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雨の日
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あの両親の命日から、ほぼ一年の月日が経過した。
一年ぶりに叔父からの呼び出しがあり、また実家に行く事になった。
あの時、また行くと約束したが結局、一年前から今日まで、俺が実家に行くことはなかった。
嫁さんは豆《まめ》に自分の実家に帰っているが、男は結婚してしまうと自分の生まれ育った実家であったとしても帰らないものなのだ。
俺の身近なものに聞いても皆、異口《いこう》同音《どうおん》であった。
本日俺が家を出る前に確認した天気予報では、降水確率はたしか0パーセントだったはずなのに突然、けっこうな雨が振り始めた。
途中、かかりつけの病院に行き以前検査してもらった結果を頂戴する。
自分が予測していた診断結果であったので今さら驚くほどでは無いが気持ちは色々と滅入る。
こういう日は、雨がよく似合うかもしれない。
目的地に到着し電車を降り、駅のホームから空の具合をもう一度確認してみる。
その時は、小雨であったので傘が無くても大丈夫だと高を括《くく》って駅をあとにしたのだが、実家に向かって歩くにつれて雨の激しさは勢いを増し激しい豪雨に変貌していった。
歩けば歩くほどに、激しさを増していく感じのする豪雨。
降りしきる大粒の雨によって、とても前が見える状態ではなくなってしまった。
仕方なく近くに見つけた民家の軒先《のきさき》で雨宿りをさせてもらうことにする。
まるで滝の中に見つけた洞窟のように一つの空間がそこには存在していた。体についた水滴を手で払い落としながら雨空を見上げてみる。全く止みそうな兆しはなかった。
「今日はついてねぇな……。」自然とそう呟いていた。
歳を重ねる毎に、ついてない、しんどい、ねむいが口癖になり嫁さんからは、鬱陶《うっとう》しそうな目で見られる事が多くなった。
マイナスの言葉を聞くと、自分の運気も下がるそうである。迂闊《うかつ》に、弱音を吐くことも出来ないとは世知辛い世の中になったものだ……。
一定に聞こえる雨音の中に、小さくリズムを乱す音が聞こえる。憎々しい目で雨を睨み付けていると、滝のカーテンの向こうに人影がみえてきた。
少し目を細めて見ると、それは女性のようであった。
「あれ、どこかで見たような娘《むすめ》さんだな……」鞄で頭を覆い、雨を避けるようにしながら駆けてくる白いブラウスに紺のスカートを纏《まと》った制服姿の少女。
その鞄は傘の役目をはたしておらず、見るからに豪雨をその華奢な体へ直撃している様子であった。
彼女は、本能的に俺の視線を感じたのか、軽くお辞儀をしてから、小走りで走りながら過ぎ去ろうとするが、結局辺りを見回してから立ち止まり少し下を向いて思案した後、俺のいる民家の軒下に飛び込んできた。
豪雨から解放され、身体全体で息を整えようとする少女。その肩は大きく上下していた。
「大丈夫かい? 凄い雨だね……」思わず声をかけてしまう。ずぶ濡れの少女の体が目の前にあったが視線のやり場に困りながら、少し誤魔化すように目は宙を泳いでいた。
彼女の白い制服は雨に濡れ、薄い布地は彼女の素肌に密着している。
透けて見えるその体はまだ未成熟な少女そのものの姿だった。決してセクシーとは言えないが、清楚な感じの甘いシルエットであった。
「……」俺の下心を見透かされたのか、少女から一瞬、睨みつけられたように感じた。
「すいません、いきなりの雨で……。まさか、学校を出るときは、こんなに雨が降るとは思わなかったので……。私、学校に置き傘していたのに、忘れてきちゃったんです」彼女はまだ呼吸が乱れているようで、息を整えようとしながら俺の言葉へ返答してくれた。
俺の感じたものは錯覚だったのか、少女は、予測しなかった可愛らしい笑顔を俺に送ってくれた。
「そうか……、俺も同じでこんなに雨が降るなんて思ってなくて……」俺はオウム返しのように、言いながら改めて少女に目をやった。なんだか、少し雨露《あまつゆ》に濡《ぬ》れたその笑顔に愛しさを感じた。
