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03 誕生日会!
4 ラブラブ、デート?
しおりを挟む男の人とこうして手を繋いで歩くのは初めてだった。それもあって手汗が滲む。
けれどそれ以上に怖いのは周囲の視線だ。流石に王子様二人に比べれば、公爵家で宝物のように育てられたアリシェールは市井にまで顔を周知されているとは言い難い。それでも、この時間に城下に居たという証言なんかが出てきてしまったら、とっても困る。
「それに関しては大丈夫。ちゃんと記憶消しておくし」
「そんなこともできるんですか……?」
「まぁね」
誇らしげに先生は頷く。ここまでくると作中最強キャラの部類なのかもしれない、ハッター先生。
「さっすが先生、かっこいい!」
ベッタベタな反応をしてみせれば、ハッター先生は苦笑を浮かべる。
この大事な好感度イベント中に間違った選択肢を押しちゃった感。現実だといっそうダメージがでかい。
「(っていうか、ハッター先生のツボが分からない……ゲームだったら二択か四択だってのに、現実だと選択肢無限大だから……)」
ちなみにフェルナン様は真面目で良識的な選択肢を続けていれば好感度は上がる、結構チョロい。
ハッター先生みたいな腹の内が一切見えないキャラはどうだろう。何か傾向みたいなものが分かればいける気がするんだけど。
「(そういえば、素直でいて欲しいみたいなこと言ってたような……)」
ふらふらと小綺麗な店が並ぶ通りを歩きながら、変に思われない程度に周囲を見回すハッター先生。そのお顔をじっと見上げていれば、ばちっと視線が合う。
「どうしたのかな、僕の顔に何かついてる?」
「いえ……」
顔に何かついているか、なんて現実で言われるシーンがあるとは思ってなかった。それほど先生に余裕がある、ということなのかも。
ここで一言返すなら、素直な反応だ。素直な反応といえば。
「今日も顔がいいなって思って……あは」
「ふむ」
先ほどのような苦笑はなく、ハッター先生は私の言葉を少し時間をかけて咀嚼しているようだ。そしてなぜかじわじわとツボに入るように緩んだ笑みを浮かべていく。
「アリスの表現は何ていうか、すごく独特だよね、面白い」
「そう、ですか?」
オタク丸出しってことですか。
「“綺麗な顔ですね”でもなく、“顔がいい”か……ふふ」
なんかウケたみたいだった。
しかし笑っている顔も、幼気さが出てて非常に可愛らしい。さすがは顔面良男と書いてイケメンと読む類の希少種は違います。
「ふ、はははっ」
「そんなにツボに入っちゃいました……?」
「うん……」
これはいけるかもしれない。とにかく飾らずに接していけば、全部先生のツボにブッ刺さる可能性がある。なんか恋人ってよりもウケを狙う芸人みたいな感じになってきたけれど。
「ちょっとお腹が空きましたね」
「ん、店にでも入ろうか?」
「せっかくなんで、もっと散策しましょうよ」
そう言って私は小腹を満たす手軽な方法を見つける。お高そうな店が並ぶメインストリートから少し外れれば、お目当ての小さなパン屋さんを発見する。客層は間違いなく、一般庶民だ。
「いらっしゃい、美人なお嬢さん。お兄さんと一緒にお散歩かい?」
恋人よりも兄妹に見えてしまうのか。いや、年齢差的にそう見えてもおかしくはない。下手をすればパパと可愛い娘になってしまう。
この年になってまでパパと手を繋いで歩く女の子はなかなかいないと思うけどなぁ!
