『上条樹短編集』電車の通勤、通学の途中、短時間で読める作品を集めてみました。

上条 樹

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上条賃貸ハウジングの事件簿

火災保険

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 店に戻りメゾン・ド・リープ203号室の契約書、重要事項説明書を棚から取りだした。

 ちなみに 不動産業者の帳簿の保存期間はその年度の最終締月から5年と定められている。この期間はきちんと契約書などの書類を保管しておかないといけない。

 もちろん言うまでもなく当社もキチンと書類を保管している事は言うまでもない。

「えーと、これだな。『賃貸みつけてホーム』という屋号で、会社は株式会社ゼロハウス。宅建主任者は、原田康則」ちなみに今は宅建主任者こと宅地建物取引主任者は、名称が宅地建物取引士に変わった。社会的地位を上げようと名称を変えたのであろうが、そう簡単に業界が変わるものでもない。

「ゼロハウスの原田か…」狩屋は真剣な顔をしてメモを取る。


「あっ、もしかしてその原田って……」大西がその名前を知っているようであった。

「大西君は、原田って人知っているのですか?」狩屋は大西の顔を見る。その目がいつもの彼では無くて刑事の鋭い視線であった。

「たしか、2年位前にお客さんの火災保険料を横領して……」視線を天井に向けて思い出すように話し出した。

「その話、詳しく教えてもらえますか?」

「契約の時に借家人賠償保険の付加された火災保険に加入してもらうのですが、その原田って男は入居者から金銭だけ受け取って手続きしてなかったんです。それで契約した部屋が火事になったんですけど……」

「無保険で保険金が出なかった」俺が追記するように補足した。そういえばそんな話を聞いた事がある。賃貸住宅の火災保険なんて2年で二万円程度であるが、それもチリと積もれば山になるではないが結構な金額になる。
 しかし、火災保険とは二年置きに更新業務が必要となるのが普通である。気づかない入居者も多いであろうが、いずれは露見してしまうことは馬鹿でも予測出来るであろうと呆れたものだ。

「その入居者から訴えられて会社は莫大な賠償金を払って、原田って男は会社を辞めたと聞きました」大西が話を続けた。

「その後、原田って男が何処に行ったか分かりますか?」狩屋は再びメモを取る。

「たしか、噂では多重債務になっていて……、電車に飛び込んで自殺したって聞きました」

「そうですか……、そのゼロハウスって会社は?」

「そちらもその賠償金が重荷になって倒産しました」従業員が悪意を持ってやったことであっても結局その者を管理する事が出来なかった会社にも責任はある。さらにその本人が亡くなっているのであれば当然の事であろう。

「ふーん、参考になりました。ありがとうございます。上條さん、この契約者の提出書類をコピーしてもらっても構わないですか?」ファイリングされている如月遥の住民票などを改めて見ている。

「ああ、百合ちゃん。狩屋くんを手伝ってあげてくれ」事務の岡田にお願いをする。

「ええ、必要な書類を教えてください」彼女は自分の席から立ち上がるとファイルの中から如月遥の個人情報の資料を選別しだした。

「いや~、こんな美人さんに手伝って頂いて恐縮です」

「あら、お上手」二人は意気投合したように笑った。狩屋という男を見て、とても殺人事件の捜査をしている刑事さんには見えないと思った。

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