程よいショートカット、白い肌、大きな瞳、高い鼻、ピンクの唇。そしてスラッと伸びた白い四肢。
少し膨らんだ成長途中の二つの胸。美少女という言葉を体全体で表しているようであった。
雨により遮断された狭いこの空間に、美しい少女と二人きり。
故意にこの状況を作った訳ではないが、なぜか居心地の悪さと少しの罪悪感を覚えた。
少女は、先ほどまで傘の代わりにしていた鞄から出した白いスポーツタオルで頭を拭いていた。
それが雨粒なのか彼女の汗なのかは定かではない。
揺れる彼女の身体から淡い香りが漂った。
雨露《あまつゆ》を丁寧《ていねい》に拭き取る、その仕草に俺は見とれてしまっていた。
俺の視線に気がついて少女は頬《ほほ》を赤らめたかと思うと俺から背中を向けた。
なんだか、さらに気まずい雰囲気になってしまった。
背中には透けた薄いピンクの下着の後、それを見てはいけないような気がして、俺も彼女の身体から目を背ける。
なんだかとても恥ずかしい気持ちになり、この場所から逃避したい気持ちにもなったが、生憎《あいにく》の豪雨は続いておりとても移動できそうな状態ではなかった。傘を差さずにこの雨の中に、ダイブすることも正気の沙汰ではない。
気まずいとは言ったものの、その反面この状況を喜んでいる自分がいることも俺は自覚している。
『雨よ、早く止め、いや止むな』訳のわからない問答が俺の中で葛藤《かっとう》していた。
彼女に、どんな言葉をかけてよいのか分からないまま、長い沈黙が続いた。
「お仕事の途中なのですか?」沈黙を破ったのは少女だった。空気が重かったのだろうか。その顔は恥ずかしいのか赤く紅潮しているようだ。
彼女は、あまり大人の男には免疫がないのだろう。
「あぁ、今日は休みなんだけど、実家に用事があってさ……、でもこの雨じゃあね。君は、学校の帰りかい」
「はい、部活が終わって、帰る途中だったんです。でも、汗をたくさんかいていたから、ちょうどいいシャワーかもしれませんね」微笑ながらそのセリフ。この場を和ます為に気をつかっているようだ。
「乗ってきた電車がギュウギュウの寿司詰めだったから、俺も汗だくで気持ち悪かったんだけど。シャワーか……、それも気持ちの持ちようかな」思わず笑ってしまった。少しわざとらしいぐらいに……。
俺の笑いに合わせるかのように少女も微笑みを返してくれた。
先ほどまでの、居心地の悪さが少しだけ解消された。その代わりに、久しく感じたことのない淡《あわ》く甘酸っぱい感覚《かんかく》に全身が包まれた。
「本当に雨が止みそうにありませんね」少し恨めしそうに空を見つめながら彼女は呟いた。
「そうだね……、最近雨の日が多いよね」なんだか、時間を共有しているうちに彼女を昔から知っているような錯覚に捕らわれる。
お互い緊張はしているものの、なぜか変な気を使わないで話せる雰囲気の少女だった。
「最近は、ゲリラ豪雨が増えて困りますね。朝、晴れていたと思ったら夕方は雨……、傘がないと帰れないくらい……」
「異常気象ってやつだね」俺は照れ臭そうに頭をかいた。昔から会話に困った時の俺の癖だ。
こんな若い女の子と話す機会は滅多になく、何を話していいのか解らなかった。
「ここから、家は近いの?」
「……」彼女は沈黙し、俺の顔を見た。
「い、いや変な意味じゃないよ、変な意味じゃ」俺は誤魔化すように、もう一度頭をかいた。
「いいえ、ごめんなさい。すぐ近くなんですけど、この雨の中、家まで走るのはちょっと大変です」彼女は、吹き出すように笑った。それはすごく安らぎを与えてくれるようだった。
「そうか、早く雨が止むといいのにね」俺は、シャツの胸の辺りを指で摘《つ》まみ、バタバタさせた。
「そうですね」なぜか彼女はもう一度、クスッと笑った。
なぜ笑われたのかは、俺には解らなかった。
また、しばらくの沈黙が続いた。
「はあ.......」思わずため息がでてしまう。
「お疲れなのですか?」あまりにも大きなため息だったのか、少女は心配そうに聞いてきた。
「ごめん、俺の悪い癖で、ため息とか後ろ向きな言葉を言ってしまうんだ。気分悪くなるよね」顔の前で手刀を切った。