「デート中なんです」
「はっはっは、そうか! ……え?」
すぐさま恋人同士だと訂正するハッター先生。あまりにも早すぎて店のおっちゃん聞き逃しちゃってるよ。
「せん……何がいいですか?」
思わず先生と言いそうになって口を噤む。流石に教師と生徒でデートはまずいってレベルじゃない。倫理的に、アウト。
「甘いやつがいいなぁ」
「それじゃあ……これとこれ、お願いします」
せっかくなのだからと、甘そうな菓子パンを二種類、一つずつ頼む。即座にすぐに食べられそうなものを選んだのは、我ながらグッジョブすぎる。
「はいどーぞ」
「ありがとうございます」
簡素な包み紙で包まれただけの温かいパン。店を出たあと、私はその片方を先生へと手渡した。
「立って食べるんだ?」
「あ、嫌ですか?」
「そうじゃないけど……公爵家のご令嬢が立ち食いするんだなって。対応も慣れてたし、もしかして普段からここに来てるの?」
「そんなはずないじゃないですか! 立ち食いなんてしたら怒られますよ。今は監視の目もないし、それに今の私は公爵令嬢アリシェールじゃなくて」
包み紙を捲り、そのまま大口を開けて私はパンを一口齧りついた。お目付役の侍女なんかがいれば、はしたないですよ、なんて注意されていたことだろう。
「ハッター先生のアリス、ですからね」
「…………」
「ん、これ美味しい。さすが城下のお店。先生も一口どうですか?」
硬直している先生に、私の持っていたパンを差し出す。クロワッサンの中にチョコレートが入っているそれは、バターの風味も相まってとても罪深い味がする。
しばらくじっとそれを見ていた先生は、ゆっくりと緩んだ笑みを浮かべた。可愛い、なんて思っていると無言で差し出したパンに、彼も齧り付いた。
「ん……美味しいよ」
「でしょ?」
「うん」
美味しいのは良かったんだけど、なぜか顔面に穴が空きそうなほど見つめられる。私の顔に何かついてますかって聞き返したい。
「アリス」
「はい、ふぇっ」
彼の手袋に包まれた手がそっと私の顎を掬いあげる。そして彼の顔が近付いてきた。
それも、まるで唇同士でキスをするような。
「……こっちも、美味しそうだ」
唇が触れそうなギリギリの距離、目と鼻の先に先生の綺麗な顔がある。咄嗟のことに唖然としていれば、先生は意味深に目を細めて、顔に触れていた手の指で私の唇端を拭った。
「あ、ぅ……なんか、ついてまし、た……?」
「うん」
ゆっくりと離れていくハッター先生は、手袋についたチョコレートらしきものをぺろりと舐める。
あっ、これ少女漫画で見たことあるやつ……!
なんて呑気に思ったところで、実際に自分がそれをされたのだと気付いた私は一気に顔が熱くなる。どきどきと心臓が鳴ってしまうのは、やっぱりこういうことに耐性がない、から。
「な、なななにしてるんですか……!」
「あはは、真っ赤になった」
「なりますよあんなことされたら!」
一瞬心臓止まった。今日はよく心臓止まるな?
あんなご尊顔をほぼゼロ距離で見せられたら誰だってどきどきする。キスしちゃいそうになったらびっくりするに決まってる。
「……嫌だった?」
「えっ」
以前のようにあざとく落ち込んだ様子を見せるわけでもなく、先生は至って普通に聞いてくる。
嫌だったとは。さっきの顎クイからの、ついてたよ、ムーブのことだろうか。
「嫌、じゃない、ですよ?」
「じゃあ、嬉しかった?」
「えぇ……」
根掘り葉掘りとはこのことか。
スキンシップに関しては、まだ嬉しいという境地に達していない。なぜならそもそも私がスキンシップにほとんど耐性がないからだ。フェルナン様もスキンシップをするような人じゃないし、というかされたら私は多分死ぬ。
「ちなみに嬉しかったって答えたらどうなるんですか?」
「ん? そうだなぁ、僕が嬉しい、かな」
「そ、そうですか」
さらっと可愛い返事ができるあたり、やはりイケメン。
「うん。あとはね……」
先生はまたまた意味深に私をじっと見つめてくる。こういう風に見られているときは、なんだか自分の内側を全部透かされている感じがして落ち着かない。
「アリスが嬉しかったって言ってくれたら、今度は寸止めなんかじゃなくて」
「じゃなくて……」
むにっと彼の指が私の唇に触れる。
「そのまましちゃおうかなぁ、なんて」
「へっ!?」
冗談ですよね、先生。これも恋人“ごっこ”の範疇なんですよね。
いや、ごっこでキスまでしていいものか……? 真面目に考えてしまう。
「(いや、私ファーストキスまだだし……!)」
「…………」
初めてのキスは好きな人に……って、フェルナン様とは天と地がひっくり返っても絶対あり得ないだろうから、そうなるといずれ来るであろう顔も知らない誰かのためにとっておくことになる。
あっ、この発想は喪女ルート直行だわ。
「さぁ、ぱぱっと食べちゃってデートの続きをしよう。じゃないと、パーティーの時間が始まってしまうからね」
「へ、あ、はい」
一転して甘い雰囲気から脱した先生はにこっと笑った。そういえばさっきの間は何だったんだ。
「そうだ、アリスの一口貰ったから、僕のもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
差し出されるまま、私は先生の手からかぷっとクリーム入りのパンに齧り付いた。
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