悪役令嬢はミステリアス学園長と共闘せよ!〜恋人ごっこでフラグを回避?〜

りりっと

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08 終幕落下!

3 奇跡だった、なんて

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「ハートリー様は、平民の生まれだったそうです。ですが、生まれながらに彼は類稀なる魔法の才能と、そして人とは違う目を持っていました」


 話の出だしはこうだった。
 ハートリー・デュ・ライセットは、比較的貧しい家庭に生まれた。両親は早くに彼に金を稼げるようになってほしいと願い、彼は幼い頃より親の教えることに従順だったと。そう、先生が以前話してくれたのだという。


「彼の才能は、ライセット伯の目に留まり、彼は養子に出されることになったのです」
「ライセット伯……ですか」
「ええ。あまり、王城では聞かぬ名でしょう。少々野心的な家ですから」


 多額の金で買い取られた彼は、ライセット伯の後援のもと、魔法学園で才覚を露わにした。それこそ、千年に一度の神童、なんて呼ばれていたらしい。


「この学園でも、ハートリー様は不動の首席でした。魔法だけでなく学問も、他の誰よりも秀でていた。周囲に献身的な性格と未来を見通すかのような慧眼も相まって王の目にも留まり、瞬く間に魔法省の階級を駆け上がっていったのです」
「す、すごい方だったんですね」
「ええ。今はあまりその話を聞かないのは、彼が私情で魔法省を去ったが故でしょう」


 私情とは。気になってしまうけど、黙っておく。なんだかフォボスさんは、結構系統立てて説明してくれているみたいだから。


「ハートリー様が魔法省のトップに立ったのは、二十の頃。最年少でした。王の期待を受け魔法省の改革に取り組み、数多の難事も瞬く間に解決し……正に彼以上に魔法省の管理者に適した者はいませんでした」


 思わず頷いてしまいそうになる。
 だって時間を止められる人だ。ちょっとやそっとの問題で頭を悩ますような姿は想像できない。
 魔法省って結構ブラックみたいだし、先生くらいの完璧超人がトップにいた方が良いような、そんな気はする。


「ですが……魔法省で活躍するようになった頃から、あの方と常人との差が、様々な場面で見られるようになりました。あの方はあまりにも、見ているものが人とは違ったのです」
「実は裏で国家転覆を目指してた、とか……?」
「まさか。彼は余りにも、国に対して従順過ぎたのです。いいえ、誰に対しても、困っている者がいたのならば必ず手を差し伸べるほどに。……なぜだと思いますか」


 いきなりの質問だった。だが、あの優しい先生ならば、慈善活動のようなものに積極的だったとしてもおかしくはないような気がする。

 ……いいや、おかしい。そういえば、見返りを求めない救いなんて不健全だって、そう言っていた。


「えっと、自己満足のため、でしょうか」
「近い、かもしれません。ですが、正解ではないでしょう」


 違った。先生が以前、見返りを求めない人間が人を助けるのは、それで自己満足するためだって言っていたのを参考にしたんだけど。


「あの人が周囲を助け、献身的に尽くそうとした理由は、嫌われないため、だったのです」
「嫌われないため……」
「そして彼がそこまでしなければならなかったのは、彼の目に原因がありました」


 特別な目を持っていた。それは確か、前にフォボスさんが言いかけていたことだ。
 先生のあの綺麗な宝石の瞳。同僚から気持ち悪いと言われたらしいその目は、彼に何をもたらしたのだろう。


「その突出した魔法の才のせいか、彼は常人どころか、他の魔法使いにも見えないものが見えました。妖精、亡霊、魂の在り方に至るまで」


 やっぱり先生は妖精さんが見えるらしい。チェンジリング説も、意外と本当にあるかもしれない。


「そして何より彼は、人の心を見ることができたのです」
「こ、心を……!?」
「思念のようなものではあるが、言葉として読み取ることもできると」


 唖然とした。そして私は、衝撃的な事実に至る。
 つまり、私のこれまでのオタク全開な脳内独り言とか、ツッコミとか、そういうのも全部見えてたってことですか。

 や、やばい。


「どう思われましたか」
「え?」
「不味いと、そう思ったのではありませんか。私も、そうでした」


 そりゃあ、心の中っていうのは本来は不可侵領域なんだ。心の中でだったらどんなエッチな想像し放題なわけだし、人によっては現実では叶えられない妄想とかもするのだろう。
 もしも目の前の人が心を読むことができるなら、それはちょっと、お近づきにはなりたくないかもしれない。