「いいじゃないですか。人間なんですから、誰だって弱音やため息をつきたい時だってありますよ」俺は、その言葉に癒されるような気持ちになった。
少し気分が良くなったのか、雨の音を聞いていると自然と鼻歌が出てしまった。
「ふふふふ」少女は、下を向いて笑いを堪えている様子だった。無意識に出てしまった、鼻歌を聞かれてしまい、少し恥ずかしくなって俺も下を向いた。
「その歌知ってますよ、男はオオカミなのよ~♪って歌ですよね」少女は、指を振りながらテンポを取った。
「へー、よく知ってるね。結構古い歌だよ」正直、俺たちの世代でもギリギリ知っているくらいの歌である。
「母がその歌好きでカラオケで、よく歌うんですよ」なうほど、彼女の母親であれば、俺より少し上で、ちょうどその世代なのかもしれない。
「UFO!っていうのもあるよね。知っている?」
「それも、母が好きです。こういうやつですよね」言いながら、頭の上から手の平を上に上げた。有名なこの歌の振り付けポーズだ。その仕草が可愛くて爆笑してしまう。
なんだか、意味の無い会話が続いたが、少し打ち解けて話せるようになった。
時間が経つにつれて、雨が小降りになり少し晴れ間が見えてくる。
「少し雨が止んできたね」軒下から顔を出し空の様子を確かめる。
「はい、これならなんとか帰れそうですね」彼女は、そう言いながら体についた水滴を弾く仕草をした。
「次は傘を忘れないようにしないとね」自分も忘れたのを棚に上げて言っている事を言葉尻で思い出して恥ずかしくなった。
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します。今日は、お相手してくださってありがとうございました。……あの……、ちょっと、楽しかったです!」彼女は、深々と頭を下げると微笑みを俺に送り、小雨になった道をかけていった。
「えっ?」何か面白い事でも言ったかなと俺は思い返した。
なんだか解らない緊張から解放されて、胸を撫で下ろすのと同時に、とても寂しい感覚にも襲われた。
「それにしても、可愛い女の子だったな……」女子高生相手ではあったが、久しぶりにトキメキというものを感じたような気がした。
一年ぶりに叔父からの呼び出しがあり、また実家に行く事になった。
あの時、また行くと約束したが結局、一年前から今日まで、俺が実家に行くことはなかった。
嫁さんは豆《まめ》に自分の実家に帰っているが、男は結婚してしまうと自分の生まれ育った実家であったとしても帰らないものなのだ。
俺の身近なものに聞いても皆、異口《いこう》同音《どうおん》であった。
本日俺が家を出る前に確認した天気予報では、降水確率はたしか0パーセントだったはずなのに突然、けっこうな雨が振り始めた。
途中、かかりつけの病院に行き以前検査してもらった結果を頂戴する。
自分が予測していた診断結果であったので今さら驚くほどでは無いが気持ちは色々と滅入る。
こういう日は、雨がよく似合うかもしれない。
目的地に到着し電車を降り、駅のホームから空の具合をもう一度確認してみる。
その時は、小雨であったので傘が無くても大丈夫だと高を括《くく》って駅をあとにしたのだが、実家に向かって歩くにつれて雨の激しさは勢いを増し激しい豪雨に変貌していった。
歩けば歩くほどに、激しさを増していく感じのする豪雨。
降りしきる大粒の雨によって、とても前が見える状態ではなくなってしまった。
仕方なく近くに見つけた民家の軒先《のきさき》で雨宿りをさせてもらうことにする。
まるで滝の中に見つけた洞窟のように一つの空間がそこには存在していた。体についた水滴を手で払い落としながら雨空を見上げてみる。全く止みそうな兆しはなかった。
「今日はついてねぇな……。」自然とそう呟いていた。
歳を重ねる毎に、ついてない、しんどい、ねむいが口癖になり嫁さんからは、鬱陶《うっとう》しそうな目で見られる事が多くなった。
マイナスの言葉を聞くと、自分の運気も下がるそうである。迂闊《うかつ》に、弱音を吐くことも出来ないとは世知辛い世の中になったものだ……。
一定に聞こえる雨音の中に、小さくリズムを乱す音が聞こえる。憎々しい目で雨を睨み付けていると、滝のカーテンの向こうに人影がみえてきた。
