻していく。けれど彼女は何かの気配を察知しそこから手を離した。
「また隙を見て会いに来るから。その時にもこうなったら、続きをしてあげる」
「約束だよ……」
それが初めての性の実感だった。
大好きだった。地獄のような世界で見返りを求めない、自分の求めるものを与えてくれる。彼は彼女の存在こそが「愛」なのだと知った。
「どこにもいかないで……ずっと、ずっと側に居てくれるよね?」
一人、また一人と顔見知りが居なくなっていくのに不安を覚えては、彼女に何度もそう尋ねた。
風の噂で両親と居た地域が壊滅したと、それを聞いてからは一層彼女から離れ難くなった。
彼女はただ彼の頭を優しく撫でるだけだった。自分の向かう先がどこになるかなんて、彼女には分かっていたことだったのかもしれない。
別れは突然で、けれど出発前に彼女は最後に会いに来てくれた。
「生きてまたどこかで、必ず会おう。ルザ、君を愛してる」
彼女は失敗作ではなかった。だからどこかの戦線に送られたのだろう。
激戦地である人工島グルーズか。それとも別の場所か。その情報を掴む為にも、約束を果たす為にも、どうしても生きねばならなかった。研究者たちの慰み者になるのは、寧ろ都合が良かった。
彼女が送られた戦線は、三番目くらいに重要な場所だ。名を、コシュマール。
「配属先はコシュマールだ。結構な要所なんだが、今ところ戦力が結構ギリギリでな。いつ爆発するかも分からんエヴァンジルが一人、戦線を支えている状態だ」
まず必要なのはそのエヴァンジルの保存だ。そう男は言った。
その一人が、もしかしたら彼女かもしれない。
あまりにも希薄な願いだった。可能性も低い。けれど彼女ならば生きているのではないか、そう思った。信じたかった。
もしもそうでなかったとしても、もしかしたら彼女の痕跡が残っているかもしれない。それを見つけたら、最早今生に何の未練もない。
兵士は戦線から離れることはできない。逃亡すれば死罪。両親の生死を確かめに行くことは不可能。
だから彼女なのだ。もうほとんど何かを抱えることができなくなった自分が、たった一つ抱きしめるもの。絶望を味わい尽くした心が、唯一希望するもの。
掃き溜めのようなこの世界に、愛を求めて。
01 掃き溜めに愛 了
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