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天津飯

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 竜野師範との、マンツーマン空手の練習が終わり帰宅する。

 こういうイレギュラーで帰りが遅くなると食事のタイミングが合わないと妻に文句を言われるので、練習のある日は外食して帰る事にしている。
 
 いつもお決まりの道場の目と鼻の先にある馴染みの中華料理店。
 店主は偏屈なのだが料理が美味しいのでそこそこ繁盛している。

「いらっしゃい!ああ、あんたか……」店主は大きなフライパンを振りながら愛想の無い出迎えをした。

「なにそれ、一応客なんだけど俺」言いながらいつものカウンターの一番端に座る。店主も樹心館に通っていた事があり道場生達とは皆、面識があった。

「どうせ、いつものやつだろ」店主はろくに俺の注文も聞かずに調理を始める。俺がいつも注文するのは、ラーメンと天津飯のセットと餃子二人前だった。この店の天津飯は絶品なのである。

「今日は客が少ないんだね」俺はテレビのリモコンを勝手に変えた。いつも見ているニュースの番組に合わせる。

「今日はもう終わりなんだよ!勝手にチャンネル変えるなよ!」店主は俺の手からリモコンを取り上げるとチャンネルを元に戻した。

『岡山県の日本海に面したある小さな村に伝わる伝説をご紹介しよう』テレビはオカルト特番たった。

「マスター、これなに?なんの番組?」俺はテレビの画面を指差した。

「黙って見てろって!」店主は、俺の天津飯を作りながらテレビの画面を見ている。

「ちっ!」俺は軽く舌打ちをして、ひとまずテレビに目をやる。裏番組のニュースが気になるところだが、ここは堪えることにする。

『昭和一桁の頃、村の子供達が相次いで失踪する事件が続いた。ある者は海で……、ある者は山で……。村人達は、総出で子供達を夜通し捜索を続けたが、一人として子供達を見つけることが出来なかった。』画面は、モノクロで子供達が消えていく様を表現しているようだ。

「お待ち!」俺の天津飯とラーメンがカウンターに置かれた。
 ラーメンに胡椒《こしょう》をかけて匂いを嗅ぐ。豚骨のいい臭いがする。箸を上下に割ると麺を啜《すす》った。

『その後、子供達は驚きの状態で発見された。失踪から五年余りの月日が経った嵐の夜、子供達は浜辺に打ち上げられたのだ。幸いにして命に別状はなく、皆、無事に各々の家に帰ったそうだ』

「なんじゃそり?!」俺はテレビに突っ込む。
「黙って見てろっての!」店主は、餃子をカウンターに置いた。焼きたての良い匂いがする。

『ただ、帰ってきた子供達の様子を見て村人達は驚愕した。子供達は、失踪した時と同じ服、姿、年齢なのだった。そして、子供達には失踪している間の記憶はなく、彼らが一様に言うには、。子供たち全員が同じ事をいう。村人達は首を傾げたが結局のところ原因は解らないままであった。しかし、こういう伝説は各地でも少なくない......、貴方の身の回りで居なくなった人も、ある日ひょっこりと現れるかもしれない。消えたあの日と同じ姿で……』どうやら、このコーナーが終わったようだ。

 急に、水着ギャルのお色気コーナーが始まった。
 店主は、ニヤニヤしながら画面に食いついている。どうやら、お目当てはこのコーナーだったらしい。

「ああ~」俺は大きな欠伸をした。
 夕食を終えて満腹になり一気に眠たくなった。

「マスター、俺帰るわ」俺はカウンターに、飲食代金を置いた。毎回このメニューの為、金額は頭に刷り込まれている。

「あいよ、ありがとさん」店主は、俺が店を出るとのれんを片付け始めた。

 空には綺麗な月が輝いていた。
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