少し目を細めて見ると、それは女性のようであった。
「あれ、どこかで見たような娘《むすめ》さんだな……」鞄で頭を覆い、雨を避けるようにしながら駆けてくる白いブラウスに紺のスカートを纏《まと》った制服姿の少女。
その鞄は傘の役目をはたしておらず、見るからに豪雨をその華奢な体へ直撃している様子であった。
彼女は、本能的に俺の視線を感じたのか、軽くお辞儀をしてから、小走りで走りながら過ぎ去ろうとするが、結局辺りを見回してから立ち止まり少し下を向いて思案した後、俺のいる民家の軒下に飛び込んできた。
豪雨から解放され、身体全体で息を整えようとする少女。その肩は大きく上下していた。
「大丈夫かい? 凄い雨だね……」思わず声をかけてしまう。ずぶ濡れの少女の体が目の前にあったが視線のやり場に困りながら、少し誤魔化すように目は宙を泳いでいた。
彼女の白い制服は雨に濡れ、薄い布地は彼女の素肌に密着している。
透けて見えるその体はまだ未成熟な少女そのものの姿だった。決してセクシーとは言えないが、清楚な感じの甘いシルエットであった。
「……」俺の下心を見透かされたのか、少女から一瞬、睨みつけられたように感じた。
「すいません、いきなりの雨で……。まさか、学校を出るときは、こんなに雨が降るとは思わなかったので……。私、学校に置き傘していたのに、忘れてきちゃったんです」彼女はまだ呼吸が乱れているようで、息を整えようとしながら俺の言葉へ返答してくれた。
俺の感じたものは錯覚だったのか、少女は、予測しなかった可愛らしい笑顔を俺に送ってくれた。
「そうか……、俺も同じでこんなに雨が降るなんて思ってなくて……」俺はオウム返しのように、言いながら改めて少女に目をやった。なんだか、少し雨露《あまつゆ》に濡《ぬ》れたその笑顔に愛しさを感じた。
程よいショートカット、白い肌、大きな瞳、高い鼻、ピンクの唇。そしてスラッと伸びた白い四肢。
少し膨らんだ成長途中の二つの胸。美少女という言葉を体全体で表しているようであった。
雨により遮断された狭いこの空間に、美しい少女と二人きり。
故意にこの状況を作った訳ではないが、なぜか居心地の悪さと少しの罪悪感を覚えた。
少女は、先ほどまで傘の代わりにしていた鞄から出した白いスポーツタオルで頭を拭いていた。
それが雨粒なのか彼女の汗なのかは定かではない。
揺れる彼女の身体から淡い香りが漂った。
雨露《あまつゆ》を丁寧《ていねい》に拭き取る、その仕草に俺は見とれてしまっていた。
俺の視線に気がついて少女は頬《ほほ》を赤らめたかと思うと俺から背中を向けた。
なんだか、さらに気まずい雰囲気になってしまった。
背中には透けた薄いピンクの下着の後、それを見てはいけないような気がして、俺も彼女の身体から目を背ける。
なんだかとても恥ずかしい気持ちになり、この場所から逃避したい気持ちにもなったが、生憎《あいにく》の豪雨は続いておりとても移動できそうな状態ではなかった。傘を差さずにこの雨の中に、ダイブすることも正気の沙汰ではない。
気まずいとは言ったものの、その反面この状況を喜んでいる自分がいることも俺は自覚している。
『雨よ、早く止め、いや止むな』訳のわからない問答が俺の中で葛藤《かっとう》していた。
彼女に、どんな言葉をかけてよいのか分からないまま、長い沈黙が続いた。
「お仕事の途中なのですか?」沈黙を破ったのは少女だった。空気が重かったのだろうか。その顔は恥ずかしいのか赤く紅潮しているようだ。
彼女は、あまり大人の男には免疫がないのだろう。
「あぁ、今日は休みなんだけど、実家に用事があってさ……、でもこの雨じゃあね。君は、学校の帰りかい」
「はい、部活が終わって、帰る途中だったんです。でも、汗をたくさんかいていたから、ちょうどいいシャワーかもしれませんね」微笑ながらそのセリフ。この場を和ます為に気をつかっているようだ。
「乗ってきた電車がギュウギュウの寿司詰めだったから、俺も汗だくで気持ち悪かったんだけど。シャワーか……、それも気持ちの持ちようかな」思わず笑ってしまった。少しわざとらしいぐらいに……。