「そうか、だから先生は嫌われないようにって」
「はい。あの人は人の心が見えた、故に自分がどう思われていたかなど、手に取るように分かった。自分の才に、目に、恐れをなす者たちを、なんとか献身で繋ぎ止めようとしたのです」


 でもそれが無駄だったことなんて、簡単に想像できてしまう。


「それが余計に、恐怖を煽ってしまった。常人からは彼の言動は突飛に見えたでしょう。彼は知ることができない彼らの心の内から願望を読み取っていましたから。いつしか彼は帽子屋、ハッターと影で呼ばれるようになりました。もちろん、それもすぐに気付いたでしょう」


 心を見ることができる彼なら、自分に向けられた感情が手に取るように分かったはず。恐怖も、妬みも、嫌悪も、全て。それは何て、辛い環境だろう。


「初めは、彼も優しい笑みを浮かべながら耐えていました。けれど、些細な祝祭の欠席から始まり、いつしか人目を気にして一人でいることを好むようになりました。そして三年前、ついに彼は完全に国政に興味を失い、全てを投げ出すように魔法省を去ったのです」


 当然の結果ですと、フォボスさんは呟いた。
 先生の献身は報われなかった。だから先生は魔法省を辞めた、と。でも本当に先生の味方は誰もいなかったのか。


「クレイマン様は、先生の部下で、仲が良かったのでは……?」
「とてもそうは言えません。あの頃の私は、彼を神格化していましたから」


 それはなんとも、辛いかもしれない。


「当時あの方の周囲に居たのは、彼に反感を持つものと、異常なまでに彼を崇拝する者でした。当然後者も、彼を理解しようとなどしなかった。彼はこの国を救う神だと、本気で思っていました」
「じゃあ、クレイマン様が先生を気にかけるのは」
「贖罪、でしょうか。といっても、もう手遅れですが」


 先生がフォボスさんを追い帰したところからも、確かに歓迎はしていない感じだ。先生としてはもう、魔法省の頃の一切には触れたくない感じなのかもしれない。きっと危ないお酒の飲み方を始めたのもその頃あたり、な気がする。


「以前お会いした時、私はアリシェール様にハートリー様の目の話をしようとしました。それを邪魔するように現れたことからも、人の心が見えることを貴女に知られたくなかったのでしょう」
「嫌われたく、ないから……」


 お泊りに行った時も似たようなことを言っていた。なら私は、少しでも先生にとって心地の良い場所を作れていた、ってことなのかな。
 まぁ、もう終わってしまったことなんですけどね。私もここまで先生の秘密を知っちゃったし、目のことも今となっては、必要以上に先生に近付くことで先生を傷付けてしまうかもしれない。


「ですから、アリシェール様がハートリー様と親交を持てたのは、奇跡に近いことなのです」
「そう、かもしれませんね……」
「どうか、アリシェール様はあの方の理解者であって欲しいと、そう願っています」


 なんだか身勝手な願いだ。そんなに心配なら自分がすればいいのに、って、先生の方が拒否しているんだった。
 でも私も似たようなものだった。もう縁は切れているようなものだし、多分だけれど、もう会えるようなこともない気がする。
 まるで私に隠し事がバレてしまう前に、全てを終わらせてしまったかのようだ。

 フォボスさんからは、私の顔からそんなことできないという心情を読み取ったのだろう。少しだけ苦笑を浮かべながらも、付け加えるように言った。


「これは決して侮辱ではないのですが……アリシェール様とあの人は少し似ていると思います」
「似てます、かね?」
「はい。少し人とは違う空気を纏っているような、そんなところが」


 それはきっと、私がこの世界の異物というか、そういうものに近いせいだろう。私は私で、アリシェールではないのだし。


「だからハートリー様は、貴方をお側に置きたがったのだと思いますよ」


 そんなことを今更言われても困る。
 なんて、心の中で呟いた。
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