俺の笑いに合わせるかのように少女も微笑みを返してくれた。
先ほどまでの、居心地の悪さが少しだけ解消された。その代わりに、久しく感じたことのない淡《あわ》く甘酸っぱい感覚《かんかく》に全身が包まれた。
「本当に雨が止みそうにありませんね」少し恨めしそうに空を見つめながら彼女は呟いた。
「そうだね……、最近雨の日が多いよね」なんだか、時間を共有しているうちに彼女を昔から知っているような錯覚に捕らわれる。
お互い緊張はしているものの、なぜか変な気を使わないで話せる雰囲気の少女だった。
「最近は、ゲリラ豪雨が増えて困りますね。朝、晴れていたと思ったら夕方は雨……、傘がないと帰れないくらい……」
「異常気象ってやつだね」俺は照れ臭そうに頭をかいた。昔から会話に困った時の俺の癖だ。
こんな若い女の子と話す機会は滅多になく、何を話していいのか解らなかった。
「ここから、家は近いの?」
「……」彼女は沈黙し、俺の顔を見た。
「い、いや変な意味じゃないよ、変な意味じゃ」俺は誤魔化すように、もう一度頭をかいた。
「いいえ、ごめんなさい。すぐ近くなんですけど、この雨の中、家まで走るのはちょっと大変です」彼女は、吹き出すように笑った。それはすごく安らぎを与えてくれるようだった。
「そうか、早く雨が止むといいのにね」俺は、シャツの胸の辺りを指で摘《つ》まみ、バタバタさせた。
「そうですね」なぜか彼女はもう一度、クスッと笑った。
なぜ笑われたのかは、俺には解らなかった。
また、しばらくの沈黙が続いた。
「はあ.......」思わずため息がでてしまう。
「お疲れなのですか?」あまりにも大きなため息だったのか、少女は心配そうに聞いてきた。
「ごめん、俺の悪い癖で、ため息とか後ろ向きな言葉を言ってしまうんだ。気分悪くなるよね」顔の前で手刀を切った。
「いいじゃないですか。人間なんですから、誰だって弱音やため息をつきたい時だってありますよ」俺は、その言葉に癒されるような気持ちになった。
少し気分が良くなったのか、雨の音を聞いていると自然と鼻歌が出てしまった。
「ふふふふ」少女は、下を向いて笑いを堪えている様子だった。無意識に出てしまった、鼻歌を聞かれてしまい、少し恥ずかしくなって俺も下を向いた。
「その歌知ってますよ、男はオオカミなのよ~♪って歌ですよね」少女は、指を振りながらテンポを取った。
「へー、よく知ってるね。結構古い歌だよ」正直、俺たちの世代でもギリギリ知っているくらいの歌である。
「母がその歌好きでカラオケで、よく歌うんですよ」なうほど、彼女の母親であれば、俺より少し上で、ちょうどその世代なのかもしれない。
「UFO!っていうのもあるよね。知っている?」
「それも、母が好きです。こういうやつですよね」言いながら、頭の上から手の平を上に上げた。有名なこの歌の振り付けポーズだ。その仕草が可愛くて爆笑してしまう。
なんだか、意味の無い会話が続いたが、少し打ち解けて話せるようになった。
時間が経つにつれて、雨が小降りになり少し晴れ間が見えてくる。
「少し雨が止んできたね」軒下から顔を出し空の様子を確かめる。
「はい、これならなんとか帰れそうですね」彼女は、そう言いながら体についた水滴を弾く仕草をした。
「次は傘を忘れないようにしないとね」自分も忘れたのを棚に上げて言っている事を言葉尻で思い出して恥ずかしくなった。
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します。今日は、お相手してくださってありがとうございました。……あの……、ちょっと、楽しかったです!」彼女は、深々と頭を下げると微笑みを俺に送り、小雨になった道をかけていった。
「えっ?」何か面白い事でも言ったかなと俺は思い返した。
なんだか解らない緊張から解放されて、胸を撫で下ろすのと同時に、とても寂しい感覚にも襲われた。
「それにしても、可愛い女の子だったな……」女子高生相手ではあったが、久しぶりにトキメキというものを感じたような気がした。
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